Yahoo!ニュース

中国人がコロナ禍でも日本の満員電車は「あまり怖くない」と感じる理由

中島恵ジャーナリスト
(写真:アフロ)

コロナ禍でもあまり変わらない通勤風景

 GW明けの5月6日、東京など首都圏の駅は通勤する人で混雑が見られました。JR東日本では6日と7日、7つの路線で朝の通勤時間帯の本数を減便する予定でしたが、6日の混雑状況を受けて、7日の減便実施を取りやめると発表しました。

JR東日本 あす通勤時間帯の減便とりやめ

 新型コロナの感染が拡大して以降、首都圏の大企業などではテレワークが進んでいますが、それでも2月後半の東京都のテレワーク導入率は約59%で、相変わらずコロナ前と同じように満員電車に乗っている、という人が多いでしょう。

 東京の満員電車は世界的にも有名で、中国のSNSを見ても、東京観光にきたことのある中国人が「早朝に乗ったら、すごかった」とびっくりしたときの体験を綴っています。

 しかし、彼らは、たとえ電車がぎゅうぎゅう詰めであっても、コロナの感染が拡大していても、「日本の満員電車はあまり怖くない」と思っているようです。日本ではコロナ禍で満員電車に乗ることの是非について議論されることが多いですが、なぜ中国人はそのように思っているのでしょうか?

 中国でも通勤電車は満員になるけれど……

 まず、簡単に、日本とは異なる中国の通勤状況について説明します。中国でも主要な大都市では地下鉄網が発達しています。

 首都・北京市の地下鉄は24路線、上海市の地下鉄は16路線もあり、東京都(13路線)よりも多いですが、前出の調査では、東京都の混雑率は北京市の約5倍もあるといわれています。

(※東京の場合、通勤には地下鉄とJRの両方を使用する人がいますが、中国の都市圏ではほぼ地下鉄のみです)。

 もちろん、北京や上海でも朝晩の通勤時間帯に地下鉄に乗れば、かなり混雑しています。鉄道の混雑率は不明ですが、主要駅のホームには、東京のラッシュ時と同じく駅員が立っていて整列乗車を促しており、混雑している時間帯は、車両がホームに入ってきても乗り切れず、やむを得ず1~2本見送ることもあるほどです。

 しかし、筆者が知る限りでは、東京のラッシュ時と比べると、混雑している時間帯は短く、しかも、東京のように、まったく身動きが取れなくなるほど混雑している、という状態ではありません。もしそうなったとしても、3~4駅くらい我慢すれば、主要駅に到着するので、我慢の時間はあまり長くはないのです。

 実感としては、日本ではオフィスワーカーの多くが電車通勤をしているのではないかと感じるのに対し、中国ではバスやマイカー、タクシー、徒歩、自転車、バイクなど、さまざまな手段を使って通勤する人がかなりいます。

 前述の通り、中国でも地下鉄網は整備されているのですが、路線は徐々に増やされていったため、乗り換えの動線が悪く、住んでいる場所によっては、地下鉄での移動が不便であることや、地下鉄にはさまざまな人が乗車してくるので(中にはマナーの悪い人もいるため)、できるだけ公共交通機関に乗ることを避けたい、と思う人がいるからです。

 一方、東京の場合、マイカーで通勤することのほうが、駐車場の確保や渋滞で時間が読めないことなどの理由から、返って不便ということがあります。

 そのため、電車通勤が圧倒的に多いのですが、東京では、郊外から都心(新宿、渋谷、池袋駅など)に向かって通っている路線が多いからか、始発駅で座れなかった人は、10駅以上、混雑状態が変わらない(あるいは、終点まで、どんどん混雑する一方)ということもあります。

 そのような状態である上、コロナ禍の今、東京のラッシュ時に電車に乗ることについて抵抗を感じる日本人もいるのに、彼らが「東京の満員電車は怖くない」と思う理由があります。

東京の満員電車には「暗黙のルール」がある

 コロナの感染が拡大する以前、東京に何度も遊びに来たことがあるという北京市在住の教員の夫婦はこう語ります。

「日本には『乗車の際のルール』がたくさんあり、それを皆がきちんと守っているからです。たとえば、ホームに4人ずつ整列して、その列の人たちが乗ったら、すぐ隣の4人ずつの列がさっと横にスライドし、次の地下鉄が来るのを待っていたり、ドアが開いたら、左右にきっちり分かれたり、この駅は3人ずつ並ぶ、この駅は2人ずつ並ぶなど、駅や路線ごとに『決まり事』があるんですね。

 しかも、驚いたのは、そのルールは駅に掲示されたりしていないこと。もしかしたら、駅員さんがそのように仕向けたからなのか、あるいは、誰かが始めて、それがいつの間にかルール化されたのかわかりませんが、どこにもルールが書いていないのに、これができる日本人はすごい、と思いました。

 だから、自分もそれにのっとればいいので、安心して乗車できる。怖いと思うことはありません。

 中国でも、数年前から整列乗車は行われており、ラッシュ時にはきちんと列ができているのですが、それ以外の時間帯には、まだ並んで乗車しない人もいます。中国には、本当に“いろいろな人”がいるので……。

 並んで乗車したからといってコロナのリスクが減るとはいえませんが、少なくとも、無造作に並ぶよりは、他人との距離は取ることができ、肩がぶつかるなど、接触の機会は減るでしょう。日本では政府が強くいわなくても、自分たちでやれることは精一杯やっている、と感じました」

 他人の迷惑にならないように、という配慮

 他の中国人は日本人の車内での行動にも「感心した」といいます。

 中国ではかなり混雑していても、ドア付近にふんばって立っている人がいて、車両の奥まで行きたくても行きづらい、ということがあるといいます。日本でもドア付近に立っている人はいるのですが、そういう人は停車のたびにいったん降りて、他の乗客と一緒に再び乗るようにしています。他の人の迷惑にはならないのですが、中国ではそうではなく、ドア付近に人が密集してしまうことがあるそうです。

 その中国人によれば「北京や上海は相当マナーがよくなっているのですが、地方都市では地下鉄ができて10年ほどというところも多く、まだまだ……。車内なのに大声で電話する人もいます。周囲への配慮、他人に迷惑を掛けない、という点ではまだ中国人の意識は日本人の足元にも及ばないと思います」といいます。

 近年では、東京でもホーム上で小競り合いがあったり、大きな声で怒鳴っている人を見かけたりすることもあり、ストレスがたまっている日本人がかなり増えていて、中には「満員電車は怖い」と感じている人もいるのではないかと思います。

 しかし、それでも、ごく一部の人を除き、大多数の人が理路整然と乗車マナーを守っていることや、ひたすら黙って乗車する姿に接すると、中国人に限らず、外国人は皆、感動しています。

 世界で最も混雑するといわれるほどの東京の満員電車ですから、逆にいえば、理路整然と乗車しなければ、大混乱に陥ってしまうので、そうせざるを得ないともいえると思いますが、「いろいろな人がいて、何が起きるか予測不能」な中国に住む人の目から見れば、「想定外のことはあまり起きない」日本の満員電車は「あまり怖くない」ということなのだと思います。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

中島恵の最近の記事