中国の“すばらしすぎるおもてなし”に対する違和感

中国の大人気火鍋店「海底労」

中国各地でチェーン展開する火鍋レストラン「海底労」(ハイディーラオ、中国語では手偏に労と書く)に行ってきた。四川省発祥のレストランで、 “すばらしいおもてなし”が売りになっている。どの店舗も大人気で、いつ行っても行列ができているほどだ。

何が“すばらしいおもてなし”なのか、といえば、ひと言でいうと「過剰」なのである。日本でも「お・も・て・な・し」は、その言葉自体ブームになったが、本来、日本式のおもてなしの真髄は「(相手に)気を遣っていると思われないさりげなさ」や「相手に喜んでほしいと思う気持ち」にあると思う。もちろん「お客様は神様です」という言い方もあるが、あからさまに「サービスしています」という態度は、日本的なおもてなしとは少し違う。相手に押しつけているような気がするからだ。

だが、中国では状況がまったく異なる。中国で食事したり買い物をしたりしたとき、あまりにもぶっきらぼうで、お客様に対する態度とは思えないような対応をされたことがある日本人は多いだろう。中国の店員は「アンタ、それで何が欲しいの? さあ、早くして」といった言動を取るのが「ごく普通」だ。それに対して客のほうも何とも思っていないフシがあり、高級店に行っても、すばらしい対応をされることはあまりない。客と店員は「対等」といった感じだ。店員が客に頭を下げている様子を見ることはめったにない。

そうした環境が当たり前の中国に出現したのが「海底労(ハイディーラオ)」だ。どんなに安い店でもサービスの質が一定以上である日本に住む日本人には「それのどこがすばらしいおもてなし?」と思われるかもしれないが、店の様子を説明したい。

料理を食べる前にお菓子と果物がてんこ盛り

私と中国人の友人が行ったのは上海の中心部にある'''北京西路店'''。少しわかりにくい場所で、やっと辿りついたのだが、雑居ビルの1Fには店員が立っており、「こちらの3Fです」とエスカレーターまで案内してくれた。店に到着するとすぐに店員が駆け寄ってきて待合い席に案内してくれた。夜7時に予約していたのだが、店内は満席でしばらく待たされることになった。

どこかファミリーレストランのような明るい雰囲気。火鍋屋だが、換気もしっかりできていて、赤を基調した店内は清潔な感じがする。待っている間は、事前に聞いていたうわさ通り、スナック菓子と果物がテーブルにどーんと置かれた。ゲームや囲碁のセットもある。食前だというのに友人はお菓子をパクパク食べ始め、おかわりまでしていた。隣のテーブルでも、お菓子が山盛りになっている…。果物も店員にいえば何度でも持ってくるので、友人は(ふだんおとなしい子なのだが、なぜかここでは非常に偉そうな態度)何度もみかんを持ってこさせ、私にも何個もくれた。

無料のスナック菓子、みかん、お茶
無料のスナック菓子、みかん、お茶

不思議なのは予約していた時刻を過ぎても、一向に席に案内されないこと。座席数は決まっているのに、7時の予約を、座席数を上回って受け付けてしまっているのだろうか。これでは何のための事前予約だかわからない。だが、待っている顧客はイライラするでもなく、なぜかみんなすごく楽しそう。彼らは待っている間に使用できるパソコン席に行ってみたり、用意されている雑誌を見たり、ネイルのサービスを受けたりして喜んでいる。そのサービスを提供するためのスタッフも大勢揃っている。本来の目的である火鍋に辿りつく前に、アトラクション的気分で店内をあっちこっちをウロウロしているのだ。これらはすべて無料。客は「無料だからやらなきゃ損、損」といった感じだ。(もしかしたら、アトラクション(?)のために、わざと座席に通すのを待たせているのかもしれない)

待ち時間にネイルも無料でやってくれる
待ち時間にネイルも無料でやってくれる

また、中国ではめったに見られないサービスとして挙げられるのがこの店のトイレ。トイレ内にトイレットペーパーがあるだけでも中国では感激モノなのだが(通常、ホテル以外のトイレで、トイレットペーパーは設置されていない)、洗面台の水がちゃんと出て(通常、ほとんどの洗面台は水も出ない)、しかも、手を拭く紙やタオルを店員がすぐ隣で用意してくれているのだ。トイレットペーパーも、水道の水も、日本人にとっては当たり前のことだが、中国の中級のレストランではほとんどあり得ないことだ。

客は「お姫様気分」「お殿様気分」になれる

さて、ようやく座席に座った。店員は熱いおしぼりとエプロンを持ってきながら、愛想よく注文の仕方を説明してくれる。カバンには臭いがつかないようにカバーもかけてくれる。めがねを掛けている人には、湯気でめがねが曇ったときのためにめがね拭きも持ってきてくれるそうだ。雨の日には傘も貸し出してくれるとか。店員は常に満面の笑顔で、決していつも中国で出食わす店員のように仏頂面をすることはない。

火鍋にさまざまな具材を投入していく
火鍋にさまざまな具材を投入していく

注文は中国で最近、急激に増えているアイパッドで行う。私たちはまずスープの種類を選び、肉や野菜などの具材を選んだ。たれは離れたところに特設コーナーにあり、自分で数種類をブレンドして特製たれを作る仕組みなのだが、そこでも店員が待ち構えていて、初めての客ならば、好みを聞いてたれまで作ってくれる。

好みの香辛料や調味料を混ぜてたれを作る
好みの香辛料や調味料を混ぜてたれを作る

肝心のお味のほうもとてもよかった。ただし、1つだけ「?」と思うところがあった。鍋料理の場合、火加減はとても重要で、強くしたり弱くしたり、煮詰まったらスープを足してくれたりするなどその調節が大事だと思うのだが、それをほとんどやってくれなかったこと。あまりにスープが煮えたぎるので、そこを注意したのだが、その点について店員はあまり関心を(?)示さなかった。

隣のテーブルにはたまたま誕生日の客がいて、300元(約5000円)くらいはすると思われる大きなバースデーケーキが登場。店員数人が駆け寄ってきて、テーブルを取り囲み「ハッピーバースデー♪」の大合唱が行われた。“主役”と思われる人が真ん中に座っていたが、なんとも満足げな表情で「お姫様気分」でいるのが印象的だった。

私たちはお酒は飲まなかったので、料金は1人100元ちょっと(約1700円)で済んだ。お菓子でおなかがいっぱいになったということもある(笑)。上海の外食としては、安くもなく高くもない、普通の料金といえるだろう。店は24時間営業で、私たちが夜10時過ぎに店を出る頃にもまだ満席。平日の夜なのに、かなり賑わっている人気店であることがよくわかった。

バースデーの歌をうたう店員たち
バースデーの歌をうたう店員たち

目に見えるサービスこそ大事

ここまで書いてきて、日本人の中には「一体どこがすばらしいおもてなし?」と疑問に思う人もいるだろう。だが、前にも書いた通り、中国では店員と客の関係はあくまでも「対等」であり、ふだん店員たちは「お客様にサービスしている」という感覚は持ち合わせていない。あくまで仕事のひとつとして店員をやっているのであり、「お客様のために」とか「喜んで満足して帰ってほしい」という気持ちもない。店員は内陸部の農村から出てきた「農民工」が中心だ。

しかし、菓子や果物をてんこ盛りしたり、無料でネイルをしてあげたり、満面の笑顔を作ったり、トイレでタオルを持って待ち構えていたりするなど「目に見えるサービス」をこれでもか、と提供することによって、客側はやっと「お姫様気分」「お殿様気分」に浸ることができ、とても満足した気持ちになる。客にとってみれば「ここまでしてくれているのか!」と感じるバロメーターとなるのが、日本人的には違和感を覚える「過剰」ともいえるサービスなのだ。

本来ならば、これからお料理を食べようとする客にお菓子を出すのは不要なサービスだし、高級ホテルでもないのに、トイレの水道の横でずっとタオルを持って突っ立ってスタッフも必要ないと思う。日本人だったら、そんな余計なことはしなくていいから、もっと基本のサービスをしっかりやってくれ、と思うだろう。だが、サービスの質が全体的に低い中国で、同店の場合「手取り足取り、ここまでやってくれている」ということが、中国人特有の「(相手が自分の)メンツを立ててくれている」ことや「優越感」につながっているのかもしれない。中国語には「かいた汗は人に見せてなんぼ」というような表現があるが、日本式のさりげない心配りをしても、中国ではなかなか相手に気づいてもらえないのである。だとすれば、「海底労」のサービスは“中国式”としては大満足のサービスといえる。

ここまで同店がヒットするのだから、他の飲食店でもどんどん取り入れればいいのに、と思うのだが、不思議なことに、同店のようなサービスが急速に広まっていっているわけではない。他の飲食店は相変わらず、いつものままだ。なかなか広まらない理由は不明だが、ときたま「お姫様気分」になれるのはよいとして、まだサービス(奉仕、給仕、接待)という概念そのものが、中国には定着していないことは確かだ。「海底労」のサービスも、サービスというよりはアトラクション的要素のほうが強く、客はそれを楽しんでいるのかもしれない。中国のサービス業が、アトラクションという遊びから、本物へと移行していくまでには、まだもう少し時間がかかるのではないか、という気がしている。