最初にお断りしておきますが、本稿を書くにあたってのストーリー展開などについては、前回記事同様、NHK発表の公式資料や、すでに放送された内容からの類推で、私の推測はまったくの的外れかもしれません。

 今期の朝ドラ「おかえりモネ」は気象予報士になって人々の役に立ちたいという女性の物語で、私の興味はストーリー展開のみならず、その中で描かれている気象がどこまで事実に即しているのか、ということです。そんな視点で第一話から見ています。

洗濯機の渦

 第一話の最初のシーンで、洗濯機の渦に見入っているモネが映し出されますが、これ実は「予報士あるある」で、どういうわけか天気好きは「渦好き」でもあります。気象は目に見えない大気を扱う学問ですが、その目に見えない大気の中には、目に見えない渦がいっぱい入っています。天気を好きになると、身近なものの中にも渦を見つけようと無意識にしてしまうのです。モネは予報士になる前から自然が好きであることが、このワンカットから分かります。

 そしてそのモネが誕生するときに遭遇したのが、嵐です。

 オープニング冒頭、画面中央に大きく「1995年(平成7年)9月」と文字が出ます。どうやら、産気づいた母親・亜哉子(鈴木京香)が破水してしまい、どうしても離島の亀島(架空の島)から病院のある気仙沼に渡らなければなりません。時刻は漁師町の活気と空の感じからすると、おそらく早朝でしょう。嵐の中、すべての客船は欠航になっていますから、カリスマ漁師の新次(浅野忠信)が自分の船で亜哉子を本土に運ぶことになります。テレビの台風情報では波の高さは5メートルから8メートルの大しけで、しかも台風は「超大型で非常に強い台風12号が~」とアナウンスされていました。実際の1995年台風12号もドラマで伝えられたとおり、超大型で非常に強い勢力でした。

モネの誕生日は9月17日と推定 

1995年9月17日朝9時の天気図(出典 デジタル台風)
1995年9月17日朝9時の天気図(出典 デジタル台風)

 1995年9月13日、台風12号は日本のはるか南、マリアナ近海で発生しました。この海域は海水温が高いことから、昔の予報官は「台風のエリート製造所」と呼んでいました。12号も例にもれず、発生からわずか3日で中心気圧が925ヘクトパスカルまで下がり最大風速は50メートル、超大型で非常に強い台風になりました。そして9月17日に八丈島付近を通過した後、急速にスピードを上げて三陸の東海上を北東方向に進み、翌日には北海道の東海上で温帯低気圧に変わりました。

 ここで重要なのは台風のコースです。この台風は上陸こそしませんでしたが勢力を維持しながらやってきました。こんな台風が接近してくる時に、いかにカリスマ漁師といえども船を出すことが可能なのでしょうか?

 その答えが台風の進路とスピードにあります。台風は、進行方向に対して右側と左側とでは風の強さが変わります。進行方向の右側は台風のスピードが速いほど風は強くなり、逆に左側は相対的に風が弱くなるのです。

危険半円と可航半円

1995年台風12号の進路図(出典 気象庁)と可航半円の図(スタッフ作成)
1995年台風12号の進路図(出典 気象庁)と可航半円の図(スタッフ作成)

 昔から船乗りは経験的にそのことを知っていて、台風進路の右側は危険、左側は航海が可能だということから「可航半円(かこうはんえん)」と呼んでいます。したがって台風12号の進路をみると、気仙沼はまさに可航半円の側で、しかも台風の移動速度は時速70キロくらいと大変速かったことが推定されます。

 そこで台風の風は予想よりも弱かったのではないかと考え、実際にデータのある仙台の風速を確認しました。すると最大瞬間風速でも西の風16.5メートルで、この規模の台風としては、信じられないくらい弱い風であったと言えるでしょう。

 ということで、「おかえりモネ」はフィクションではありますが、実際の台風12号と時系列的に矛盾なく描かれ、気象の疑問についても合理的な答えが裏に用意されているように感じました。

9月17日は大型台風の特異日

 さて、台風12号の進路、状況などから、主人公の永浦百音(清原果耶)は、1995年9月17日の朝に誕生したことがほぼ確実です。おそらく時刻は、朝ドラの始まる午前8時ではないかと私は勝手に推測しています。

 1995年というのは、阪神・淡路の大震災があった年でもありますが、気象予報士的には前年の1994年に第一回の予報士試験が行われ、実質的な予報士制度が始まった年でもあります。そして、モネの誕生が9月17日だとすると、ここに、作者のもう一つのメッセージが込められているように私は思います。それは何かというと、「災害は繰り返す」という事です。

 昔から立春から数えて二百十日(9/1頃)は、台風が来やすい日として知られています。一方、1972年(昭和47)刊行の、『お天気博士風のたより(倉嶋厚)』には、その二百十日台風厄日説に対して、大型台風が襲来しやすいのは、「9月16~17日」と「9月25~26日」であるとの記述があります。

 9月25日~26日にかけては、伊勢湾台風、狩野川台風、洞爺丸台風など、いずれも千人以上の命を奪う大災害を引き起こしています。また、9月16~17日にかけては、枕崎台風、カスリーン台風、第二室戸台風などがあります。そして1995年の12号台風は、まさに台風特異日の9月16~17日にかけて、三陸の東海上を駆け抜けていきました。

 この台風は、前述したようにコースが陸地から少し離れて通ったので、宮城県では大災害こそかろうじて免れましたが、もしコースが少し西にずれていたら高潮などの大きな災害の可能性もあったと、気象庁はホームページ上で述べています。そして実際に、このコースに似た台風がかつてあったのです。

「カスリーン台風」との類似

左:カスリーン台風の進路図 右:1995年台風12号の進路図 (出典 気象庁)
左:カスリーン台風の進路図 右:1995年台風12号の進路図 (出典 気象庁)

 1995年の台風12号は、台風厄日の9月17日にやってきましたが、戦後すぐの1947年(昭和22年)の同じ日に襲来したのが「カスリーン台風」です。当時、日本はまだ米軍の占領下にあったので、台風の呼び名も女性名が使われていました。そのカスリーン台風の進路を見ると、なんと台風12号とおどろくほど似ているのです。(上図参照 左:カスリーン台風、右:1995年台風12号の進路図)

 台風はもともと季節によって似たコースをとることがあり、「類似法」と言って、その性質を進路予想に使うこともあるくらいです。しかし、それにしても台風12号とカスリーンは、わずかな東西方向のずれがあるだけで、そっくりです。そのわずかなズレが、大災害になるかどうかの分かれ目になったりします。

新田サヤカの誕生日は昭和22年9月17日か?

 ところで、カスリーン台風の事を調べていて、一つの事が頭に浮かびました。第一話から魅力的な存在感のある新田サヤカ(夏木マリ)です。いまのところどういう人物なのか、明確にはわかりません。気象キャスター朝岡覚(西島秀俊)との関係は、ひょっとして本当に親子なんじゃないだろうかとか、伊達家の家老の子孫とか、うわさはあるようですが、いずれにしろ物語の今後について、大きなキーパーソンになるような感じがします。

 そこで思ったのですが、モネが台風12号の嵐の中で産まれたわけですから、その「類似台風」のカスリーン上陸の日に、モネの祖母世代が産まれていたら、世代を超えた台風物語として広がりを持つのではないでしょうか。

 そういう視点で登場人物を眺めてみると、祖母世代の代表である新田サヤカは、カスリーン台風の上陸時に誕生したのではないかという想像がふくらみます。

 自分が生まれた時にカスリーン台風が来ていた。そして近しい人が亡くなるなど、大きな被害が出た。それが、現在の山主(やまぬし)となって、ヒバ(あすなろ)などの耐久性のある植林をする動機になったのではないか、と考えた次第です。

 今後の展開はもちろんわかりませんので、上記のことはまったくの想像にすぎません。それでも「災害は繰り返すが、それを防ごうとする人々の英知も引き継がれる」という隠れたテーマが、このドラマの中に流れているように思います。今後、ドラマが展開するにつれ、過去の気象災害もおそらく題材として取り上げられるでしょうから、その時、この気象はどうだったというようなことも、今後、発信したいと考えています。

参考資料

気象庁ホームページ

デジタル台風

『お天気博士の風のたより』倉嶋 厚著(河出書房新社)

5月16日掲載記事「10分後に雨が降る」予想はなぜできる? 17日スタート「おかえりモネ」の中の天気

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】