日本郵政のなかで、一番価値があるのは、どこでしょうか。意外と、日本郵便かもしれません。なぜなら、企業の価値は、顧客との接点から生まれるのでしょうが、日本郵政の場合、ゆうちょ銀行もかんぽ生命も、顧客接点は、圧倒的に、日本郵便の郵便局ネットワークに依存しているのですから。

ユニバーサル取引の透明性

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政府は、復興財源の確保という課題もあって、日本郵政の株式上場を急いでいます。しかし、日本郵政公社の民営化は、大変に大きな政争のもとになったこともあり、現在の「郵政民営化法」の枠組みは、多くの曖昧なところを残すものとなっています。そのなかで、果たして、上場は可能なのでしょうか。

そこでの一番大きな論点は、郵便局ネットワークの価値であり、日本郵便の法律上の責務として定められているユニバーサルサービスの問題です。更にいえば、問題の核心は、ユニバーサルサービスという日本郵政の内部取引の透明性です。

郵便局ネットワークを所有する日本郵便は、ゆうちょ銀行とかんぽ生命(金融二社)に対してユニバーサルサービスを提供し、その対価を得ているのですが、その対価の算定方式は、当然のこととして、合理的で公正なものでなければなりません。しかし、日本郵政の一体性のなかでは、外からは見えない内部取引になるわけで、いかにして、その透明性を確保できるのか、それが大きな問題なのです。

なぜなら、日本郵政は、上場後(あるいは、同時でもいいのですが)、金融二社の株式の売却を進める、それが「郵政民営化法」で定められていることなのですが、そのとき、もはや、ユニバーサルサービスは内部取引ではなくなり、その対価の透明性が保証されない限り、日本郵政の株主と金融二社の株主との間に、利害の対立が生じ、不公平あるいは不公正な状況が生じてしまうだろうからです。

ユニバーサルサービスとは何か

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ユニバーサルサービスとは何か、念のために、確認しておきましょう。

「郵政民営化法」の第七条の二には、「日本郵政株式会社及び日本郵便株式会社は、郵便の役務、簡易な貯蓄、送金及び債権債務の決済の役務並びに簡易に利用できる生命保険の役務が利用者本位の簡便な方法により郵便局で一体的に利用できるようにするとともに将来にわたりあまねく全国において公平に利用できることが確保されるよう、郵便局ネットワークを維持するものとする」とあります。これが、いわゆるユニバーサルサービスの責務といわれるものです。

このユニバーサルサービスの責務を前提として、日本郵政では、2014年2月26日に公表した「日本郵政グループ中期経営計画~新郵政ネットワーク創造プラン2016~」において、「郵便局ネットワークと金融2社が有機的に結合することで、新たな郵政グループの形を創り上げる」としているのです。

つまり、日本郵政の立場というのは、傘下の三つの事業会社、即ち、金融二社と日本郵便の一体性によって、企業価値を作り出すというものなのです。

法律の矛盾

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こうした日本郵政の一体性に基づく戦略は、日本郵政から金融二社を完全に分離することが法律の前提だとすると、法律と矛盾するように見えます。というよりも、日本郵政の経営戦略以前の問題として、法律の仕組み自体にも、矛盾があります。それが、「郵政民営化法」の先の第七条の二と、次の第七条第二項との関係です。

第七条第二項は、大変な政争のなかで紆余曲折を経た挙句、結局は、次の内容で決着しています。「日本郵政株式会社が保有する郵便貯金銀行及び郵便保険会社の株式は、その全部を処分することを目指し、郵便貯金銀行及び郵便保険会社の経営状況、次条に規定する責務の履行への影響等を勘案しつつ、できる限り早期に、処分するものとする。」

そして、ここにいう「次条に規定する責務」というのが、先の第七条の二のユニバーサルサービスのことなのです。実は、複雑な政争の産物である「郵政民営化法」は、核心的な問題を、曖昧なままにして、先送ったものなのですが、それが第七条第二項と第七条の二の関係に集約的に表れているわけです。

つまり、第七条の二は、ユニバーサルサービスを通じて、金融二社は、事実上、日本郵便と一体となることを求めているのに対して、第七条第二項は、金融二社は、最終的には、日本郵便から完全に分離されるべきであるとしており、そこには、明瞭な矛盾があるのです。

当然のことですが、このような表面的な矛盾は、法律の実質的な解釈と適用によって、曖昧さを除去し、整合的に処理されなくてはなりません。しかし、今のところ、政府にしても、日本郵政にしても、そこに、明瞭な解答を表明できていないようです。

しかし、この曖昧なままに残されているところは、決定的に重要なことなのです。故に、日本郵政の上場に際して、政府は、「郵政民営化法」の関連条文についての公式解釈の再確認をし、「目指し」、「勘案しつつ」、「できる限り早期に」等の意味を確定し、ユニバーサルサービスの責務の範囲を確定するべきです。私は、そのように、強く、思います。

ユニバーサルサービスの報酬

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特に、重要なのは、ユニバーサルサービスの提供を通じて、日本郵便が受け取る報酬の算定方式であるわけです。まず、2013年度の決算について、日本郵便の収益構造を確認しておきましょう。

営業収益の総額2兆7740億円のうち、郵便業務等収益は、1兆7667億円であるのに対して、ゆうちょ銀行から受け取る郵便窓口業務等手数料が6073億円、かんぽ生命から受け取る生命保険代理業務手数料が3671億円あるのです。

なお、日本郵便は、郵便事業株式会社と郵便局株式会社が合併したもので、内部は、郵便事業セグメントと、ユニバーサルサービスを展開する郵便局事業セグメントにわかれます。郵便局事業セグメントの営業収益うち、郵便窓口業務等手数料は1763億円にすぎないわけですから、郵便局のユニバーサルサービスの営業収益のうち、いかに金融二社からの収入が多いかが、よくわかります。

また、日本郵便の営業利益の総額470億円のうち、郵便事業セグメントの営業利益が95億円であるのに対して、郵便局事業セグメントの営業利益は375億円となっており、利益面でも、金融二社への依存は明瞭です。

ユニバーサルサービスの利権

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一見すると、日本郵便の企業価値は、金融二社に決定的に依存しているように思えます。数字を見る限り、日本郵便は、規模は大きいが収益性も成長性も低い郵便事業を、ユニバーサルサービスを通じて金融二社から入る手数料で、かろうじて、支えているようにしか見えません。しかしながら、逆にいえば、日本郵便は、金融二社から確実に手数料が入るような仕組みに安住できるようになってもいるわけです。

敢えて、わかりやすい表現を用いれば、日本郵便の郵便局事業というのは、金融二社に依存しているという従属的な地位にあるというよりも、金融二社から手数料を吸い上げる優越的な地位にあるともいえるのです。ユニバーサルサービスの責務というのは、実は、ユニバーサルサービスの利権かもしれないのです。

「郵政民営化法」の建付けとしては、日本郵政ならびに日本郵便に対して、郵便局ネットワークを通じたユニバーサルサービスを金融二社のために提供する義務を課す構造になってはいるのですが、現実問題としては、顧客との接点のほとんど全てを郵便局に依存している金融二社の場合、ユニバーサルサービスを利用せざるを得ないのが実態であると思われます。

つまり、法律上は、日本郵便が責務として拘束されているのですが、実態としては、金融二社のほうが、顧客接点を支配する日本郵便のほうに、拘束されているのです。故に、法律上、日本郵政が金融二社の株式を全部売却し、株主としての支配権を行使できなくなるようになってはいても、経済的支配権が残れば、日本郵政の一体性は揺らがない、そのように全体の設計がなされているのです。

日本郵便が受け取る巨額な報酬

例えば、ゆうちょ銀行ですが、前年度は、6073億円の手数料を日本郵便に支払っているのです。この金額は、ゆうちょ銀行の営業経費1兆950億円のうち、6割を占めるわけです。さて、この6073億円は、ゆうちょ銀行と日本郵便との間の契約によって取り決められているのでしょうが、外部のものには、その詳細は全くわかりません。同じことは、かんぽ生命と日本郵便との間の契約関係についてもいえます。

しかし、これらは、所詮は、日本郵政のなかの内部取引です。手数料額を適当に決めても、日本郵政の連結業績には、何らの影響もありません。つまり、6073億円を5073億円にしたところで、1000億円の営業利益が日本郵便から、ゆうちょ銀行へ移るだけで、連結すれば、相殺されてしまうのです。

ところが、金融二社を分離上場すれば、話は、全く違ってきます。日本郵政が課す手数料の算定方式を客観的で透明なものにしておかないと、金融二社の株主と、日本郵政の株主との間で、深刻な利害の対立が生じてしまいます。

公共財としての郵便局

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しかし、金融二社にとって、日本郵政に替わる委託先がない以上、日本郵便の優位は動かない、思い切ったいいかたをすれば、日本郵便のいい値で契約が決まることにはならざるを得ません。この問題、話を変えて、別の視点から考えてみましょう。

発電、ならびに電気の小売りは、完全に自由化する、それが政府の方針です。ところが、発電と小売りがつながらないと全く意味がないので、送配電部門は、逆に、どの事業者でも同じ条件で使える公共財に準じたものになります。送配電部門を公共財にすることによって、全ての発電業者と小売り業者は同じ条件で競争できるのですから、そこに公平性と公正性が確保されるのです。

同じ論理を適用すれば、日本郵便の郵便局ネットワークを公共財的なものに位置付けることは、一つの考え方でしょう。つまり、全ての物流事業者、ならびに全ての銀行や保険会社等の金融機関に、その利用を開放してしまえば、取引の公正性は、確保されるでしょう。

郵便局依存から脱却

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しかし、それでは、金融二社の事業も、郵便事業も、困難になるかもしれません。ならば、金融二社は、独自の顧客接点を開発する、つまり、日本郵便を経由しない直接営業を強化すればいいのです。また、郵便事業は、全く新しい独自の事業展開により、総合物流事業へ脱皮するほかないでしょう。

結局、「郵政民営化法」の枠組みというのは、一定の時間の経過のなかで、郵便局ネットワークは、全国ネットワークとしての独自の社会的意義を見出し、また、金融二社並びに郵便事業は、郵便局ネットワークに依存しない独自の道を歩んでいくことを前提にしているとしか、解釈のしようがないのです。

つまり、金融二社の分離には、時間がかかるということです。これが、おそらくは、日本郵政の現在の立場だと思われます。故に、上場に際しては、日本郵政としての一体性を前面に出した戦略をとるほかないということになっているのです。ところが、そうはいっても、法律上、金融二社の分離が決まっている以上、完全な一体性というわけにはいきません。そこで、金融二社も早期に上場させて、その株の一部だけを売却するという方向になるのです。

ところが、そうしますと、上場を認める取引所の立場からすると、かなり難しい判断になります。金融二社の少数株主の利益が守られる仕組みというのが、よくわからないからです。さて、日本郵政の上場問題、一体どうなることやら。