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19歳のイニエスタが話した成功の秘訣。衰えを知らない世界的至宝の原点

元川悦子スポーツジャーナリスト
富士ゼロックス・スーパー杯で異彩を放ったイニエスタ 写真:田村翔/アフロスポーツ

2020年国内サッカーシーズンの幕開けを飾った神戸

 2020年国内サッカーシーズンの幕開けとなった8日の富士ゼロックス・スーパーカップ。冬晴れの埼玉スタジアムに5万1397人の大観衆を集めて、2019年J1王者の横浜F・マリノスと天皇杯王者・ヴィッセル神戸との間で行われた熱戦は3-3の末、PK戦に突入。両軍合わせて9人連続失敗という前代未聞の珍事が起きたが、最終的には山口蛍が決めて神戸が初制覇を果たした。

「シーズンの最初というのはまだコンディションを上げていく時期。特にそれが決勝戦だと難しい。目の前に横浜という素晴らしい相手がいて、彼らは難しい展開を余儀なくしてくるチーム。そんな試合で個人としてもチームとしていいパフォーマンスを見せられたんじゃないかと思っています」

 キャプテンマークを巻いたアンドレス・イニエスタは清々しい笑顔を見せた。

ケタ違いの老獪さと冷静さを見せた背番号8

 元日の天皇杯決勝・鹿島アントラーズ戦の後、3週間のオフを過ごし、1月26日に合流してからまだ2週間弱しか経っていないが、冷静沈着さと老獪さはケタ違いだった。

 前半27分のドウグラスの先制点をお膳立てしたスーパーなスルーパスを皮切りに、後半開始早々の4分に山口蛍に通したピンポイントのサイドチェンジ、10分に古橋享梧に出したタテパス、24分の山口の3点目を演出したラストパスなど、その一挙手一投足はまさに魔法使いと言っても過言ではないレベル。PK戦で左隅に蹴り込んだ堂々たるシュートを含めて、彼を日本国内で直に見られる幸せを再認識させる一戦だったのではないだろうか。

ブレイク寸前だった16年前のイニエスタ

 今年5月11日に36歳となるイニエスタは間もなくアラフォーの領域に突入するが、サッカーへの真摯な姿勢と向上心は衰えを知らない様子だ。実を言うと、筆者はイニエスタがまだ19歳だった2004年2月に現地で短いインタビューをしたことがある。2003年ワールドユース(現U-20ワールドカップ=UAE)でスペイン準優勝の原動力となり、世界から注目を集めた若き才能は当時、フランク・ライカールト監督の下でベンチを温めていた。そんな逆境に直面してもひたむきにサッカーと向き合う非常に真面目な若者だった。

「12歳の時に(アルバセーテの)親元を離れてカンテラ(バルセロナの下部組織)に入った時はとても辛かったですけど、教養や人間性など全ての面で日々成長しようと心がけてきました。学校の勉強も両立できました。周りのサポートもあったし、ずっと成績も悪くなかったですよ。

 バルサはアンダーカテゴリーのどのチームも勝利を義務づけられています。そういう環境だから、選手は成長すると思います。トップチームに昇格する頃には勝つことが当然になっているし、それが厳しいトップレベルの試合でも役に立っていますから。

 加えて言うと、トップチームには尊敬すべき選手がいます。僕にとってのお手本はジョゼップ・グアルディオラ(マンチェスター・シティ監督)とミカエル・ラウドルップでした。テクニック、フィジカルの全ての面で、僕は彼らの姿を追いかけてきましたからね」

カンテラ時代のアイドルはグアルディオラとラウドルップ

 憧れのスターたちを間近に感じながら、世界最高峰レベルを目指して一目散に駆け上がっていたイニエスタ。やはりその原点は、自分の長所を伸ばすように心掛けたカンテラ時代にあったという。

「169cmという小柄な自分にとってフィジカルは武器になりません。その部分をテクニックや状況判断など他の武器を磨くことでカバーしてきました。僕のポジションはトップ下なんで、いいボールを供給し、ゲームを組み立て、ゴールを決めるという役割をしっかりこなせばいい。僕はその信念を貫いてきました。監督が起用してくれた時、ミスをせず、信頼を勝ち取ること。それが成功の秘訣だと信じています。

 もちろんフィジカル強化もやっていますよ。バルサではフィジカルコーチの指導のもと、毎日、個人個人に合ったメニューを消化することになっているんです。ハビエル・サビオラなんかもバルサに来てから、すごく体が強くなりました」

バルサで養ったサッカーへの真摯な姿勢は不変

 16年前にこう語っていた通り、つねに勝利を強く意識し、卓越したスキルと状況判断力を駆使して監督の信頼を勝ち取るというイニエスタのスタンスは、30代半ばになろうと、プレーする国が変わろうと不変だ。フィジカル面も若い頃からの継続的強化の成果なのか、2019年J1でも23試合出場6ゴールと30代半ばのベテランとしてはかなりコンスタントな活躍を見せている。

 今季はアジアチャンピオンズリーグ(ACL)との掛け持ちを強いられるが、バルサ時代に国内リーグとUEFAチャンピオンズリーグ(UCL)を並行して戦い、さらに代表でも主軸を担っていた経験がある彼ならば、うまくメリハリをつけてくれるだろう。山口蛍も「アンドレスの経験はチームにとって大きい」と語気を強めていた。

加入から1年半。神戸に本格的なイニエスタ効果も

 彼や酒井高徳、西大伍ら日本代表経験者が続々と神戸に移籍してきたのも「イニエスタと一緒にプレーして世界最高レベルを体感したい」という思いが少なからずあったからだろう。そこにベルギー代表のトーマス・フェルマーレンら能力ある選手も加わり、チーム全体が着実に成長を遂げているからこそ、天皇杯制覇、ゼロックス優勝、ACL初参戦という明確な結果が出るようになった。バルサの看板スターの日本移籍から1年半。本格的な「イニエスタ効果」を感じられる状態になってきたと言えるのではないだろうか。

イニエスタ初参戦のACLに注目

 神戸のACLは12日のホーム・ジョホール戦から幕を開ける。19日は同アウェー・水原三星戦、23日にはJ1開幕の横浜FC戦と過密日程が続くが、世界的至宝が初参戦となるACLでどのようなパフォーマンスを見せてくれるのか。それを楽しみに待ちたい。

スポーツジャーナリスト

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から7回連続で現地へ赴いた。近年は他の競技や環境・インフラなどの取材も手掛ける。

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