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預金に勝てる投資信託はあるのか

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長
すべての画像:123RF

 預金から投資信託へ、この標語に金融庁が強力に押し進める金融構造改革は集約されます。しかし、確かに、金融庁が説くように、長期にみれば預金は資産形成に相応しくないでしょうが、足元の金利情勢のもとの投資判断としては、預金にとどまるほうが合理的ではないでしょうか。ましてや、資産形成になじまない高齢者が預金総額の大きな部分を保有する現実において、預金から投資信託への流れは起き得るのでしょうか。

預金から投資信託へ

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 金融庁は、現在の森信親長官のもとで抜本的に革新されて、新たに金融行政の目的として、国民の安定的な資産形成と経済の持続的な成長という二つを掲げるに至るのですが、それを煎じ詰めて施策に具体化したとき、預金から投資信託へ、ただこれだけの文字数の標語に集約されたわけです。

 つまり、国民貯蓄の保有構造の変化として預金から投資信託へと表現されることは、産業金融の構造変化としては、銀行等を核にした金融仲介機能から資本市場機能への転換、別の表現では間接金融から直接金融への転換を意味するわけで、産業金融の構造改革により経済の持続的成長を実現し、その結果として資本市場が成長することを通じて、そこに投資されている国民資産の安定的形成を実現する、これが金融行政の目指すところなのです。

 経済は一体ですから、国民貯蓄は産業の負債勘定であって、産業界が成長すれば産業の資産勘定が拡大し、同じだけ産業の負債勘定も拡大するのですから、国民貯蓄も同じだけ増大します。逆に、産業の成長なくしては、国民の安定的な資産形成も実現できないのであって、そこには、先後関係や因果関係があるのではなく、同時的な相互の規定関係があるだけです。

ガバナンス改革

 しかし、産業の成長と国民資産の成長が相互規定的な循環関係だとしても、エンジンの回転と同じで、循環を起動させる要因が必要です。

 つまり、第一に、産業界は成長を目指す明確な主体的な意図をもたなくてはならず、第二に、その意図を科学的に効率的に実現するように経営資源を有効に稼働させなくてはならず、従って第三に、産業界は優れた経営機能をもたなくてはならない、これを一言で要約すれば、産業界は抜本的なガバナンス改革を行わなくてはならないということです。

 要は、国民貯蓄の増大は、第一に雇用と賃金の拡大、第二に貯蓄の増殖という二重の経路を経て実現されるのですが、そのためには、産業界は、ヒトとカネという二大経営資源を最大限に有効活用し、ヒトとカネから利潤を生み、その利潤を適正にヒトとカネに再配分しなければならないということです。ここに、産業界の社会的使命があり、その使命の実現を促すものこそガバナンスの要諦なのです。

ガバナンス改革のための金融の資本市場化

 ガバナンス改革を加速させるためには、金融の舞台を資本市場に移さなくてはなりません。

 銀行等の融資を行う立場からすれば、元利金の弁済能力さえ毀損しなければ、資源の利用効率が低くても、成長志向性がなくとも、私的な関係性のなかで企業経営に注文を付ける理由は全くなく、むしろ、成長志向とは一種の賭けであり、更には無用な資産保有も担保価値があることを考えれば、薄くとも利益がかろうじてでている現状に企業が安住しているほうが望ましいとさえいえます。

 それに対して、資本市場という広く開かれた舞台に金融機能を移転すれば、外部の投資家の理解なくしては資金調達ができなくなりますから、自動的にガバナンス改革が強制されるのです。しかし、問題は、ここにも循環があることです。ガバナンス改革の前提として、金融の資本市場化が必要であり、金融の資本市場化が先行しなければ、ガバナンス改革は起動しないのです。

英米の成功

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 日本では今頃になって金融構造改革が始まったのですが、金融の資本市場化は、実は、1980年頃に経済面で苦境にあった英国と米国で同時に開始されて、今日まで成功裏に推移してきた経緯があります。日本の遅れには、それなりの理由があるでしょうが、事実として、これだけの時間の経過は決定的な障害をもたらしています。つまり、あまりにも当時の英米とは金融経済情勢が異なりすぎるのです。要は、一言でいって、日本の現在の金利は低すぎるわけです。

 インフレを背景に二桁の高金利であった当時の英国や米国では、インフレ対策の金融政策もあり、債券の投資信託に国民の貯蓄を誘導することは、利回りの高さに価格の上昇期待も加わって、容易であったのです。また、株価水準も今日と比較して驚くほどに低かったわけで、経済政策が功を奏して企業業績の回復期待が広がるにつれて、株式の投資信託も魅力あるものになっていくのです。

 結果的に、英米においては、日本の今の金融庁がいうところの好循環が実現したのです。つまり、資本市場の魅力が国民貯蓄の流入を促し、その流入が資本市場の急激な成長をもたらすことで更なる資金流入を促し、金融構造改革は産業界のガバナンス改革をもたらすことで、更に資本市場の魅力を増大させたのです。この好循環は今日にまで継続しています。

株式よりも債券

 日本の現状をみると、株式については必ずしも魅力がないとはいえないでしょうが、預金から株式への転換というのは極端すぎる変化です。確かに、金融庁もいうように、国民の保有資産の分散化を進めることは重要ですから、株式の保有割合は今よりも高くなっていいのですが、預金の全てが株式の投資信託になるはずもないし、そうすべきでもありません。やはり、理屈上、預金の多くは類似の資産性格をもつ債券の投資信託に移行するのが自然です。

 特に、残高の多くの部分を占める高齢者預金の場合、豊かな生活のための計画的な資産の取り崩しを考慮したときには、預金を株式の投資信託にすることは、国民の利益にならないというよりも、むしろ利益に反することもあるでしょう。確かに、計画的な次世代への資産承継のためならば、株式の投資信託による長期運用の余地はあり得ますが、主力は安定的な金利収入と資産の保全を目指す運用になるはずです。それには、やはり、債券の投資信託が相応しいのです。

全くあり得ない債券の投資信託

 しかし、今の日本の金利情勢では、債券の投資信託など全くあり得ない話です。諸経費と金利水準を考えれば、経済的に債券の投資信託はなりたちません。無理に作っても、売れる可能性は皆無です。

 大きく資産の性格を変動することなく預金を投資信託に置き換えるとすると、その備えるべき条件として、投資対象の債券は残存が3年未満で、金利水準は諸経費等を控除して1%程度あるのが望ましいところです。こういう条件ならば、緩やかに金利が上昇しても、元本の損失は限定的になる一方で、金利上昇の利益を事後的に享受できて、預金に比べたら魅力度の高いものになるからです。逆に、そうした条件を実現できない限り、預金から投資信託への資金の本格的な移動は起き得ないでしょう。

 つまり、預金よりも魅力的でない限り、債券の投資信託への資金移動は起き得ず、現在の金利情勢下では、中短期の債券で諸経費控除後の利回りが1%以上ない限り、投資対象としての預金の魅了を凌駕ができるわけがないということです。

債券の多様化が急務

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 では、社債ならば、国債よりも魅力があるでしょうか。実は、高格付けの普通社債だと、上の条件を満たすことができません。そこで、社債の多様化は喫緊の課題です。低格付け社債だけではなく、劣後社債等の種類社債、消費者ローン等を使った資産担保証券等、様々に工夫を凝らす必要があるでしょう。

 実のところ、銀行優位の日本では、企業側で、負債による資金調達を高度化する努力が十分になされてこなかった経緯があります。面倒な工夫をしなくとも、銀行から簡単に融資を受けられてきたからです。しかし、そのことが企業のガバナンスを劣化させてきた弊害は無視できません。安易な資金調達により、安易な資産保有等の経営の非効率を温存させ、更に悪化させてきたことは否めないのです。

実物資産の可能性

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 債券以外の投資対象も検討しなくてはなりません。例えば、不動産ならば、社債のような流動性はなくとも、その分、高い利回りを期待できるので、預金の多様化の有力な候補になるでしょう。高齢者にとっても、高い利回りを生活資金に充当しつつ、資産保全を図ることができます。ただし、不動産は価格が高いですから、富裕層ならば特定の不動産を所有できても、一般的には投資信託のような小口化の仕組みが必要です。

 そこで、既に、いわゆるリート、J-REITが個人の投資対象として確立されていますが、問題点は、不動産投資法人の発行する投資証券が上場されているのであって、不動産の保有を目的とする企業の株式に投資するのと同じことになっていますから、株式のような大きな価格変動があることです。そこで、価格変動を制御した集団投資の仕組みが望ましいわけで、この辺にも、まだ制度改革の可能性が残されているようです。

 また、商業不動産や住居用不動産だけでなく、多様な事業用不動産のリート化も加速させる必要があるでしょう。更には、海外の先行事例に倣って、船舶、航空機、農地、森林資源、発電所等、不動産以外の様々な実物資産についても、金融商品化を検討すべきです。

 望ましくは制度を簡素な統一的なものとすべきですから、現行の不動産投資法人の仕組みを流用し、拡張するにしても、投資家の利益の視点で、分配方式、税制、価格変動性、投資対象の多様化などを総合的、かつ抜本的に再検討し、金融界として、預金に替わる魅力ある投資対象の創設に努めなくてはなりません。

答えのない議論の循環

 しかし、資金調達の高度化も、事業資産の外部化も、産業界のガバナンス改革なくしては起き得ないという問題があります。

 事業資産の金融商品化ということは、資産保有を最小化することで経営効率を最大化するという産業界の経営行動を前提にしたことです。借りて済むなら持つ必要はないという発想、いわゆるアセットライト(asset light)という経営の思想が徹底してこないと、優良な投資対象資産が市場化せず、優良な金融商品を作れないのです。

 魅力ある投資信託を作るためには、魅力ある社債や魅力ある実物資産が必要であり、それらの資産が投資対象として外部化してくるためには、ガバナンス改革が必須である、逆に、ガバナンス改革によって、魅力ある社債、魅力ある実物資産が生まれてくれば、結果的に、株式も魅力あるものになり、魅力ある投資信託を作ることができる、では、そのガバナンス改革を起動させるものは何かというと、それが投資信託を通じた金融の資本市場化だということですから、議論は循環して答えを失うのです。

議論よりも行動

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 これは非常に困ったことです。金融庁も困っているはずです。ここは、産業界と金融界が真剣に話し合って、相互の共通利益のために、答えをだすほかないのです。議論の循環を断ち切るものは、議論ではなく、決断です。要は、産業界にも金融界にも覚悟が必要なのです。もう後ろがないから前に進むしかない、その前が見通せないから進めないということでは座して没落を待つだけであって、前が見通せなくとも覚悟をもって進むほかない、進めば前が見通せてくる、そういう信念のもとの即時の行動が絶対に必要なのです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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