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無観客試合が選手に与える影響とは 6年前の誰もいないスタジアムを再検証

元川悦子スポーツジャーナリスト
J初の無観客試合・14年3月の浦和対清水戦 写真:YUTAKA/アフロスポーツ

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響が日に日に大きくなり、日本スポーツ界を揺るがしている。真っ先に動いたのはJリーグだ。26日のYBCルヴァンカップから3月15日のJリーグまでの公式戦全94試合の延期を25日夕方に正式発表。日本中にインパクトを与えた。翌26日には安倍晋三首相が今後2週間の大規模イベント中止延期を要請。これに呼応するように他競技も追随し、ラグビー・トップリーグが全16試合、バスケットボール・Bリーグが全99試合を延期する決断を下した。

Jリーグやラグビー、バスケは日程変更を選択

 延期を選択したこれらの団体には、「あくまでお客さんのいる中で試合をするのがベストの選択」という共通認識がある。

 Jリーグの村井満チェアマンも「我々はファン・サポーターのみなさんに支えられて運営しています。単純に勝った負けただけではない。無観客は最後の最後まで取るべきではないと。試合日程を変更しても、大会方式をチューニングしても、お客さんの前で試合を行うべきだと考えています」と語気を強めていたが、その思いはラグビー、バスケットも同じはず。ラグビーの場合は2019年ワールドカップ大成功の機運がプラスに働き、集客が大幅に伸びている。そういう時期だからこそ、「お客さんを大切にしたい」という考えが強かったのではないか。

 それと同時に「観客を入れなければ収入が激減し、クラブの経営面でダメージを受ける」という経済的側面も皆無ではなかった。とりわけ、サッカーとバスケットボールは入場料収入が経営の大黒柱になっている。思い起こせば、2014年3月、一部のサポーターが差別的な横断幕を掲げたことで、浦和レッズが無観客試合実施の制裁を受けたことがあったが、その1試合の損失は2~3億円に上ったという。今回の新型コロナウイルスの問題は終息のメドがハッキリしないため、一度、無観客に踏み切ってしまったら、クラブの経営へのダメージは計り知れないものになる。こうした危惧もあって延期の選択になったのだろう。

プロ野球やバレー、ゴルフ、テニスは無観客で実施

 その一方で、無観客試合を選んだスポーツもある。筆頭がプロ野球だ。29日から3月15日までのオープン戦72試合を無観客で実施することを発表。3月20日からのレギュラーシーズンは通常通り開催できるように準備を進めていくというが、現時点ではどうなるか分からない。バレーボールのVリーグも29日のV1男子ファイナル・パナソニック対ジェイテクト戦(群馬)を無観客試合にすることを決定。3月5~8日の国内女子ゴルフツアー開幕戦(沖縄)や3月6~7日のテニス男子の国別対抗戦・デビスカップも無観客となる。

 後者の場合は「日程変更が困難」「経済・社会的ダメージが少ない」といった点が無観客に傾いた主たる要因だろう。プロ野球を例に取ると、前述の通り、3月20日からレギュラーシーズンを開幕しようと思うなら、選手のコンディションやチーム完成度を高めるためにも、3月上・中旬にオープン戦を実施しないわけにはいかない。日程変更という選択肢はなく、「こうするしかなかった」というのが実情かもしれない。バレーボール・Vリーグや女子ゴルフ、テニスもサッカーやラグビー、バスケットに比べると集客の面では劣る。それも今回の決断を後押ししたのではないか。

2014年3月23日の浦和対清水戦の異様な雰囲気

 各競技によって事情や考え方はまちまちだが、やはりスポーツというのは、「やる側」と「見る側」の両方がいて成り立つものだ。それを痛感させられたのが、無観客で行われた2014年3月23日の浦和レッズ対清水エスパルス戦だった。あの試合を現場で取材した者として、6万人以上を収容する埼玉スタジアムに報道関係者以外、人っ子1人いないというのはまさに異様な光景に他ならなかった。サポーターの声援や拍手、スタジアムDJによる実況や大型映像装置のリプレイもないから、聞こえてくるのは選手たちの指示の声だけ。まるで練習試合のようで、違和感ばかりが残ったのをよく覚えている。

「唯一のメリットは声がよく通る分、密にコミュニケーションを取りながら、細かいポジショニングなどの修正を行えたこと」と槙野智章は試合後、声を枯らしながら話したが、普段以上に大声を張り上げていなければモチベーションや集中力を保てなかったのかもしれない。

「サポーターがあっての僕たち」という槙野智章の言葉

 実際、浦和は閑散としたムードに戸惑ったのか、開始18分に先制点を浴びている。「お客さんがいなくて雰囲気が違ったからフワッと入ってしまったのかな」と当時浦和の一員だった梅崎司(現湘南ベルマーレ)も反省していた。対戦相手・清水の本田拓也(現モンテディオ山形)も「埼スタはホームのサポーターの後押しがすごいから、レッズの選手はやりにくかったと思います」と慮っていたが、本当に難しい試合だったのは間違いない。その後も浦和は攻めまくり、敵の3倍以上のシュート数を放ちながら、後半31分に原口元気(現ハノーファー)が同点弾を叩き出すだけで精一杯。「1つ1つのプレーに対してリアクションがあれば、もっと力強い一歩が踏み出せた。サポーターがあっての僕たちなのかなと改めて思いました」という槙野の言葉が選手全員の思いを代弁していた。

「無観客は最後の手段」と村井チェアマンも強調

 このケースを踏まえても、無観客試合というのはできるだけ開催すべきではないというのが筆者の意見だ。今回は新型コロナウイルスの感染拡大という異例の事態が発生し、各スポーツ団体ともにやむを得ない決断だったのはよく理解できるが、村井チェアマンが言うように「最後の手段」であることを忘れてはいけない。

 浦和対清水戦が行われた6年前に比べると視聴環境が大幅に改善され、今はDAZNや有料チャンネルでさまざまな試合を見ることができるようになった。「無観客でも試合が見られるならそれでいい」と考える人も少なくないのかもしれない。しかしながら、槙野らがコメントしていた通り、試合会場に観客がいない状況では選手がベストパフォーマンスを発揮するのは難しい。本当に人々の心を揺さぶる勝負を期待するなら、ピッチ内外が一体化し、熱気と興奮が最高潮に達している環境を整えないといけないのだ。

 そういう意味でも、新型コロナウイルスの問題がいち早く収束し、スポーツの安心・安全が保たれるような状態が戻ってきてほしい。スポーツに携わる者として、事態の好転を切に願う。

スポーツジャーナリスト

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から7回連続で現地へ赴いた。近年は他の競技や環境・インフラなどの取材も手掛ける。

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