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月と温暖化が2030年代に「迷惑な洪水」を急増させる NASA

森さやかNHK WORLD 気象アンカー、気象予報士
月のイメージ図(写真:アフロ)

いつも忙しい気象庁職員さんですが、こんな質問をされて余計に疲労がたまったことがあったようです。

数十年先の日食が予測できているのに、今夜の天気の予報がはずれるのはおかしい

(日本気象学会機関誌「天気」1991年11月号『気象談話室(北畠尚子さん著)』より [PDF])

地形の影響に、大気の水分量、雲のかかり具合に、風の変化など、考慮することが山ほどある天気現象は予想が難しいものです。私のように、少なからず気象に携わる人がそう言うと、ただの言い訳にも聞こえます。ただ多くの気象学者は、今後も地球は温暖化し、海水面は上昇するだろうと考えています。

増加する「迷惑な洪水」

そこに、とある”確実な”天文現象が重なれば、海水面はさらに上昇し洪水が多発するだろうという趣旨の論文を、NASAは先日ホームページで紹介しました。

どういうことでしょうか。中を読んでみると、こんなようなことが書いてあります。

満潮に伴って起こる洪水はアメリカでは「迷惑な洪水」とか「晴天の洪水」などと呼ばれ、沿岸の都市ではしばしば発生しています。たとえば2019年には600回以上も起きていたようです。今後温暖化が進行し海水面が上昇すると、こうした洪水のリスクはさらに高まると言われています。

迷惑な洪水のイメージ図 (出典: NOAA)
迷惑な洪水のイメージ図 (出典: NOAA)

月がゆらぐという現象

そのうえで、月のゆらぎ(Moon wobble)が加わると、そのリスクはさらに増大すると言います。

一体月がゆらぐとは、どういうことでしょうか。これは1728年に発見された月の軌道変化のことで、18.6年の周期傾きを変えて地球の周りを公転するというものです。その18.6年のうち、半分では潮の満ち引きが弱まるのですが、残りの半分のでは満ち引きが激しくなって、満潮時には通常の満潮時よりもずっと海面が高くなります。

ハワイ大学のNASA海面変化科学チームの研究によると、2030年代中頃にこの潮の満ち引きが激しくなる周期と、温暖化による海面上昇とが重なって、アメリカ本土やハワイ、グアムの海岸線で「迷惑な洪水」が急増するというのです。ただ、土地が隆起し続けるアラスカはその限りではないようです。

迷惑な洪水が増えるとどうなるか

こうした洪水は、ハリケーンがもたらす高潮よりは規模が小さいので軽視されがちですが、多い時には毎日ないし2日に1度の頻度で発生するかもしれないようです。そうなれば経済的にも大打撃となって、地下に停めた車が浸水して出勤できず失業する人が現れたり、下水が溢れて公衆衛生上の問題も引き起こしたりするかもしれないと言っています。

月の魔力

月の引力が起こす潮の満ち引きは、北極圏の海底から放出されるメタンガスの量をも変化させているようです。

メタンは二酸化炭素の86倍も温室効果を持つ気体ですが、干潮時にはメタンガスの放出量が増え、反対に満潮時には減ることが発見されています。水圧がかかると、気体を長く海底に閉じ込めることができるからです。

そうなると、温暖化で海面が上がるとメタンガスの放出量が減るという、明るい期待につながるかもしれないようです。月の影響力は、想像以上に大きいということでしょう。

NHK WORLD 気象アンカー、気象予報士

NHK WORLD気象アンカー。南米アルゼンチン・ブエノスアイレスに生まれ、横浜で育つ。2011年より現職。英語で世界の天気を伝える気象予報士。日本気象学会、日本気象予報士会、日本航空機操縦士協会・航空気象委員会会員。著書に新刊『お天気ハンター、異常気象を追う』(文春新書)、『いま、この惑星で起きていること』(岩波ジュニア新書)、『竜巻のふしぎ』『天気のしくみ』(共立出版)がある。

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