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イールドカーブから割安な国債を発掘するために

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長
すべての画像:123RF

 国債のイールドカーブの分析は、金利の予測判断において重要な役割を演じますが、割安な銘柄を選択するためにも欠かせないものです。さて、どうイールドカーブを使うのか。 

イールドカーブと銘柄の割安割高

 国債のイールド、即ち利回りを縦軸に、満期までの年限を横軸にとった曲線がイールドカーブですが、そのような曲線が客観的な事実として、存在しているわけではありません。実際には、現時点で存在する全ての国債について、縦軸に利回り、横軸に年限をとって作図すると、各点が帯状に分布するので、その帯のなかに、数学的技法を用いて、各点からの距離が小さくなるように曲線を描くと、イールドカーブになるのです。

 故に、いくつかの銘柄は、稀な偶然として、イールドカーブの上に乗るでしょうが、ほぼ全ての銘柄について、概ね半分はイールドカーブよりも上方に所在し、残りの概ね半分は下方に所在することになります。そこで、作図方法から明らかなように、イールドカーブは同一年限の銘柄についての平均的な利回りを示すのですから、上方にある銘柄は、平均よりも利回りが高いので、割安であり、逆に、下方にある銘柄は割高であるようにみえるわけです。

年限以外の属性の差

 満期までの年限が同じ国債でも、発行時点の異なる銘柄はクーポン、即ち表面利率が異なり、クーポンが異なれば、利回りは近似しているので、価格も異なり、更に、デュレーション、即ち平均回収期間も異なります。また、発行時点が古い銘柄については、投資家によって長期安定的に保有されていることが多く、市場における流通量が少なくなっていますから、流動性が低くなります。

 ここで、デュレーションとは、クーポンと元本の回収までの時間について、クーポンと元本の現在価値の加重をかけて平均をとったもので、クーポンが高い銘柄ほど、デュレーションは短くなります。また、国債の売買においては取引費用が発生しますが、費用が小さいことを流動性が高いといい、費用が大きいことを流動性が低いというわけです。

属性差と利回り差

 利回りは、純粋に時間に対応した金利ではなく、クーポンと元本の現在価値を価格に一致させる内部収益率であって、銘柄に固有のものです。しかし、利回りが時間に規定されていることに変わりはなく、デュレーションも時間の指標であるからには、満期までの年限が同じでも、デュレーションが異なれば、利回りは異なり得るわけです。

 また、流動性以外の全ての属性が同じ銘柄について、流動性の低い銘柄は、流動性の高い銘柄よりも表面的には利回りの高いことが多いのですが、それは必ずしも割安なのではなく、単に、取得しようとすれば、より大きな取引費用が発生して、取得原価が高くなり、その分、利回りが低くなると予想されるからです。こうして、流動性の差は、表面的な利回りに影響を与えるのです。

帯としてのイールドカーブと銘柄の割安割高

 同じ年限でも、デュレーションと流動性が異なれば、利回りは異なり得て、その差異は合理的で正当なのですから、同一年限に対応する利回りには幅があるわけです。故に、イールドカーブは線なのではなく、線としても、かなり太い線であり、幅の広い帯なのです。

 そこで、帯としてのイールドカーブを作図すれば、多くの銘柄は、帯の上に乗ることとなり、割安でも割高でもなく、妥当な利回りになるのですが、それでも、帯の外に所在する銘柄が残れば、帯の上方にある銘柄は割安で、下方にある銘柄は割高だと、一応は判断されるわけです。

 さて、銘柄の比較評価を行うためには、同一基準を適用しないといけませんが、利回りは、銘柄に固有の内部収益率ですから、同一基準にはなり得ません。そこで、厳密な割高割安の判断には、スポットレート、即ち、銘柄とは独立に時間だけで規定される金利が使用されるわけです。しかし、おそらくは、スポットレートを用いた検証によって、イールドカーブによる割安割高の判断が覆ることは少ないでしょう。

割安割高になる理由

 国債は、同一の政府が発行するもので、いかに銘柄が多数あろうとも、属性が同じなら、あるいは、属性の差を調整したうえでは、同じ価値をもつので、割安割高は生じ得ないはずです。しかし、現実には、割安割高が生じます。その原因のうち最も重要なのは、おそらくは、金融機関の売買行動です。なぜなら、国債の最大の保有者は金融機関だからです。

 金融機関の売買行動は、純粋に投資目的に基づいているとは限らず、むしろ、会計、資本規制、手元流動性管理などの諸事情によっている場合が多いと思われます。そこで、例えば、何らかの事情のもとで、特定銘柄を大量に売却する金融機関があれば、その銘柄は割安になるということです。

イールドカーブの形状と割安割高

 例えば、上に突起した場所がイールドカーブにあれば、その突起のある年限前後の銘柄は、割安のようであり、同様に、下に突起した場所があれば、そこに割高な銘柄がありそうです。しかし、こうした割安割高の判断が成立するためには、突起は解消して滑らかになることが前提になります。

 つまり、イールドカーブは、理論的には凹凸のない平滑なものであって、現実に凹凸が生じれば、それは金融機関の特殊な売買行動によるものなので、時間の経過とともに凹凸は解消して、再び平滑になるといえるのならば、凹凸は割高割安を意味するわけです。

平滑かつ単調なイールドカーブ

 例えば、満期1年の国債に2年連続して投資することと、満期2年の国債を2年間保有することとは等価でなければならないので、イールドカーブが右肩上がりであるとは、1年後の満期1年の国債の利回りが現在よりも高くなることを意味しています。つまり、イールドカーブは短期国債の利回りの将来推移を示しているわけです。

 イールドカーブに凹凸が生じるためには、短期国債の利回り推移について、ある時点まで上昇し、そこから低下し、また上昇し、再度低下するというような予測が織り込まれなくてはなりませんが、そのような予測に根拠を求めることは困難です。故に、理論的には、イールドカーブ上に凹凸は生じ得ないのであり、実際に凹凸が生じれば、それは割高割安を意味するのです。

 イールドカーブに凹凸が生じないのと同じ理由で、イールドカーブは階段状に歪んだりはしません。歪みが生じることは、金利変化の速度の変化を織り込むことであり、そのような予測に根拠はあり得ないからです。故に、実際に歪みが生じれば、その歪んだ年限の前後は、割高もしくは割安なのです。

古典的手法としてのロールダウン

 イールドカーブの基本形は右肩上がりです。なぜなら、経済の基本形は、景気の緩やかな拡大のもとで、物価も緩やかに上昇していく状況ですから、そこでは、物価上昇につれて、金利の緩やかな上昇が見込まれるからです。この場合、金利は次第に上昇率を低下させていくとの予測が自然で、それ以外の技巧的な予測は考えにくいので、イールドカーブは、基本形として、中期の年限までは強い傾斜の右肩上がりで、中期から長期にかけて傾斜が緩くなり、長期では平らになるわけです。

 この基本形のもとでは、中期の年限の国債は、時間の経過とともに、急な傾斜を転がり落ちる、英語でいえば、ローリングダウン(rolling down)することになります。つまり、利回りが急速に低下するわけです。利回りの低下にともない、価格は上昇しますが、ロールダウンとは、その価格上昇効果を意味します。実は、ロールダウンを狙うことは、債券投資の古典的手法なのです。

中央銀行の金融政策

 最後に、中央銀行が意図的に歪めたイールドカーブについて、割安割高の議論ができるとすれば、金融政策の持続可能性に疑義が生じたときです。金融政策の転換で歪みが解消すれば、確かに、事後的には、歪んだ箇所は割安もしくは割高であったといえるわけです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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