2019年JリーグYBCルヴァンカップ決勝、北海道コンサドーレ札幌対川崎フロンターレ。延長戦でも決着がつかず、勝負はPK戦に持ち込まれた。札幌の5人目のキッカー石川直樹は、これを決めれば優勝というシーンでPKを失敗。6人目のキッカーは川崎が決めて札幌が失敗、コンサドーレは初タイトルを逃し、準優勝に終わった。あれから2年の月日が経ち、現役を引退した石川直樹氏に当時のエピソードを伺った。

「今思い出しても涙が出てきそう」

--聞きづらいことではあるんですが、単刀直入にいきます。2019年ルヴァンカップ決勝でPKを外した件について、話を聞かせてください。

石川 大丈夫ですよ。

--ひとつ前のインタビューではメンタルサポートの話を聞きましたが、当時はメンタルトレーナー的な人はつけていたんですか?

石川 そうですね。当時メンタルトレーニングの勉強をしていたところの代表、浮世満理子先生に決勝の後、話を聞いてもらいました。

--「PK戦は完全に運だ」という意見もありますが、あの出来事はメンタル的に相当きつかったと思います。どのようにして乗り越えたんですか?

石川 メンタルトレーナーの浮世先生と話をしながら、自分の気持ちを整理していきました。まず、あのルヴァンカップ決勝で自分の120%の力を出し切ってやり切れたかというと、その点について後悔はないです。

延長戦で福森(晃斗)が負傷して、僕に出番が回ってきたんですが、準備は完璧にできていましたし、ファイナルというものすごい緊張感の中、試合にもうまく入れたと思います。PKのキックについても後悔はありません。僕の持っている力は全部出し切った。でも、サポーターに対してすごく申し訳ない気持ちがあって…。

--そうなんですね。このコラム、札幌サポーターもたくさん読むと思うので、詳しく聞かせてください。

石川 決勝の前日、関東はすごい大雨だったじゃないですか。天候不良の影響で試合当日の飛行機が飛ばなくて、北海道在住のサポーターがあらゆる手段を使って、埼玉スタジアムを目指していることは試合前に荒野とかがツイッターを見せてくれたんで、把握していました。

--僕のサポーターの知り合いにも、別経路の航空券を買い直して来た人、深夜に函館まで車を走らせて、朝一の北海道新幹線に乗って全部陸路で辿り着いた人がいて、みんな必死になって現地に辿り着いていました。(詳細は当時のYahoo!個人記事参照)

石川 そんな大変な思いをしてまで、僕らを鼓舞するために現地に来てくれたサポーターの人たちがいたのに、テレビの前でも大勢の人たちが応援してくれていたのに、その思いに応えられなかった。そこに対しての申し訳なさがもう、とてつもなく強かったです。

でも、その後サポーターが僕にかけてくれた言葉はみんな「ありがとう」だったんです。僕がPKを決めていれば優勝だったのに「あんな最高の舞台に連れてきてくれてありがとう」って本当にあたたかい言葉をかけてもらって…。今思い出しても涙が出てきそうですけど。

メンタルトレーナーとはこの精神面のギャップをどう埋めていくか、明日からの自分の行動にどう繋げていくかという話をさせてもらいました。もう翌週からリーグ戦が再開するのに、クラブハウスで自分が落ち込んでいる姿なんて、選手も監督もサポーターも見たくないはず。

自分が笑顔で、ちゃんと次に向かって進んでいる姿勢を見せるのがやっぱりプロとしての行動の在り方かもしれない、という話をしました。気持ちを整理して次の一歩を踏み出すために、メンタルトレーナーの存在は非常に大きかったなと思います。

救われた後輩たちの「イジリ」

--そんな経緯があったんですね。回りのチームメイトはどんな感じだったんですか?

石川 みんなすごく気を遣ってくれました。ルヴァンカップ決勝の後は何日かオフだったんですが、荒野(拓馬)と深井(一希)から夜にLINEが来て「ナオさん、何してんすか?」って。

「いや、何もしてないよ」と返したら「今みんなで飲んでるんで来てくださいよ」って。行ってみたら(鈴木)武蔵とかもいて、めちゃくちゃいじってくれるわけです。「あ! マイナス1億円の左足が来た!」とか。

--そのいじりはすごいですね(笑)。ちなみにルヴァンカップの優勝賞金が1億5千万円、準優勝が5千万円で、その差額が1億円って意味ですよね?

石川 そうです。荒野とか「その左足、触らせてくださいよ」っていじってくるわけです。まだ決勝からそんなに日にちが経ってない状況で、そうやって明るく接してくれることがめちゃくちゃ嬉しかったです。

だって彼らもプロサッカー選手としてタイトルを取れるチャンスだったわけじゃないですか。彼らだって悔しいはずなのに、PKを外した自分を受容してくれている。素晴らしいチームメイトを持ったなと思ったし、コンサドーレというチームでサッカーができて本当に幸せだったなと。

石川直樹のサッカー人生を変えた深井一希の運命の一言

--お互いの信頼関係がわかるエピソードですね。

石川 そう、信頼しているメンバーだからこそ、そのお酒の場で「実は今年で引退しようと思ってるんだよね」と打ち明けたんです。

--何かの記事で「元々は2019年シーズンで引退する予定だった」と読んだ記憶があります。

石川 そのつもりでした。その気持ちをみんなに伝えたら、深井が「ナオさん、これでいいんすか」と酔っ払いながら言ってきて。「いや悔しいよ」と返したら「ナオさん、忘れ物を来年一緒に取りにいきましょうよ!」と言ってきて。

2020年シーズン、コンサドーレがルヴァンカップを戦う上でよく「忘れ物を取りにいこう」というメッセージを使っていたじゃないですか。あのキャッチフレーズはあの日に生まれたんです。

--それは初めて知りました。メディアにも出てない情報ですよね?

石川 そうですね。このエピソードは初めて公に話しました。その深井の言葉を切っ掛けに僕はもう1年現役を続けようと決めました。自分が試合に出る、出ないに関係なく、チームのためにプロとしてやってきたこと、経験してきたことを彼らに全部還元して、出し切ってから引退しようと決心したんです。

--石川直樹のサッカー人生を1年延ばしたのは、深井の言葉だったと。

石川 深井の言葉が切っ掛けになったことは確かです。翌年は怪我でほぼ練習もできませんでしたし、自分にとっては苦しいシーズンでした。それでもピッチ以外で彼らに対して僕は全部還元できたと思うし、忘れ物を取りにいくことは叶いませんでしたが、自分がやれることは全部出し尽くした自負はあります。だから達成感はすごくある。本当に悔いなく引退できたなと。

--あの伝説のルヴァンカップ決勝の裏に、そんなエピソードがあったんですね。

石川 仲間の存在の有難さを実感しました。あのPK失敗の経験を乗り越えられたのは、間違いなくチームメイトのおかげです。コンサドーレの仲間には感謝しかありません。なので、今後はメンタルトレーナーとして経験を積んで、いつかはコンサドーレのために力になれたらいいなと思っています。

(了)

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