少子化が加速するなかで、長野県が新しく大学をつくった理由とは

4月に開学したばかりの長野県立大学。地域のリーダーとなる人材育成を目指す。

地方大学の改革が必要なわけとは

 私の前々からの持論は、少子化の大きな流れを止めるためには、「大企業の本社機能の分散」と「地方大学の改革」を組み合わせてこそ、いっそうの効果が発揮できるだろうというものです(2017年9月25日の記事参照)。

 しかし現状では、地方の大学が東京圏の大学を凌ぐ魅力を持つにはいたらず、地方からの若者の流出に抑止力が働いていません。30年も前から少子化により若者の数が減り続けるのはわかっていたのに、日本の大学数は1988年の490校から増加の一途を辿り、2017年には780校にまで増えてしまい、定員割れを起こしている大学が300校近くもあるほどなのです。

 長い目で見れば、多くの大学が淘汰される厳しい状況下にあるものの、地方自治体は若者を地元にとどまらせるために、地方大学の改革を通してその魅力度を底上げできるように懸命に努力しなければならないと考えています。そこで地方大学を改革するために必要最低条件となるのは、卒業要件を非常に厳しくするということです。大学が卒業生に対して専門職に相応しい知識や技能、思考力を担保できなければ、地方大学の改革には隔たりがあるし、ひいては地方経済の発展に貢献することなどできるはずがないからです。

 だからこそ、東京圏の著名な大学を出し抜いて、多くの地方大学から変革への取り組みを始める必要があるのではないかと考えています。実をいえば、秋田県の国際教養大学は卒業が難しいカリキュラムを採用しており、学問にひたすら努めないと容易に卒業ができません。結論として、有名な大企業がこぞって秋田の同大学までわざわざ採用活動に訪れているといいます。

地方に根付くリーダーを育てるために

 阿部知事も元から同じような問題意識を持っていて、長野県に魅力ある大学をつくりたいとずっと思っていたということです。人口減少が進む社会のなかで、どうして今さら大学をつくる必要があるのかという反対論が当初から強かったのですが、2018年4月に新しく長野県立大学を開学するまでにこぎつけることができたといいます。

 新しく大学を開学したいと考えたのは、県内大学の収容力が全国最低レベルといえるくらい少ない状況を何とか打開したいからだったということです。県内にもっと大学があれば県内に残って進学したいと思っている学生がいるにもかかわらず、県内にある大学の定員が少ないという現状から、多くの若者が大都市圏に出ていってしまうというのです。

 しかし、それよりも大学を開学したかった大きな理由は、グローバルな視点を持って地域に革新を起こせる人材、地域のリーダーになれる人材を育成する大学が不可欠だという危機感からだったといいます。地域が発展するためには、地域から革新を起こせる社会にしなければならないので、知の拠点となる大学と地域の経済発展というのは、これまでとは比べものにならないほど密接に関わっていくだろうと見ているというわけです。

 阿部知事も今の大学で変えなければいけないと思っているのは、学生が入学するためには必死で勉強するが、入学後はあまり勉強しないでも卒業できてしまうというところです。そういった考えに基づいて、阿部知事は大学をつくる手本として国際教養大学にもたびたび視察に行って教えを受けたといいますし、大学の組織をつくるにはやはり「人」が大事だということから、理事長にソニーの元社長である安藤国威氏、学長には学者一族である金田一真澄氏をお迎えしたのだということです。

 長野県立大学では1年生は全員、寮に入ることになっているといいます。近所に住んでいても寮に入らなければいけないのかと疑問の声もありましたが、勉学に励む習慣をしっかりと身につけるためには、1年生には正しく集団生活を学ばせたいというのです。そのうえ2年生には全員、海外への短期留学に行かせたいということです。

 地方大学の改革については長野県立大学だけではなく、新たに「信州高等教育支援センター」をつくって、県内の国立大学、公立大学、私立大学は、緊密に連携をとりながら共々に発展する体制を築きつつあるといいます。大学は国や文科省の管轄という感覚が全国的にあるなかで、県単位で大いに踏み込んで高等教育機関と連携しているというのは、長野県の大きな特色ではないかと思っているということです。

地方大学の改革だけでは不十分になる

 私が知る限り、長野県の大学改革への取り組みは十分に地方のトップランナーとしての役割を果たしていると思います。私が期待を抱いているのは、多くの地方自治体には各々の地域の特色や強みをデータの形で「見える化」したうえで、マーケティングに力を入れることによって、大企業の誘致と地方大学の改革を組み合わせた施策を進めてもらいたいということです。

 地方大学の改革という問題はそれだけを考えていては不十分なものであり、大企業の本社機能の移転による良質な雇用の確保という施策とセットで考えるようにしなければ中身の薄いものとなってしまいます。ほぼすべての地方自治体がこれらを別々の問題として捉えているために、対策を講じても大した効果が出ない結末となってしまっているわけです。

 秋田県の国際教養大学のケースで残念に思うのは、地元に良い就職先がないために、卒業生がそのまま秋田県の企業に就職するケースは皆無に等しく、卒業生の圧倒的多数が東京圏の大企業に就職する状況になってしまっているということです。地元にあれほど優秀な大学があるというのに、実にもったいない現状に甘んじていると思います。

 こういったケースを見ていてもわかるように、やはり相性の良い施策を組み合わせてこそ、期待できる効果を発揮することができます。地方に良質な雇用が生まれれば、若者が地方に残って働くという選択肢も広がっていくのです。それが地方における少子化の緩和や地域経済の活性化にもつながっていくし、ひいては日本全体の人口減少の加速を止めることにもつながっていくわけです。

情熱を持った知事が10人いれば、日本の未来は暗くはない

 そういった意味で私は、地方が少子化をできるかぎり抑え、地方創生を成し遂げるためには、地方自治体の首長の熱意あるリーダーシップが欠かせないと確信しています。知事にしても市長にしても、地方の首長が柔軟な思考力と本質を見抜く才覚を持っていることはもちろん、地域の住民に何が何でも明るい未来を見せたいという情熱を持たなければ、その地方の未来はいたって重苦しいものとなってしまうでしょう。

 言い方を換えれば、これからの地方が何とか現状を維持していくのか、それとも坂を転げ落ちるように転落していくのか、それは首長の情熱と才覚にかかっているというわけです。決してお世辞ではありませんが、長野県の阿部知事のように先見性と使命感を持って頑張っている知事が日本に10人も現れてくるようになれば、私は日本の未来は過度に悲観することはないのではないかと思っている次第です。