Yahoo!ニュース

日本人の「一礼」で最も清々しいのは新幹線ホームで見るあれ……中国人が挙げるベストシーン

中島恵ジャーナリスト
新幹線のホームに立つ清掃員(写真:アフロ)

 男子ゴルフの「マスターズ・トーナメント」で松山英樹選手が初優勝を果たしたことは多くの日本人に感動と勇気を与えてくれました。また、松山選手のキャディーをつとめる早藤将太さんがコースに向かって「一礼」した姿も大きく報道され、「感動した」「胸が熱くなった」といった声が非常に多かったです。

男子ゴルフ 早藤キャディ―が取った「日本人らしい行動」が、欧米人以上にアジア人を感激させた背景

 松山選手の優勝後、早藤キャディーは、自分にもスポットライトが当たったことに驚きつつ、「ただ、自分は『ありがとうございます』っていう気持ちでした」とはにかみながら答えていたのが印象的でした。

 日本人にとって、感謝や礼節、敬意などを表すときの「一礼」は幼い頃から身に着けているもので、わざわざ「あそこでやってやろう」と意識して行うものではないので、欧米など世界の人々からその所作を賞賛されて、逆に本人もびっくりしたのでしょう。

 ふだんから、そうした所作を行ってきた日本人でさえ、あの早藤キャディーが何気なく行っていた姿を見て、改めて、心が洗われるような気持ちになったのではないでしょうか。

 日本人の「一礼」といえば、思い出したことがあります。これまでに取材してきた大勢の訪日中国人観光客から「日本で見た最も清々しい光景だった」「あの日本人の姿を見ると、今でも涙が出るほど感激してしまう」とよくいわれるシーンのことです。

新幹線に向かって一礼する姿

 それは新幹線のホームで、到着した新幹線や乗客に向かって一礼する清掃員たちの姿です。

 清掃員たちが車両に向かって頭を下げていること自体にまず驚くそうですが、一列に並び、乗客からゴミを受け取った後、車内に入ってテキパキと掃除をする姿にも感動して、つい見とれてしまうのだそうです。

 日本の旅館などでも、着物を着た女将さんや従業員が玄関先にずらっと並んで深々とおじぎをする姿はよく見かけますが、それは観光地でのこと。中国人は中国のSNSなどでそうした姿を以前から見たことがあるため、「とてもうれしいし、深々とおじぎをされるとすごく気分がよくなって、まるで自分が王様になったような気持ちになる」そうですが、「涙が出るほど感激する」わけではないようです。

 しかし、新幹線のホームで無名の清掃員の方々が「ホームに入ってきた新幹線に向かって静かに一礼する姿」は、「予測していなかっただけに、とても驚いた」そうです。

 日本旅行をする中国人は数々の観光地を訪れ、そこでいろいろな体験をしますが、「あの清掃員の一礼が日本に対して最もいい印象を持ったベストシーン」という言葉を、私は何度も耳にしました。

 中国にも日本の新幹線に似た高速鉄道がありますが、中国の高速鉄道のホームには、乗客以外は入ることができない仕組みになっています。売店もなければ、清掃員も駅員もいません。

 発車時間の10分ほど前になって、乗客はようやくホームに入ることができ、下車する際も、ホームに着いたら、すぐに改札口まで行かなければならないようになっています。ですので、清掃員も含め、日本の新幹線のホームで見る風景すべてが、彼らにとって新鮮なものなのです。

モノに感謝する日本人

 日本には「神は万物に宿る」という言葉がありますが、山や川などの自然、モノ、家のトイレにも神様がいる、と考えるのが日本人です。新幹線もそうですし、引退する鉄道の列車にも「今までありがとう」「お疲れさまでした」と、まるで友だちに接するように声を掛けてねぎらったり、涙を流したりするのが日本人の心性です。

 以前、日本で大ヒットした『トイレの神様』という歌がありましたが、あの歌は中国語にも翻訳され、中国でも大きな話題になりました(中国語のタイトルは『洗手間的神明』)。

 中国では自然やモノなどに敬意を示すという考え方はありませんので、最初はよくわからないようですが、丁寧に意味を説明すると、みんな感激し「そういうことだったのか」と尊敬の念を抱いてくれます。

 新幹線のホームに立ち、入ってくる列車に頭を下げる清掃員の姿は、疲れ果てて東京駅のホームに降り立つ日本人が見ても「ありがたい」と思うものだと思いますが、中国人たちの目から見ても、最も印象深い日本の美しいシーンだということを、「マスターズ」での早藤キャディーの所作が思い出させてくれました。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

中島恵の最近の記事