「ファン・サポーターのみなさん、突然のニュースで驚かせて申し訳ありません。今日に至るまでいろいろなことを考えてきましたが、一度セレッソとの関係をリセットすることがお互いにとっての良い選択という結論になりました」

 6月9日の午前10時半すぎに届いたセレッソ大阪からの一通のリリース。ここには「乾貴士選手と双方合意のもと、2022年6月9日付けで契約を解除することになりました」というお知らせと、乾本人のコメントが記されていた。

 4月5日の柏レイソル戦で、交代時に小菊昭雄監督やコーチ陣との握手を拒否。副キャプテンという立場にありながら、暴言を吐くなど不満を表に出したことに端を発した今回の一連の騒動。公式戦6試合の出場停止処分が科され、5月14日の名古屋グランパス戦で終了したが、練習復帰が叶わないまま、こういった結末を迎えてしまった。

20年前に日本がW杯初勝利を挙げた6月9日に退団発表

 6月9日というのは、20年前の2002年日韓ワールドカップ(W杯)・ロシア戦(横浜)で日本がロシアから記念すべきW杯初勝利を挙げた日。そして乾は日本代表として4年前の2018年ロシアW杯で2ゴールを挙げ、16強入りに貢献した殊勲選手だ。そんな因縁めいた日にこのようなニュースが流れるとは…。筆者を含め、複雑な感情を抱く人も少なくないはずだ。

「乾選手とクラブ間、監督や現場も含めてミーティングを重ね、一連の行動について和解はしました。そういった中、チーム合流というところで時間が空いてしまった。本人もいろんな人への思いがある中、現場に戻るタイミングを決断しきれなかった。クラブとしても何度か合流に向けての話はしてきたんですけど、最終的に合意ができなかった。そこで本人、エージェントを含めて話し合い、私の方で最終決断をしっかりさせていただきました」

 森島寛晃社長は、同日昼に行った記者会見で苦渋の表情を浮かべた。

9日の昼に乾退団の経緯を説明した森島社長(筆者撮影)
9日の昼に乾退団の経緯を説明した森島社長(筆者撮影)

辛い決断を迫られたレジェンド・森島社長

 森島氏にとって乾は、自身の現役ラストシーズンだった2008年に横浜F・マリノスからレンタル移籍してきて以来、非凡な才能を認め、ドイツ、スペインでのシーズンを経て、昨年ようやく古巣復帰させた可愛い後輩だ。ゆえに今季からエースナンバー8を託し、悲願のJリーグタイトル獲得へ導いてほしいと願っていたはず。その人間が規律違反という最悪の形で出ていくことになったのは、何とも言えない気持ちに違いない。

 乾がその森島社長や小菊監督、清武弘嗣らチームメートに潔く詫びて、ゼロから再出発する気持ちになれば、丸く収まったように思う。しかし、セレッソ側のアクションが遅れたこともあって、乾の中では「今さらみんなに謝ったところでやり直せない」というような絶望的な思いが拭い切れなかったのではないか。

 集団スポーツであるサッカーの場合、わだかまりがある状態で一体感のあるチームは作れない。我々、外野は「もっとセレッソが早く対処していたら…」「乾が気持ちを切り替えてくれていたら…」とさまざまな見方をしてしまうが、契約解除という結論が出た以上、過去の出来事や流れを悔やんでも意味がない。それぞれが割り切って前を向くしかない。

乾抜きでタイトルを目指すことになったセレッソ

 まずセレッソの方は乾抜きの戦力で戦い抜くしかない。今夏の移籍ウインドーは7月15日~8月12日。そこまでは少なくとも現有戦力で乗り切ることになる。森島社長は「クラブとっては多少の戦力ダウンはあると思う」と話したが、幸いにして5月18日のYBCルヴァンカップ・大分トリニータ戦以降、公式戦6試合無敗と最近のチーム状態は悪くない。現在中断中のJ1は5位。首位の横浜とは5差でまだタイトルも狙える位置にいる。

 5月以降、ケガが癒えた清武が復調。乾が担っていた左MFはジェアン・パトリッキ、為田大貴が存在感を高めていて、選手層が厚くなってきた印象もある。現在、U-19日本代表としてモーリス・レベロ・トーナメント参戦中の北野颯太も戻ってくれば、2列目要員はさらに多くなる。彼らとしては、乾退団のダメージを最小限にとどめようと全力で戦うだろう。

乾の国内移籍には複数のハードルが

 そして肝心の乾だが、新天地探しを急ピッチで進めることになる。森島社長は「双方でしっかり合意をさせていただいたうえで、契約を解除しておりますので、フリーになったと捉えてもらえれば。他のJクラブに行くのも問題ないと思います」と説明しており、国内移籍も契約上の障害はないということだ。

 とはいえ、ドイツ・スペインで実績を積み重ね、W杯2ゴールという実績を持つ乾も6月2日に34歳になった。サッカー界は国内外問わず、年齢にはシビアで、そのハードルにまず直面する。しかも、億単位と言われる年俸を支払えるクラブは限られている。J2降格危機に瀕するヴィッセル神戸などは欲しい人材だろうが、これだけ世の中を騒がせたとなれば、獲得に動くにはやや勇気がいる。

 昨年2月に浦和レッズで規律違反を起こし、J3のFC岐阜で再出発した柏木陽介の例はあるものの、上昇志向の強い乾が下部リーグ行きを選択をするとはとても考えられない。となると、Jリーグ内の移籍は難航することも予想される。

エイバル時代の乾。当時の輝きを取り戻せるか?
エイバル時代の乾。当時の輝きを取り戻せるか?写真:REX/アフロ

 乾はもともとスペイン志向が強く、昨夏もリーガ・エスパニョーラ残留を第一に考えていたため、再度、欧州挑戦を模索する可能性もある。ただ、上記の通り、年齢の壁は欧州の方が日本よりはるかに高い。加えて外国人枠の問題もある。香川真司(シントトロイデン)が2019年夏にスペイン2部・サラゴサへ赴いた際も、金銭面には厳しい条件を飲んだと言われている。乾も新天地が見つかったとしても、同じような状況に陥ることはあり得る。

中東移籍も選択肢の1つか?

 待遇面を重視するなら、中東移籍という選択肢もある。かつて中島翔哉(ポルティモネンセ)が2019年2月にカタール1部のアル・ドゥハイルへ移籍した際、4億円を超える年俸を手にしたと言われるように、給料はJリーグとは比べ物にならないほど高い。リーグレベルは欧州より大きく下がるものの、「海外でやり直す」と割り切るなら悪い選択肢ではなさそうだ。

 それ以外にも東南アジアやアメリカなど、新天地候補はいくつかあるだろうが、全ては交渉次第。乾は「大好きなサッカーを続けていくために、今日の結論に至りました」とコメントしているため、何としても選手キャリアを続けられる環境を探し、身を投じる覚悟を持っているはずだ。

「自分はサッカーしかできないんです。これ以外にやることがない。大久保嘉人さん(セレッソアカデミー技術委員)が39歳でやめましたけど、40歳くらいまでやれれば十分かな。今年どうなるか分からないけど、とにかくベストを尽くします」

 今年2月に筆者が行ったインタビューでもサッカーへの強い情熱とこだわりを口にしていた乾。そういう人間は再びピッチに立たなければ何も始まらない。今回の出来事を真摯に受け止め、謙虚な気持ちで新たな環境を探すこと。そこでまた一花咲かせられるように、できる限りの努力をすること。それが多くの人々への恩返しになるのだから。