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中国が「一人っ子政策転換」を決定、でも、本音では、別に「2人目」は欲しくない!?

中島恵ジャーナリスト
少子高齢化が深刻な中国。老夫婦だけで寂しく生活する家庭も多い

このほど中国共産党が「一人っ子政策」を緩和する方針を明らかにした。「一人っ子政策」は79年に導入された人口抑制策だ。今回の緩和によって、夫婦のうち、どちらか片方が一人っ子の場合、2人目の子どもを産むことができるようになった。これまでも地方レベルでは、第2子の出産が認められていたが、今回、党として大きな方向転換を取ったことは特筆すべきことだ。

背景には、深刻な少子高齢化の問題がある。国連の世界人口推計では、中国の生産年齢人口は、2015年をピークとして減少していくと予測されている。2012年の中国の統計では、全国の出生率は1・18で、なんと日本の1・39を下回ったことが判明した。また、中国社会科学院の統計では、65歳以上の人口は1億2300万人と、世界最大になった。高齢者だけで生活する世帯も年々増えており、一人暮らしの人口比率は16%といわれている。

このように、党が政策転換を決定したのは、今後の社会保障制度の財源確保と労働力不足への懸念が急速に高まっているためだ。年金などの財政負担は膨らむ一方で、出生率は低水準で推移しており、まさに、生産年齢人口(15歳~64歳)が多い「人口ボーナス」の時代から、生産年齢人口が減少する「人口オーナス(重荷)」時代に突入しようとしていた。こうしたことから、党はついに人口抑制策の転換を決定するに至った。

だが、政策転換によって、すぐに子どもを産む夫婦が増えるのか? といえば、ことはそんなに簡単なことではない。拙著『中国人の誤解 日本人の誤解』(日経プレミアシリーズ)でくわしく紹介しているが、最近、とくに都市部では、子どもを欲しがらない夫婦が急増しているからだ。私も北京や上海で、そんな若い夫婦を何組か取材して驚いたことがある。

「子どもを産み、育てるコストがとても高いんですよ」

「えっ、子ども? う~ん、私はとくに考えていないですね。子どもを産むことで自分の仕事のキャリアが遅れることが心配ですもの。やっとやりたい仕事もできるようになってきたんだし、もっと仕事をがんばりたいわ」

北京の欧米系商社で働くキャリアウーマンの女性(30歳)はこうつぶやく。北京市内の有名大学を卒業し、英語もペラペラ。将来はアメリカ勤務も希望しており、子どもを産むことにはあまり関心がない様子だ。彼女はこうも言う。

「私の大学時代の友だちの子育てを見ていてもびっくりするのは、最近は、子どもを産み、育てるコストがものすごく高いんですよ。都市部で私立のいい幼稚園に入れようと思ったら、日本円で年間100万円くらいするところもありますよ」

同じく、北京で弁護士をする男性(33歳)もこう話す。

「都市部に住む夫婦の場合、どちらか片方の親が近くに住んでいれば頼ることもできますが、2人とも地方出身者だったら、共働きしながら子どもを育てるのはとても大変。家のローンもありますし、都会でそれなりにレベルの高い生活を維持だけで、もう精一杯なんです」

「もし子どもを持つならば、できるだけ高い教育を受けさせてあげたいけれど、教育にはお金がかかる。それに空気も汚いでしょう? PM2・5がまん延する悪環境で子育てをすることに不安を持つ友だちも多いですよ。自分たちも、親のために一人は子どもを作ると思うけれど、2人目は別に要らないかな、と。もっと海外旅行もしたいし…。だから、いっそのこと、『うちは子どもは要らない』という友だちも多いんです」

子どもを一人産むどころか、一人も要らない、とすら思っている夫婦も多いと聞くと、愕然とする。中国では「子は宝」といわれる。日本とは違い、両親は結婚した息子や娘に「子どもはまだか?」と頻繁に催促するのが普通だが、最近では、若夫婦がそれを煙たいと思う風潮もある。都心部のエリート夫婦は、そんな両親から逃れるため、日本やアメリカでの勤務を希望する、という話すらあるほどだ。

ディンクス現象は、早くも中国でも……

かつて日本や欧米でも話題になったが、中国でもディンクス(Double Income No Kids)を選択する現象が起きているのである。

むろん、すべての人が子どもを欲しがらないわけでもないし、高い教育を受けさせたいと思っているわけでもない。農村では今でも働き手として、子どもを3人、4人と欲しがる人も大勢いるし、ディンクスという生き方を選ぶのは、まだごく一部のキャリアを優先する夫婦に限られるのかもしれない。だが、長年敷いてきた人口抑制策によって、中国は人口減少という深刻な問題に直面しており、それは国力低下につながることを意味する。

中国では、現在は50年代生まれから70年代生まれが親の介護をする年齢に当たっているが、あと数年もすれば、一人っ子世代の先頭である「80后」(80年代生まれ)たちが40代に突入し、一人っ子が2人の老親の介護をするという時代がやってくる。

中国は、少子高齢化という問題では、早くも日本を追い越し、前をひた走っているのである。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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