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横浜中華街の老舗「聘珍樓」が破産 「高級中華」の立ち位置が厳しくなった理由

中島恵ジャーナリスト
横浜中華街(写真:イメージマート)

6月2日、横浜中華街の老舗中華料理店「聘珍樓」(へいちんろう)が横浜地裁から破産開始決定を受けたことがわかった。負債総額は3億円以上となる見通しだ。同店は5月15日に「移転のため」という理由で閉店したばかりだったが、結局、破産という残念な結末を迎えた。

団体客の減少、コロナ禍の影響

「聘珍樓」は1884年(明治17年)に創業。正統派の広東料理を提供する中華料理店として、中華街のメインストリートである中華街大通りに本店を構えた。

1986年に改築して7階建ての大型店となり、企業の接待、団体観光客などを受け入れた。フジテレビの料理番組『料理の鉄人』に出演した周富徳氏などが総料理長をつとめたことなどでも知名度をあげた。

2007年3月期は売上高約107億円と順調だったが、その後、次第に収益が悪化。東京商工リサーチなどによると、団体観光客の減少、コロナ禍の長期化が打撃となったようだ。

本店跡はすでに看板なども撤去され、重厚な店構えの面影もなくなっている。横浜中華街のシンボル的存在がなくなったことに、一抹の寂しさを感じた人もいるだろう。そして、聘珍楼の閉店により「高級中華」の立ち位置が厳しくなったと感じている人も少なくないのではないだろうか。

ファミリー利用や企業利用という共通点

「高級中華」と聞いて、同店以外に思い浮かぶ店がある人も多いだろう。横浜中華街の中にも数店あるし、東京、大阪などの都心部にもある。多くはデラックスな店構えで、店内にも高級な装飾が施されている。

店舗の面積は比較的広く、ゆったりとしたテーブルや円卓が配置されており、メニューはランチでも5000円以上、ディナーのフルコースでは2万円以上といった価格帯の高級中華料理店だ。

有名ホテルの中に入っている場合もあるし、ビル内や路面の一軒家という場合もある。中国や香港出身の有名コックを擁していたり、日本人の有名コックが腕をふるっていたりする。料理のジャンルは広東料理だけでなく、四川料理、北京料理の名店もある。

これらを十把一絡げにして論じることは無理があるが、「聘珍樓」に似たようなタイプの店でいうと、価格帯が高いこともあり、これまで顧客の年齢層は高めで、ファミリー利用やビジネス利用が比較的多いという共通点があった。

「高級中華」というジャンルは縮小傾向へ

だが、こうした共通点があることこそ、「高級中華」の一部の店の経営が苦しくなってきた理由だといえる。

バブル期に「高級中華」を楽しんでいた比較的富裕層は高齢化し、彼らが飲食店に足を運ぶ回数は減った。そこにコロナ禍がダブルパンチとなった。2020年4~5月に発出された緊急事態宣言以降、ファミリーなど個人客だけでなく、ビジネス上の会食は禁止となった企業が多く、その影響ももろに受けてしまったことも関係している。

しかし、「高級中華」の立ち位置が徐々に小さくなってきているという問題もある。

そこには、ガチ中華、マジ中華と呼ばれる新しい中華料理の存在、関連して、日本の中華料理のカジュアル化もある。

ガチ中華の存在がクローズアップされた

ガチ中華、マジ中華とは「日本人向けにアレンジされていない中華料理」のことで、東京の新宿、池袋、小岩、埼玉県川口市など、中国人が多く住んでいる地域に多い。

中国から食材や調味料を調達し、中国とほぼ同じ味つけをしているのが特徴だ。「日本の高級中華」とは店構えや内装、雰囲気もまったく異なる。

価格帯は「町中華」に近い路線から高級路線まで幅広く、コックはほぼ100%中国人。顧客も半数か、半数以上は在日中国人だ。料理のジャンルは、いわゆる北京、四川、広東、上海料理だけでなく、地方料理(湖南、陝西省、福建省、東北料理など)が多い。つまり、在日中国人の出身地(故郷)の料理だ。

これらのジャンルは近年勢いを増しており、テレビ番組などで取り上げられる機会も増えた。利用客は20代から60代くらいまでと幅広く、日本人の利用者の中には中国とゆかりがある人も少なくない。

ガチ中華と高級中華

中華料理好きの人の間では「ガチ中華に食べに行く人と、高級中華料理店に食べに行く人はそもそも客層がまったく異なるのだから、同じ土俵で語ることは間違っている。ガチ中華が台頭して人気が出ていることと『聘珍楼』の閉店とは無関係だ」という意見もある。

それは確かにその通りだろう。「聘珍樓」の場合は、横浜中華街という観光地に立地しており、中華街自体の観光客の減少も影響しているし、横浜中華街に好んで行く人は、ガチ中華には興味がないかもしれない。

しかし、ガチ中華というジャンルが「日本の中華料理界」に新風を吹き込んだ影響は小さくない。

まだ全国規模ではないものの、その注目度の高さによって、日本人の中華料理に対する意識が少しずつ変わってきた、ということはいえるだろう。

日本の「高級中華」を本場中国の料理と同じようなものだと思っている日本人はかなり減ってきているだろうが、それでも、ガチ中華が注目されるまでは、本場の中華料理がどのようなものであるかわからない人もいたし、「高級中華」もそれなりに存在感があったように思う。

変わる中華料理界

だが、ガチ中華のクオリティが高く、その味を好む人が増えてきたことにより、日本の中華料理界のカジュアル化が進み、わざわざ高い値段を出す「高級中華」を食べに行こうというモチベーションが減り、その立ち位置が難しくなってきたということはいえるのではないだろうか。

「高級中華」の中でも、高いクオリティ(味)を維持している店は別だが、それ以外は中途半端な存在になっていくかもしれない。

人口減少、高齢化などもあり、この先、ガチ中華の市場が大きくなっていくことはあるとしても、高級中華という市場が大きくなっていく可能性は低いと感じさせられる。「聘珍樓」の破産はその序章であり、日本の中華料理界が変わっていくきっかけではないか、という気がしている。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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