ゴーン氏が工夫を凝らした繰延報酬に開示義務はあったのか

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 日産自動車は、1月16日に、東京証券取引所に「改善状況報告書」を提出し、その内容を公表しました。ゴーン氏の不正行為とされる事案については、少なくとも現時点での状況を鑑みる限り、この報告書以上の情報が公になることはあり得ませんから、その範囲内で、改めて、ゴーン氏は自らの報酬について有価証券報告書への虚偽記載を指示したのか検討してみましょう。

ゴーン氏の三つの不正行為

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 日産自動車が公表した「改善状況報告書」には、ゴーン氏の犯した三つの不正行為、即ち「(1)長年にわたり、開示される自らの報酬を少なくするために、実際の報酬額よりも減額した金額を有価証券報告書に記載していたという不正行為、(2)目的を偽って、私的に当社の投資資金を支出するなどした不正行為、(3)その他、私的な目的で当社の経費を支出するなどした不正行為」が挙げられていますが、いうまでもなく、最大の論点は(1)の有価証券報告書への虚偽記載です。

 検察および日産自動車の主張は、ゴーン氏の明確な指示により、有価証券報告書に実際の報酬額よりも少ない金額が記載されており、そこには報酬額を偽る悪意があるのであって、「金融商品取引法」に違反するというものです。しかし、ゴーン氏は真っ向から反論していて、記載内容は適法であったとしています。

事案の要点

 本件は、ゴーン氏の国際的な知名度の高さ、検察が逮捕と長期拘留という極めて強硬な態度に出たこと、日産自動車と大株主ルノーとの微妙な関係、日産自動車の経営内紛の憶測など、著しく派手な外貌を伴って登場し、挙句の果てには小説よりも奇なるゴーン氏の海外逃亡というおまけまでついて、世界的な重大事件のように見えていますが、実のところ、社会的に重要なのは繰延報酬の処理に関する微細な技術論だけであって、その余は日産自動車の純然たる社内問題です。

 さて、要点を報告書から引用すれば、「ゴーン氏は、開示される自らの取締役報酬の金額を減らすため、自らに付与した取締役報酬の一部(以下「繰延報酬」という。)について支払時期を退任後に繰り延べるなどしてその開示をせず、その結果、2010年3月期から2018年3月期におけるゴーン氏の報酬総額は過少に開示されてきました」となります。

繰延報酬とは

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 報告書を引用すれば、「日産の取締役会決議により、ゴーン氏に対し、自身の報酬の決定も含む、取締役及びトップラインマネジメント(副社長、専務執行役員、常務執行役員及び理事を含む。)の報酬を決定する権限が一任されていました」とのことですから、報告書自身が認めるように強権をゴーン氏に付与したこと自体に大きな誤りがあるにしても、ゴーン氏が自分自身の報酬額を決定していたことに手続き上の瑕疵はなかったのです。

 次いで、繰延報酬の意味ですが、ここも報告書を引用すれば、「2010年3月期以降、繰延報酬について、ケリー氏をはじめとする特定少数の者の間で、開示せずに支払う方法について様々な検討が行われました。退職後の報酬についても、繰延報酬相当額の支払方法の一つとして、又は退職後における別個の報酬として、支払うことが検討されました」とあります。ケリー氏は、「ゴーン氏の信任が最も厚い側近の一人として日産内で知られており、トップラインマネジメント以外のほぼすべての職員の報酬及び人事について決定権を持って」いた人物です。

 なお、ここで注意すべきは、報告書は日産自動車の立場から記述されていて、「開示せずに支払う方法について様々な検討」という表現は、支払うべき金額が確定しているにもかかわらず、「開示せずに」しておこうとするゴーン氏の悪意を前提にしたものだということです。

本当に虚偽記載なのか

 ある種の方法で支払い時期を繰延べれば開示義務のない報酬になる、このことの理論的な可能性を排除することはできません。そこで、究極の論点は、どのような方法で支払い時期を繰り延べれば開示義務を免れるのか、この一点に収斂します。そして、報告書によれば、この最高度に技術的な論点について、ゴーン氏はケリー氏を使って「様々な検討」をさせたということです。

 ここで容易に想像されるように、「ゴーン氏の信任が最も厚い側近の一人」であったケリー氏は、当然に極めて有能であり、高度な専門性を有する弁護士や会計士などを自由に使って「様々な検討」をしたに違いなく、開示義務がないように繰延の設計がなされていたことに自信をもっていたはずです。

 そもそも、「様々な検討」を経たことに、虚偽記載という認定はあり得ないとも考えられます。つまり、直観的に、虚偽記載というのは、虚偽の自覚なくしては成立しないのではないか、「様々な検討」を経て正当な記載だと信じている人については、虚偽記載は成立せず、単に見解の相違があり得るだけではないか、見解の相違を裁定した結果、不適切記載と認定されれば、訂正すればいいだけのことで、刑事事件としての立件などあり得ないのではないかとの疑念が生じるのです。

 しかし、検察は強い確信をもって虚偽の自覚があったと認定したのでしょう。そうでなければ、逮捕と長期拘留はあり得なかったはずです。しかし、検察とゴーン氏のどちらに分があるのかは、繰延報酬の設計の詳細が公表されていない以上、誰も何もいえないわけで、それだけに裁判の経過が注目されていたところ、ゴーン氏の逃亡により裁判が開かれなくなったのは残念です。

開示義務のない繰延報酬とは

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 では、理論的な問題として、開示義務のない繰延報酬があり得るとしたら、どのような要件を満たしたものでしょうか。まずは、取締役報酬を離れて、一般の退職金について考えますと、支払いを退職時にまで繰延べられた報酬は、税法上も退職所得として退職時に一括課税されるように、通常の所得とはみなされません。つまり、勤続が一年経過し、それに対応して退職金が増加したとしても、その増加分は、その一年間に発生した所得ではないのです。

 しかし、いうまでもなく、退職所得とみなされるためには、いくつかの条件を充足しなければなりません。即ち、少なくとも、第一に、正式文書として成立している退職金規定のもとで、規定に従って支給額が決定されるのでなければならず、第二に、定年時支給を原則として、早期退職の場合は、一定の率を乗じて減額するものでなければならないでしょう。

 次に、ゴーン氏の報酬について考えるに、取締役退任時まで支給を繰延べていたとすれば、退職金的なものとして、退任までは所得ではないと主張できる余地が全くないわけではありませんが、いつ退任しても繰延額の全額が支給されるとか、支給額の算定方法を定めた規定がないということであれば、繰延は単なる支給時点の繰延であって、所得の繰延とはいい難く、やはり確定所得といわざるを得ないでしょう。

支給条件はあったのか

 では、確定所得でないように、繰延報酬に何らかの支給条件が付されていたのでしょうか。確定した所得の支給時点を繰延べても、確定所得として開示義務を生じる、これが検察の主張でしょうが、ゴーン氏の主張は、条件付きで支給が繰延べられているので、その条件が成就したときに初めて確定所得になる、そのように契約で定められているというものだと考えられ、その条件を工夫するために「様々な検討」をしたということでしょう。

 だとすれば、検察は、報酬額を定めた契約書、もしくは契約書に準じる書類を証拠として押さえていて、その内容を精査したうえで、所得の確定性に関して確信を得たということでしょうから、検察が有利なのは間違いないと思われます。

「様々な検討」という謎

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 しかし、ゴーン氏ともあろうものが「様々な検討」をしたにもかかわらず、簡単に見破られる稚拙な偽装しかできていないとは、俄かには信じ難いようです。

 この点については、報告書に、「ゴーン氏が決定した個々の報酬の支払いは秘書室が担当しており、秘書室から他部署に個々の取締役及びトップラインマネジメントの報酬額に関する情報が出ることはありませんでした」とあることが参考になるでしょう。つまり、報酬の支払い自体がゴーン氏の強権のもとで秘密裏に処理されていたのですから、稚拙な偽装で十分だった、それが検察の見立てだと思われます。

 では、なぜ報告書は「様々な検討」に言及しているのでしょうか、稚拙な偽装に関して「様々な検討」がなされたというのは、おかしくないでしょうか。本件の最大の謎は「様々な検討」の内容にあります。不正を犯していないとするゴーン氏の自信は「様々な検討」の成果に基づくわけであり、ゴーン氏の不正に関する検察の自信は「様々な検討」の欺瞞性に基づくわけですが、その謎の解かれる可能性がなくなったこと、少なくとも当面はなくなったことは非常に惜しまれます。