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夫婦別姓、子どもは父親の姓を名乗ることが多い中国で、今起きている「想定外」の現象

中島恵ジャーナリスト
(写真:PantherMedia/イメージマート)

 6月23日、「夫婦別姓」を認めない民法と戸籍法の規定が、憲法に違反するかどうかについて争われた日本の特別抗告審で、最高裁大法廷が両規定を「合憲」とする決定を下しました。日本では「夫婦別姓」を認めないという判断です。

 日本のような夫婦同氏制は世界的に見て珍しいといわれていますが、隣国の中国ではどうなのでしょうか。

 中国では夫婦別姓

 中国では原則として「夫婦別姓」です。1950年に定められた「婚姻法」によると、男女平等の観点から、自分の姓名を使用する権利が認められ、夫婦双方が自分の姓名を用いることができる、と規定されました。

 中国では「王」さん(男性)と「李」さん(女性)が結婚しても、李さん(女性)の姓は一生変わりません。

 同法は1980年に改正され、子どもが生まれた場合、子どもの姓は両親のどちらかの姓を選択することになっています。2001年にさらに改正され、夫婦平等がより強調されましたが、中国では法律が定められる以前から、伝統的に、子どもは父親の姓を名乗ることが多い、といわれてきました。

 しかし、1979年から2015年まで続いた「一人っ子政策」の弊害により、近年はこれまでになかった、まったく新しい現象が起きています。

 中国では2016年から子どもは2人まで認める、いわゆる「2人っ子政策」を実施してきましたが、これにより、子どもが2人できた場合、1人目は父親の姓にし、2人目は母親の姓にする、という動きが起きたのです(5月31日、政府は産児制限をさらに緩和して、3人目まで認める方針を発表)。

 なぜなら、現在、出産可能な年齢にある夫婦はたいてい1980年以降の生まれで、両親自身がすでに一人っ子。その子どもが父親の姓を名乗った場合、母親の姓はそこで途絶えてしまうという問題が発生するからです。

 法律では、子どもは夫婦どちらの姓を名乗ってもいいということになっているため、たとえば長男は父親の姓、2人目の長女は母親の姓を名乗るという人が、2016年頃から、北京や上海などの大都市で少しずつ増えてきています。

 きょうだいの姓が違うことで起きる諸問題

 ところが、ここで新たな問題も生じてきました。母親の姓を名乗るというケースがまだ一般的ではないため、たとえば「同じ父母から生まれたきょうだいなのに、父親が違うのではないかと勘違いされて、学校でいじめられる」、「1人目が女の子で父親の姓を名乗ったが、2人目に男の子が生まれたので、母親の姓にしようとした。すると、父親側の親族一同から猛反対に遭ってしまい、大問題となった」、「母親が離婚し、再婚後に2人目が生まれたのだろうと、勝手に誤解されてしまう」「きょうだいや家族の連帯感が生まれにくい」といった問題です。

 そのため、やはり基本的には、子どもは父親の姓を名乗ることがまだ多いのですが、中には苦肉の策として、こんなケースもあります。

 それは、子どもが父母双方の姓をダブルで名乗るダブル姓、というものです。父親が「陳」、母親が「王」だった場合、通常なら子どもはどちらかの姓を名乗って「陳、あるいは王(姓)+(名前)」になるはずですが、「陳王+(名前)」にしてしまう、ということ。

 しかし、「陳王」という姓にはできないので、実際はどちらかの姓を選ぶしかないのです。つまり、「陳(姓)+王+名前(名前)」という奇妙なやり方。実際の日常生活では、「王」はつけず、下の名前部分のみ名乗ることが多いようです。この場合、「王」は姓ではなく名前のほうに組み込まれるわけですが、形式上、フルネームには「王」という文字は残り、双方の親もある程度、満足するというのです。

 中国メディアの報道を見ると、このように、双方の姓を残そうとする例も一部で出てきているようです。

 また、どちらかの祖父母のきょうだいが女性しかいない場合で、父母に2人目の子どもが生まれた場合、2人目は父親か母親の姓を名乗らず、1つ前の代、つまり祖父の姓を名乗ることもある、という話も聞いたことがあります。家族の人数が少なくなり、姓をついでいくことが難しくなってきたからこその策、といえるでしょう。

 中国の姓は少ないのだが……

 中国では日本と比較して姓の数が非常に少なく、約6000といわれています(日本では約30万)。しかし、実際に多い姓は王、李、張など100程度しかなく(百家姓と呼ばれる)、約100個の姓が人口の9割を占めています。

 中国の姓は漢字一文字の単姓(王、李など)が多いですが、漢字二文字の復姓(欧陽、司馬など)もあります。復姓は数が少ないですから、もし子どもが1人だった場合で、母親が復姓なら、母親の姓を名乗らせる、という人が増えていくかもしれません。

 私の知人の在日中国人で、現在は日本名を名乗っていますが、本来の姓から「楊」の字を取って「楊子」さん、としている方がいます。このような形で自分の姓をずっと残していく方法もあるのか、と感心しました。

 香港の行政長官の姓

 さて、夫婦別姓という元の話に戻すと、かつて、中国では「冠夫姓」という、女性の姓の前に、結婚相手の男性の姓をつけることがありました。「劉」という女性が「呉」という男性と結婚した場合、呉+劉+名前と名乗るやり方です。

 これは香港などで現在でも一部、その風習が残っており、香港の行政長官である林鄭月娥氏(キャリー・ラム氏)は夫の姓が「林」で、自身の姓は「鄭」。結婚後に夫の姓を自分の姓名の前につけた「冠夫姓」を今も使っています。林鄭月娥長官のような「強い女性」でも、夫の姓をつけていることに意外な印象を持ちましたが、香港で50代以上の女性では、ときどき見かけます(ちなみに、彼女の英語名、Carrie Lam の Lamは「林」(広東語読み)で夫の姓です)。

 中国の姓はそれ自体、数は多くないのですが、自分が生まれたときから使ってきた姓を大事にし、それを子孫にも残したいという気持ちを持っている人は多いと思います。その結果、子どもの姓を夫婦どちらの姓にするかという問題で悩む人は、これから先、もっと増えていくのではないかと思います。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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