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暗号資産に格下げされた仮想通貨の未来

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長
すべての画像:123RF

 金融庁が2018年12月21日に公表した「仮想通貨交換業等に関する研究会報告書」では、国際的な動向等を踏まえて、仮想通貨の法律上の呼称を暗号資産に変更するように提言されました。これには、法定通貨との誤認を避けるために通貨という名称を廃止するという背景もあり、事実上、仮想通貨から通貨の地位を奪うものといっていいでしょう。では、通貨に出世できなかった暗号資産とは何か、もはや暗号通貨の可能性は完全になくなったのか。

仮想通貨から暗号資産へ

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 仮想通貨という名称は「資金決済に関する法律」に根拠のあるものですから、変更には法律改正という大掛かりな手続きが必要であることを考えるとき、報告書が敢えて名称を暗号資産に変更するように提言する理由としては、単に海外で暗号資産(crypto-asset)という表現が定着しつつあることだけではなく、仮想通貨の通貨としての地位に対して否定的な見解を示すに至ったものだといっていいでしょう。

 背景としては、通貨の決済手段としての機能を考えるとき、いわゆるキャッシュレス化が急速に政策課題にまで浮上してきたなかで、法定通貨のデジタル化が進展してきているわけですが、これらは、日本の法律のもとでは、「通貨建資産」や「前払式支払手段」などに該当し、表示された法定通貨と同じ価値をもつものにすぎないのですから、仮想通貨という新概念を全く必要としないことがあるでしょう。

 また、価値の貯蔵手段としての機能についても、仮想通貨の現状においては、それ固有の独自の経済圏が成立してこないなかで、法定通貨との対比において相対価値を合理的に評価測定する手法を想定し得ず、純然たる投機対象としての存在意義しか認め得ないのが実情です。通貨はFXにみられるように投機対象になり得ますが、逆に、投機対象になり得るが故に仮想通貨が通貨だとはいえないわけです。

 そこで、総合的に判断すると、仮想通貨は、少なくとも現状においては通貨としての機能がなく、単なる投機対象にすぎないと考えるほかないのですが、同時に、法定通貨に交換可能である限りは、資産性があることも否定できず、結局、暗号資産あたりが妥当な名称になるということなのでしょう。

仮想通貨の通貨としての条件

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 では、仮想通貨が通貨になり得るとしたら、その条件は何でしょうか。仮想通貨は、通貨である限り、法定通貨と対等のものでなければならず、特定の法定通貨に従属するものではない、即ち単なる法定通貨のデジタル化、あるいは暗号化ではないということです。また、それが法定通貨ではないということは、背後に法律を、即ち政治権力をもたないということです。

 仮想通貨が背後に政治権力をもたないならば、発行体はないことにならざるを得ません。なぜなら、発行体をもつのならば、その発行体の背後に政治権力を想定するほかなく、日本の法律のもとでは、「通貨建資産」、「前払式支払手段」、金融商品のいずれかに該当するに違いないからです。

 従って、仮想通貨は、常識的には観念不能であるわけですが、情報技術の高度化によってデジタル空間上に自律的に存在するものとして実現し得るとする主張に対しては、それが常識を超えるものであるにしても、否定し得ない現状があるわけです。

 そこで、仮想通貨は、通貨として存在し得るためには、発行体、即ち特定の管理者をもつことなく、情報技術的に自律性を備えた秩序を形成していること、複製、改竄、流出等の不可能性を技術的に保証できることなど、高度な技術的要件を充足しなければならないのですが、現在、そのような要件を充足しているものが複数存在するとされているようです。

 しかし、技術的要件だけでは、通貨としての実質的な機能を充足するわけではありません。法定通貨は背後に国家をもつわけですが、国家は、政治的な結合であるだけでなく、経済的な結合、即ち自律的な経済圏でもあって、通貨は、経済圏があってこそ意味があり、逆に経済圏を組織するものとしてこそ意味をもっています。ところが、仮想通貨についていうと、技術的要件を充足しているとされるものも、その背後に経済圏の成立を認めることは不可能なのが現状です。

単なる投機対象としての仮想通貨

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 しかし、将来の可能性はともかくも、現実的には、仮想通貨は投機対象にすぎません。しかも、投機対象といっても、仮想通貨は、法定通貨と違って、純粋な投機対象になってしまっていることが大きな問題でしょう。つまり、FXのように法定通貨も投機対象になりますが、法定通貨には、一方で貿易や資本取引に伴う巨額な実需取引があるため、他方で活発な投機を行うことは、市場に流動性を供給するという重要な社会的意義をもつのに対して、仮想通貨の場合には、背後に経済圏があるわけではないので、実需を想定することができず、純然たる投機になってしまうということです。

 投機は、要はギャンブルですけれども、刑法上の犯罪に該当するギャンブルですら、宝くじや競馬のように特別法で合法化されているのは、地方自治体の資金調達への貢献など、一定の社会的意義を認められてのことです。法定通貨の投機にも、そうした社会的意義がありますが、仮想通貨の場合には、そのような意義を認める余地は全くありません。

 おそらくは、規制当局の立場からすると、当初は仮想通貨の将来の可能性を好意的に認めて、「資金決済に関する法律」における名称も仮想通貨としたのでしょうが、現実には通貨としての発展がないなかで、法律上の手当てがあるだけに、かえって賭場の開帳を合法的に許容した格好になっている現状に対して、規制色を強めつつあるのでしょう。それが暗号資産という名称への変更に表れているのだと思われます。

規制の潜脱としてのICO

 さて、ICOについては、どうでしょうか。投機の道具で資金調達というのは、いかがなものでしょうか。ICO、即ちイニシャル・コイン・オファリング(initial coin offering)とは、コインもしくはトークン(token)と呼ばれる仮想通貨を発行して資金を調達することで、イニシャル・トークン・セール(initial token sale)などともいわれます。

 ここで明らかな問題は、ICOは、発行体があって、その資金調達として発行されるのですから、最初から仮想通貨の本来の主旨に反していることです。もちろん、この点は意識されていて、ICOは、何らかの価値を共有するものが発起人になって、それに賛同するものを募るという形態を装っていて、その価値共同体が経済圏を形成するという想定のもとでなされるのが普通で、その経済圏はトークン・エコノミーなどと呼ばれています。

 しかし、経済圏の創出に至ったICOの実例などなく、誰しも想像するように、詐欺的事案とも思えるものも少なくないのが現実です。そこで、規制当局からすれば、ICOで発行されるものが法律上の仮想通貨の要件を形式的に充足してしまうと、経済圏の創出という実質的要件を欠いても、ICOによる資金調達が可能になってしまうことに対して、大きな懸念を抱かざるを得ないのでしょう。

 特に、規制上の決定的な難点は、仮想通貨としての形式的な要件を充足してしまうと、資金調達であるにもかかわらず、それを規制する「金融商品取引法」の適用を免れてしまうことです。実際、ICOを検討する動機として、「金融商品取引法」を回避して資金調達ができることに利点を見出す事案も少なくないようです。これは、規制当局からすれば、非常に憂慮すべき事態であるといわざるを得ません。

 

おまじないの札にすぎないコイン

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 ICOで発行されるものが真の仮想通貨ならば、原点における発行ということはあるにしても、経済圏の創出とともに、そのなかで自律的に機能する通貨へと脱皮していくのでしょうが、現状、その発展の経路を想像することは極めて困難、あるいは不可能といってもいいでしょう。

 現実のICOで発行されるコイン、あるいはトークンと呼ばれるものは、「金融商品取引法」に規定される金融商品ではなく、また「資金決済に関する法律」に規定される「通貨建資産」や「前払式支払手段」でもないとしたら、要は、高値で発行されるおまじないの札や、ご利益のある壺のようなものだと考えるほかないでしょう。ただし、お札や壺がデジタル空間上で暗号化されているだけのことです。

 では、そうしたコインに価値があるでしょうか。何にでも蒐集家というものがあって、傍から見ればガラクタでも、本人には稀少な価値があるのと全く同じことで、コインに価値を見出す人には、価値があるのでしょう。そして、同好の友に対して、その価値に応じた価格で売却できる限り、資産性があるといってもいいでしょう。ならば、ICOで発行されるものは、通貨とはいえないまでも、暗号資産には違いないのです。

投機対象にも規制が必要

 昔、オランダには、チューリップの球根を対象とした投機によるバブルがあったそうですが、チューリップは、園芸の趣味の対象だったからこそ、投機の対象にもなり得たのでしょう。何もかもが投機の対象になるわけではなく、一定の価値の裏付けがなければ投機の対象にすらなり得ないことは、暗号資産も同じことだと思われます。

 そして、暗号資産は、単なる投機対象にすぎないとしても、法律上の手当てがなされている以上、取引参加者の利益は保護される必要があります。特に、その技術的側面において、複製、改竄、流出等の危険に対して、十全なる対応のとられている必要があるわけで、規制当局としては、技術的要件に関する規制を強化することで、技術の高度化を促すと同時に、業者の参入障壁を高くして、投機や不正なICOを抑制する狙いもあるのでしょう。

 また、規制当局にとっては、不正な原因で形成された資金によって何らかの資産を取得し、それを再売却して法定通貨にすると、不正な起源に遡及できなくなること、これがマネーロンダリング(money laundering)、即ち不正資金の洗浄ですが、暗号資産がマネーロンダリングの便利な道具になり得ることは極めて深刻な問題です。ここにも暗号資産に関する規制強化の避け難い流れの原因があるのです。

暗号通貨の可能性

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 最後に、暗号資産に通貨としての未来の可能性はあるのでしょうか。暗号資産への名称変更によって、現在の仮想通貨は、単なる賭場の開帳にすぎないものとして、社会の一隅に封じ込められるのでしょうが、そのことは、逆に、暗号資産が真の通貨、おそらくは暗号通貨と呼ばれるのでしょうが、その暗号通貨になり得るための条件について、新たなる思考を開始させるきっかけになることでしょう。

 例えば、アマゾンが暗号通貨を発行し、その暗号通貨と交換に全株式を取得して非公開化したら、100兆円という巨大な暗号通貨による経済圏が創出される、そうなれば実体経済の裏付けをもつ真の暗号通貨が誕生することになる、そう考えることは、空想でも妄想でもなく、近未来を展望することではないでしょうか。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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