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台風直撃の成田空港で足止め 日本代表サポーターがミャンマー戦に行くまでの「絶対に負けられない戦い」

村上アシシプロサポーター・著述家・ビジネスコンサルタント
9/10午前、成田空港の発券カウンターは長蛇の列となった(kake_tan撮影)

9月10日、サッカー日本代表はカタールワールドカップ・アジア2次予選の初戦の相手、ミャンマーと敵地ヤンゴンで対戦し、2-0で快勝。幸先良いスタートを切った。

スタジアムには現地駐在員含めて1000人を超える日本人サポーターが駆け付けたが、そんな表舞台の影で想像を絶する体験をしてミャンマーまで駆け付けた日本代表サポーターがいる。

成田までのヒッチハイク、非情なフライトキャンセル、寝袋で過ごす不安な夜、そして翌朝のフライトチケット争奪戦…。

彼が現場から呟くツイートを筆者はリアルタイムで観察しながら、まるで海外ドラマ「24(トゥエンティフォー)」のように目まぐるしく状況が変わる展開を固唾を呑んで見守っていた。

「トラベルにトラブルは付き物」とよく言うが、こんなにも数多くの障壁を乗り越えて、「絶対に負けられない戦い」に勝利したサポーターを今まで筆者は見たことがない。

台風の直撃で混乱をきたした成田空港をどのように「突破」したのか、文章としてしっかり記録を残すのが、著述家である自分の使命だと感じたため、試合から一夜明けてミャンマーに滞在中の彼にLINE通話で取材を行い、詳しく話を聞いた。

(書き手・村上アシシ、語り手・kake_tan

まさか日本でヒッチハイクをすることになるとは

試合前日の9月9日、台風一過で晴れ渡る東京。成田18:25発の便を予約しているので、昼過ぎまで仕事をするために都内のオフィスに出社。

【11:00】

成田空港から別の便で先に現地へ向かう仲間から、LINEで「成田空港までの公共交通機関が全滅してるから、早めに出発した方がいいよ!」と連絡が入る。

【13:00】

予定よりも早めに退社。様々な情報を元に「電車が動いている範囲で、成田空港にできるだけ近づく」という選択肢を選ぶことに。

【14:15】

京成電鉄の千葉ニュータウン中央駅で下車し、タクシー乗り場の列に並ぶ。20人位の列だったが、30分待っても1台もタクシーが来ないという絶望的な状況。

千葉ニュータウン中央駅のタクシー乗り場。約20人が列をなしていた(以下全写真、kake_tan撮影)
千葉ニュータウン中央駅のタクシー乗り場。約20人が列をなしていた(以下全写真、kake_tan撮影)

【15:00】

このままでは18:25発のフライトに間に合わないので、タクシーは諦めてヒッチハイクをすることを決断。海外での経験はあるが、まさか日本でヒッチハイクをすることになるなんて、思いもしなかった。

ヒッチハイクで掲げるために作成した紙
ヒッチハイクで掲げるために作成した紙

【15:30】

駅のロータリーでヒッチハイクを試みるも失敗。成田に向かう国道まで歩いた方が捕まりやすいのではないか?と考え直し、国道まで歩いた。

【16:00】

国道でヒッチハイクを始めること10分。1台のセダンが止まる。成田空港まで行きたい旨を伝えると、運転手は快諾してくれた。深々と頭を下げ、いざ成田空港へ。フライトまであと2時間半。

その後、道路の信号が所々で断線して、大きな交差点でも信号機が動いていない状態を目の当たりにし、千葉県における被災の深刻度を改めて実感した。

【17:30】

通常なら40分で成田空港に着く距離だったが、渋滞のせいで成田空港まで残り2kmの地点まで1時間半近くかかった。ここから全く前に車が進まなくなったので、運転手にお礼を言って下車。重いキャリーバッグを転がしながら、早歩きで空港に向かう。

待っていたのは非情なフライトキャンセル

【18:00】

フライト予定時刻の30分前に成田空港第1ターミナルに何とか到着。もう全身汗だくだ。出国手続きを終え、一目散に搭乗ゲートへ。

【18:25】

こんなに死に物狂いで辿り着いたのに、定刻になっても何のアナウンスもない。しばらくして機材やクルーが揃わないので、出発時刻が21:30になるとアナウンス。その後、他の便の遅延や欠航を知らせるアナウンスが何度も流れて、不吉な予感が…。

出発時刻が未定に変更となった搭乗ゲートのモニター
出発時刻が未定に変更となった搭乗ゲートのモニター

【21:30】

全く搭乗が始まる気配がしない。しばらくするとモニター表示が搭乗時間未定に。地上係員に「飛ばないなら代替便を探す必要がある。本当に飛ぶのか?」と聞くが、「飛ぶ方向です」という回答なので、ひたすら待つ。

【00:00】

Gmailに欠航になったという通知メールが届いた直後に、搭乗ゲート付近でも欠航になった旨のアナウンスが流れる。6時間も待ち続けた周囲の客からも大きなため息が漏れる。台風の影響とは言え、このもどかしさをどこにぶつければいいのか…。

【01:30】

出国キャンセルの手続きを済ませて、 入国ゲートをくぐるとそこにはカオスな光景が広がっていた。寝袋で所構わず寝る人々の群れ。 空港職員から自分も寝袋と水をもらい、わずかな隙間を見つけて寝袋を広げた。

自動チェックイン機と壁との僅かな隙間に寝床を作った
自動チェックイン機と壁との僅かな隙間に寝床を作った

【02:30】

昼から何も食べていない。出国審査後は食べる機会もあったが、もうすぐ機内で夕食だと思い、何も食べなかったことを今更後悔した。空腹で惨めに感じると同時に、翌朝直行便の席が取れなかった時のことを想像すると、今僕は一体なんでこんな堅い床で寝ているんだ…と絶望感に打ちひしがれる。

フライトがキャンセルになってからずっと、代替便を取るためにコールセンターへ電話をかけ続けているが、一度たりとも繋がらず。電話での予約は諦めて、体力を蓄えるためにも就寝。快適な空調だけが虚しい。

幸運にもヤンゴン直行便をゲット

【05:30】

今日は電車もバスも動く予定である趣旨の空港アナウンスで目が覚める。

【06:00】

朝食を買える所を探すもお店は開いていない。開いている店はどこも在庫切れ。発券カウンターへ並びに行くも、既に長蛇の列。

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【10:00】

並ぶこと4時間。ようやく自分の番が来た。今日の17時までにヤンゴンに着きたい旨を伝える。

成田11:25発→ヤンゴン16:05着のANA直行便は満席、キックオフに間に合わない他の経由便しか用意できないという返事。「こんな大変な思いをしたのにそんな悲しい回答、ありますか…」とすがりつくように懇願した。

同情してくれたスタッフは電話やモニター端末を使って、再度空き状況を確認してくれた。数分後、おもむろにスタッフは口を開いた。

「たった今、1席キャンセルがあったので予約が取れました」

サッカーの神様はいた。僕はそう感じた。心配してくれている仲間へすぐに喜びを伝えたかったが、また話が二転三転するのを恐れ、飛行機に乗るまで伝えたい気持ちをグッと抑えた。

【11:25】

既に現地入りして待ってくれている仲間たちへ直行便でこれから向かう旨を伝える。しかし、念願の直行便に乗り込むものの、一向に機体は動かない。空港が大混乱している影響で乗客が全員搭乗するまで待っているようだ。頼む、早く出発してくれ…。

【13:00】

待っている時間は永遠に感じた。もどかしい気持ちを抑えつつ、遂に約90分遅れの13時にテイクオフ。

キックオフと同時にスタジアムに到着

【17:15】

ヤンゴン国際空港に着陸。入国審査のゲートまでダッシュ。20分でイミグレ突破。キックオフは18:50。Google mapによると、スタジアムまでタクシーで30分。何とか間に合いそうだが、まだまだ気が抜けない。

【17:50】

同じ時間帯に別便で空港に着いたサポーター仲間からLINEが来て、タクシー乗り場前で待ち合わせて相乗り。スタジアムを目指す。渋滞で1km手前で下車。早歩きでスタジアムへ向かう。

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【18:40】

スタジアム着。事前にチケットを購入していた仲間がゲート前で待っていてくれて、誘導されてスタジアム内へ。

【18:50】

キックオフと同時に日本代表サポーターのエリアに辿り着いた。この瞬間、僕は改めてサッカーの神様の存在を感じた。

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達成感とか充実感とか、そういう言葉がチープに感じるほどの、何とも言い難い独特な感情に満たされた。そして、何よりスタンドで待つ仲間からの祝福が嬉しかった。

人の絆の大切さ

これだけ数多くの困難に見舞われながらも、試合のキックオフに間に合うことができたのは、他ならぬ「サポーター仲間からのサポート」、これに尽きる。

絶望に打ちひしがれる自分をSNSなどを通じて励ましてくれた仲間、成田空港で缶詰め中の自分に車で迎えに行こうか?と提案してくれた仲間、ヤンゴン空港で先にタクシー乗り場の列に並んでくれていた仲間、スタジアムでチケットや席を確保して待ってくれていた仲間、彼ら彼女らの存在なしには、絶対に辿り着けなかった。

また、面識のない赤の他人をヒッチハイクで乗せてくれた方、試合会場で初めて会う仲なのにチケット情報を事前に教えてくれたヤンゴン日本人会の方々、この旅でお世話になった人は数知れない。そして、自宅が停電で代表戦をテレビ観戦できないのに応援してくれた千葉サポーターの仲間にも感謝したい。

改めて今回の旅で、人の絆の大切さを学んだ。これからもサッカーが紡ぐ人の絆を大切にしながら、生きていこうと思う。

(書き手・村上アシシ、語り手・kake_tan

プロサポーター・著述家・ビジネスコンサルタント

1977年札幌生まれ。2000年アクセンチュア入社。2006年に退社し、ビジネスコンサルタントとして独立して以降、「半年仕事・半年旅人」という独自のライフスタイルを継続。2019年にパパデビューし、「半年仕事・半年育児」のライフスタイルにシフト。南アW杯では出場32カ国を歴訪する「世界一蹴の旅」を完遂し、同名の書籍を出版。2017年にはビジネス書「半年だけ働く。」を上梓。Jリーグでは北海道コンサドーレ札幌のサポーター兼個人スポンサー。2016年以降、サポーターに対するサポート活動で生計を立てているため、「プロサポーター」を自称。カタール現地観戦コミュニティ主宰(詳細は公式サイトURLで)。

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