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サクラ前線観測史上もっとも早く青森に到達 ウメも同時開花

森田正光気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長
青森・弘前公園「さくらまつり」(写真:中尾由里子/アフロ)

 自分の住んでいる場所のサクラが散ると、サクラ開花のニュースへの興味は一気に薄れますが、実は今年の開花はこれまで経験したことのないような速さで進んでいます。

 そして今日(4月13日)、青森市でサクラ(ソメイヨシノ)とウメが開花しました。同じ日に咲くことが非常に珍しいうえに、サクラに関しては2015年4月14日の記録を抜いて観測史上もっとも早い開花です。また昨年までの平年値(4月24日)に比べても11日も早くなりました。(※5月19日からの新平年値では4月22日)その他、東京などこれまでにサクラの開花が観測された44地点中、27地点でも観測史上最早(タイ記録含む)となりました。

3月の異常高温が桜の記録的開花をもたらした

 この異常に早い開花の直接の原因は3月の高温です。今年の3月は、とにかく全国的に気温が高く、日本全体の平均気温は平年に比べ+2.67度、また全国153の観測地点のうち、8割以上の126地点で月平均気温の1位を更新するなど、季節がまるまる一か月ずれたような感覚でした。

 これによってサクラの開花も記録的に早まったわけですが、この原因の一つが上空のジェット気流です。ジェット気流は上空5000メートル以上を西から東へ流れる強風帯のことで、この強風帯を境に北側では寒気、南側では暖気が支配しています。例年の3月だと、このジェット気流が南に下がったり(寒気)、北に上がったり(暖気)して春と冬が季節の争いをするのですが、今年の3月はジェット気流が北に上がったままで、北極の寒気が日本付近まで下りてきませんでした。(下図参照)

今年(2021年)3月のジェット気流の流れ(スタッフ作成)
今年(2021年)3月のジェット気流の流れ(スタッフ作成)

 そこで思い出していただきたいのですが、昨年末から今年の初めにかけてはジェット気流が大きく蛇行して、日本海側は記録的な豪雪に見舞われました。逆に言うと、年初に強い寒波がやってきた揺り戻しとして、この春は寒気がやってこなかったと言い換えることが出来るかもしれません。

 いずれにしても気候の変動が大きくなっているのは事実で、今後は集中豪雨や猛暑など夏だけではなく、冬や春も極端な天候が現れると覚悟した方がいいでしょう。

サクラ開花の北上スピードは1日約20キロ、時速約800メートル、分速約13メートル

サクラ開花前線 北海道の日付は予想日(ウェザーマップ発表)
サクラ開花前線 北海道の日付は予想日(ウェザーマップ発表)

 今年、東京でサクラが開花したのは3月14日でした。そして青森で咲いたのが4月13日ですから、東京から青森まで約580キロの距離をサクラ前線は30日間かけて到達したことになります。これを単純に日にちで割ると、サクラ前線の北上速度が分かります。得られた数値は1日約20キロ、時速約800メートル。ですから、1分間に約13メートルのスピードで移動すれば、ずっとサクラの開花に歩調を合わせることが出来ます。

 実はこれ、冗談で書いているのではなく季節の進み具合や温暖化の進み具合を可視化するのに役立ちます。今年の青森のサクラ開花は平年より11日早くなりました。サクラ前線の移動速度は1日約20キロですから、11日早いということは、20×11で220キロ。つまり今年の青森は、地理的に220キロ南の山形県と同じ気候だったと推測することが出来るのです。実際はそんな単純ではないと思いますが、220キロも距離が違う状態が恒常化すれば、植生や生態系にも変化が出てくるでしょう。

サクラはなぜ季節の指標になりうるのか?

 現在日本中に分布しているサクラ(ソメイヨシノ)は季節の指標として、たいへん優れた性質を持っています。なぜなら全国で観測されているサクラの多くは、江戸末期に現れた一本のソメイヨシノという種類に起源を持つからです。この最初のソメイヨシノは偶然か人為的に作られたかは議論の分かれるところですが、遺伝子検査などで、現在はオオシマザクラとエドヒガンザクラの交配種であることが、ほぼ分かっています。そして、その木の増やしかたは種(タネ)によるものではなく、一本の木をもとに接ぎ木で増やされたものです。

 接ぎ木というのは、同じ木の枝を別の近縁の木の割れ目などに差し込んで増やす方法で、この方法だとまったく同一の遺伝子、つまり同じ性質を持った木を何本でも作ることが出来ます。これがもし種(タネ)から増えるとなると、同じになることはあり得ません。人間を例にすると分かりやすいと思いますが、同じ父親と母親から生まれた兄弟でも遺伝子は異なるのと同じことです。

 つまり現在、日本のみならず世界中に分布しているソメイヨシノは、江戸時代末期に忽然と現れた一本の木がその性質をまったく変えずに今に至っているものなのです。

 したがって遺伝子が同一なら、同じ環境に置かれたサクラは同じ時期に開花し、同じ時期に満開となります。これが、サクラの花が「あっという間に咲いてあっという間に散ってしまう」理由です。

今後の開花予想

 ソメイヨシノは同一遺伝子であること、一定の温度条件がそろわないと開花しないこと、日本中に分布していることなどから、季節の指標としてはもっとも適した植物でしょう。そして、今年はそのソメイヨシノにとっても経験したことのないような季節変化をしています。

 例年、開花前線はゴールデンウィークの頃に津軽海峡を越えるのが普通ですが、今年はどれほど早くなるのか、温暖化や気候変動の視点からもたいへん興味深いことになりそうです。

注) サクラとソメイヨシノ、文意を優先して併記しています。

参考 植物はすごい 七不思議篇 田中修著 中公新書

気象解説者/気象予報士/ウェザーマップ会長

1950年名古屋市生まれ。日本気象協会に入り、東海本部、東京本部勤務を経て41歳で独立、フリーのお天気キャスターとなる。1992年、民間気象会社ウェザーマップを設立。テレビやラジオでの気象解説のほか講演活動、執筆などを行っている。天気と社会現象の関わりについて、見聞きしたこと、思うことを述べていきたい。2017年8月『天気のしくみ ―雲のでき方からオーロラの正体まで― 』(共立出版)という本を出版しました。

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