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日本株をブラジルレアル建てにしてしまう投資信託の病理

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

ブラジルの人が日本株に投資するのなら、当然に、ブラジルレアル建ての日本株になるわけですが、日本人が日本株に投資するのに、なぜに、わざわざ、ブラジルレアル建てにする必要がありましょうか。しかし、現実に、日本の個人投資家向けに、ブラジルレアル建ての日本株の投資信託が存在するというのは、どういうことか。

奇怪な「日本株厳選ファンド」

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大和住銀投信投資顧問が運用している投資信託に、「日本株厳選ファンド」というのがあります。大和証券を始め、多くの証券会社によって、販売の取り扱いがなされているものです。

名前は立派です。日本の代表的な投資運用業者として、まさに、王道というか、本流であり、花形の投資戦略のように思えます。ところが、悲しいことに、本当に悲しいことに、そうではないのです。この投資信託の本質は、単なる投機なのです。

それは、なんと、日本株に投資する戦略であるにもかかわらず、円以外に、ブラジルレアル、豪ドル、アジア3通貨(中国元、インドルピー、インドネシアルピアの3通貨均等配分)、米ドル、メキシコペソ、トルコリラの6つの外国通貨建てで提供されるものだからです。

本来は、日本株のアクティブ運用です。つまり、日本株自体の市場収益率に対する付加価値を競うものです。しかし、そこに、このような為替リスクを上乗せすれば、総合収益においては、圧倒的に為替変動の影響が優越し、日本株のアクティブ運用としての意義は、ほぼ無意味化するでしょう。

もはや、日本株のアクティブ運用である必要はない。インデクス運用でも同じことです。これは、日本株の市場リスクと為替リスクの抱き合わせであり、しかも、抱き合わせることに何らの合理的な理由もない、要は、投機に堕してしまっているのです。「日本株厳選ファンド」という立派な名前が泣く。本当に、悲しく、あさましいことです。

実態は投機

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しかし、いくらなんでも、円で投資するのが主流で、後の通貨は、特殊な趣味をもった投資家のために用意されているだけではないのですか、そう思いたいところです。

ところが、残高をみると、なんと、一番多いのが、ブラジルレアル建てなのです。「日本株厳選ファンド」全体の残高約1800億円のうち、半分以上がブラジルレアル建て、次いで、米ドル建てと豪ドル建てであって、円建てのものは、1割にも満たないのです。

数字から見て明らかなように、この投資信託の実態は、日本株のアクティブ運用ではなくて、日本株の市場リスクと通貨リスクの無関係な組み合わせによる投機なのです。

事実として、そのような変な投機に対して特殊な趣味をもった顧客が多いわけですから、まあ、それはそれで、いいのではないか、蓼食う虫も好き好きなのだから、そうとも考えられます。

確かに、投機を否定する必要はないですが、投機には、投機に相応しい場があるでしょう。投資信託というのは、まさか、ギャンブルの場ではないのですし、断じて、そうあってはならないものです。ましてや、投資という名のもとに、つまり、投機という自覚が顧客側にないなかで、投機的な投資信託の販売が公然と行われているとしたら、それは、もはや、社会的に許されないことでしょう。

金融庁のいう「顧客ニーズ」

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ここは、まさに、金融庁がいう「顧客ニーズ」のとらえ方が問題となっているのです。金融庁は、新しい「金融モニタリング基本方針」のなかで、重点施策の第一番に、「顧客ニーズに応える経営」をあげています。しかも、この施策の背景には、投資信託の現状が強く念頭に置かれているのです。

つまり、金融庁の施策の前提には、投資信託の現状においては、「顧客ニーズ」が適切に把握されていない場合が多いであろうとの危惧というか、強い懸念が表明されているわけなのです。更に、一歩を進めていえば、見かけの「顧客ニーズ」に適合しているとしても、真の「顧客ニーズ」、あるいは本来あるべき「顧客ニーズ」には、十分に応え得ていないのではないかとの見通しがあるのです。

では、投資信託のあるべき姿というのは、どのようなものか。

日本では、周知の事実として、個人金融資産は、預貯金と保険に偏在しています。そのことは、個人貯蓄の形成における「顧客ニーズ」の反映ですから、金融行政の立場から、是正を目指した積極的な介入を行うべきものではありませんし、また、そのようなことは、できもしないことです。

しかし、この現状のもとでは、金融庁の立場からは、重点施策として、二つの「資産運用の高度化」を取り上げざるを得ないことになります。一つは、個人貯蓄が偏在している先の銀行等や保険会社等の資産運用について、もう一つが、個人貯蓄が移動していくべき先の投資信託についてです。

つまり、投資信託のあるべき姿というのは、預貯金と保険にかわる個人貯蓄の受け皿なのです。それは、まさか、投機の舞台ではあり得ないのです。

投資家教育ではない

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金融庁の新しい重点施策といっても、そのような課題は、投資家教育という名のもとに、以前から論じられてきたのではないのか、そのようにも考えられます。

しかし、私は、かねてより、投資家教育ということに、一つの疑問をもってきました。投資信託については、一方で、確かに、個人投資家の側における知識や経験の不足という問題もあるでしょうが、他方では、投資運用業者や販売会社などの投資信託の供給側における質の問題もあると思われるからです。

もしも、個人投資家において、質の悪さが十分に理解されているが故に、投資信託が普及していないのだとしたら、それは、投資家教育によって解決されることではないでしょう。むしろ、今の金融庁のように、供給側に、「資産運用の高度化」を求めるほうが、理に適っているのです。

また、投資家側の知識等の問題についても、教育というような上からの視線でとらえることは、そもそも、商業のあり方としてあり得ないことでしょう。むしろ、「顧客ニーズ」を適切にとらえる、それに対して、適切なサービスを提供することが重要なのです。

仮に、「顧客ニーズ」が為替に対する投機的運用にあるとしたら、それはそれで、商業なのですから、適切に応えればいいのですが、その受け皿は投資信託であってはならず、投機に相応しいサービスのあり方、例えば、FXへ誘導されるべきものです。

もともと、金融法制上は、FXのような投機もまた、金融サービスの一部として、統一的に規制されています。制度上は、投機とか投資とか、あるいは多様な「顧客ニーズ」といっても、制度的に、投機のための制度とか、退職金運用のための制度とか、そのような整理がなされているものではありません。

投資信託については、その制度の本来の主旨に沿って、サービス供給側の金融機関の節度というか、良識によって、あるべき「顧客ニーズ」に適合した商品開発と販売がなされなければならないのです。日本株をブラジルレアル建てにしてしまうような行為は、投資信託の中ではなく、投資信託の外の適当な場所で行われるべきです。

投資信託の重要な社会的機能

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では、金融行政において、投資信託に期待されていることは、何なのか。それは、金融庁の用いている表現を借りれば、「国民の安定的な資産形成」でしょう。

この課題は、もちろん、投資信託だけでなくて、他の金融商品にも当てはまるものですが、運用実績に応じた収益還元により、国民資産形成に積極的に寄与できるのは、個人を対象とするものとしては、投資信託と保険になります。

「国民の安定的な資産形成」という課題は、いうまでもなく、その主たる目的は老後生活資金形成にあるわけです。

企業年金では、伝統的な確定給付型から、確定拠出型への移行が進んでいます。また、国の厚生年金についても、給付の削減は避けられず、その代わりに、個人の自己責任による貯蓄について、税の優遇措置を認める方向での改革(要はNISAの恒久化です)が進むでしょう。

確定拠出も、税の優遇措置のある老後資金形成のための個人貯蓄にしても、受け皿として想定されているのは、投資信託です。故に、投資信託は、「国民の安定的な資産形成」という期待に応えることができなければならないのですが、日本株をブラジルレアル建てにしてしまうような発想では、それは、どう考えても、無理です。そこで、投資信託改革という金融庁の重点施策が出てくるのです。

金融庁の掲げる「フィデューシャリー・デューティー」

金融庁は、改革の柱に、「フィデューシャリー・デューティー」という理念を掲げています。これは、英米法の概念です。法体系の違う日本へもち込めば、法律としてではなくて、倫理規範というか、資産運用に携わる者の商業道徳として、あるいは理念として、機能するはずです。

意味することは、非常に簡単です。要は、「専らに顧客のために」ということに帰着します。まさに、商業の王道のことです。しかし、このことを、深く考えていくと、非常に難しいことがわかります。鍵になるのは、英米法においては、二つのことです。即ち、報酬の合理性と自己取引の正当性です。

報酬の合理性

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報酬というのは、投資信託についていえば、諸手数料のことです。例えば、3%を超える法外な販売手数料は、手数料が高いということで問題となるのではなく、その手数料を合理化するようなサービス、つまり手数料の対価を、顧客が受けているか、ということが問題なのです。

同様に、資産残高に比例してかかる信託報酬についても、例えば、販売会社の取り分が大きいことについて、合理的な根拠があるのか、その対価として顧客が受けている利益は何か、それが問題なのです。

もしも、報酬について、合理的な説明ができないときは、必要以上の報酬を得る動機の存在が推定されます。そのような動機は、もちろん、「専らに顧客のために」発したものでないことは、自明です。

なお、手数料等は、最初から明示されていて、顧客承知のことだという点については、顧客が承知しているのは、手数料率等だけであって、その根拠等の合理性ではないことに、注意がいります。

自己取引の正当性

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では、自己取引の正当性とは何か。このブラジルレアル建ての「日本株厳選ファンド」は、大和住銀投信投資顧問が運用し、大和証券が販売しているものです。大和住銀投信投資顧問は、大和証券の関係会社ですから、大和証券が関係会社の商品を取り扱うことは、広義の自己取引になります。

自己取引の場合は、当然に、自己の利益のためにという推定が働きますので、その正当性が証明できなければなりません。例えば、「専らに顧客のために」、優れた投資信託を探したところ、偶然に、自分の関係会社のものになってしまったのなら、何ら問題はないのですが、自己の関係会社だという理由で、優先的に、大和住銀投信投資顧問の商品を取り扱っているのならば、それは、大和証券が自己の利益のためにやることですから、「専らに顧客のために」とはいえないわけです。

真の「顧客ニーズ」

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さて、最後に、「日本株厳選ファンド」をブラジルレアル建てにするという行為自体は、「専らに顧客のために」なのでしょうか。

投機を好む顧客がいて、専らに、その類型の顧客のために作られた商品ならば、なぜに投資信託の舞台でやるのだということ以外は、問題はないでしょう。しかし、ブラジルレアル建ての「日本株厳選ファンド」の顧客の全員が、そのような特殊な選好をもって、自覚的に投資しているかどうかは、検証が必要でしょうし、実際に、金融庁は、検証していく方針なのです。

ここで、注意が必要なのは、適合性原則等の形式的なことが問題になっているのではないということです。形式的には、「顧客ニーズ」に適っているようにみえて、実質的には、真の「顧客ニーズ」をとらえることができていない事例もあり得ることに、十分に留意する必要があるということです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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