JR九州が株式上場に目途をつけ、逆にJR北海道とJR四国には全く目途が立たないなか、残されたのがJR貨物です。実は、JR貨物は、鉄道事業の黒字化まで、もう一歩と迫っているのです。エネルギーと交通の構造転換の可能性を考えれば、これまでの事業収縮を逆転させて、成長企業として、株式の上場もあり得るのではないのか。

JR貨物発足の経緯

画像

JR貨物の株式上場は、十分に、あり得ます。しかし、鉄道事業の黒字化の内容や、将来的な事業価値など、表面の数字だけではわからない点もありますから、詳しく検討してみましょう。まずは、発足時の経緯です。

日本国有鉄道は、民営化に際して、貨物鉄道会社と6つの旅客鉄道会社の計7社に、分割されました。旅客鉄道各社のうち、北海道、四国、九州の3つの島を営業領域とする3社、いわゆるJR三島会社は、鉄道事業の収支が合う見込みがないことから、経営安定基金が交付されましたが、貨物鉄道会社、正式には日本貨物鉄道株式会社、通称JR貨物には、それは交付されませんでした。

背景には、JR貨物の特殊性があります。旅客鉄道各社は、自ら線路等の鉄道施設を所有して、運行しているのに対して、JR貨物は、自前の線路は少なくて、大半は、旅客鉄道各社の線路を利用して、運行しているのです。故に、収益構造として、運輸収入と線路使用料の差分を得る仕組みですから、装置産業的というよりも、サービス産業的なものになっており、そこが旅客鉄道各社とは、大きく異なるのです。

この収益構造の差が、JR貨物に経営安定基金が交付されなかった理由です。ただし、収益基盤は著しく脆弱であったのであり、何らかの支援策は必要でした。そこで、JR三島会社とは全く異なる経営支援の枠組みが工夫されたのです。それが、アボイダブルコスト(回避可能経費)ルールという線路使用料の取決め方式です。

アボイダブルコストルール

画像

アボイダブルコストルールとは、要は、線路使用に要する費用の実費精算のようなものです。JR貨物は、貨物列車を走行させなければ回避(アボイド)できたであろう費用、即ち、線路の磨耗に伴う交換費等の費用のみを、旅客鉄道各社に支払っているのです。これは、非常にJR貨物に有利な取り決めです。

つまり、アボイダブルコストルールというのは、旅客鉄道各社が、最低限の使用料をとることで、JR貨物に対して、線路使用を開放することなのです。いわば、日本国有鉄道から継承された線路は、JR貨物にとって、一種の公共財のようなものとして、使用可能にされているのです。

旅客鉄道各社にとっては、経済的には、利益の出ない取引ではあるのですが、JR貨物に対する実質的な補助金となる損失を伴うものでもなく、そこには、ある種の仲間うちの公平性が保たれているのでしょう。

数字の面ではJR九州に遜色ない

画像

しかし、そのような有利な条件でも、JR貨物の鉄道事業は、赤字基調を続けてきました。その最大の理由は、民営化後、一貫して、貨物運輸事業が縮小基調にあったことだと思われます。これは、貨物運送事業の構造変化として、鉄道からトラック等の他の輸送機関へ、需要が動いてきたからで、JR貨物の経営努力だけでは、どうにもならなかったのでしょう。

JR貨物は、発足来、一貫した事業の長期低落傾向のなかで、人員削減等の合理化を進めることに追われ続けてきたのです。故に、鉄道事業の赤字基調を脱するきっかけが掴めなかったのだと思われます。

しかし、鉄道事業は、少し前に底を打ち、ここ数年は、売り上げが安定してきています。現在のJR貨物の経営状況は、数字を見る限りでは、決して悪くないのです。鉄道事業は、営業赤字が続いてはいますが、売り上げは、底を打って、安定的に推移しています。鉄道以外の関連事業等は黒字を計上しており、総合収支では、しっかりと黒字が定着しています。実は、JR貨物は、純利益を出している会社なのです。

ですから、数字の見かけのうえでは、株式の上場準備を進めるJR九州と比較して、何ら遜色があるわけではないのです。

支援措置と経営自立計画

画像

それなのに、JR貨物については、経営の自立ということがいわれています。その直接的な理由は、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構と略称されます)が2011年度から始めた支援措置拡大の適用を受けているからです。具体的には、設備投資について、鉄道・運輸機構が提供する助成金と無利子貸付を受けているのです。

支援措置を受ける前提として、経営自立計画を策定し、それを確実に実行していかなければならないのですが、JR貨物の場合は、2018年度までに、計画完了になる予定です。その一つの節目が、2016年度までに、鉄道事業を黒字化させることなのです。

大きな障碍となるアボイダブルコストルール

画像

では、アボイダブルコストルールは、どうなるのでしょうか。これがあっては、鉄道事業黒字化も、本当の意味では、黒字化にならないはずです。おそらくは、そこに、JR貨物にとって、株式上場へ向けた大きな課題というか、超えるべき障碍があるのです。

アボイダブルコストルールを完全に廃止してしまえば、線路使用料の算定は、経済取引として、交渉で決まるということになるのでしょうが、はたして、それは、どのような算定方式であり、その結果、線路使用料は大幅に上がるものなのかどうか。もしも、線路使用料が大幅に上がれば、JR貨物の経営は、成り立たないようです。

貨物調整金

画像

また、線路使用料の取決めには、別の難しい問題があります。それが、新幹線の開業に伴う並行在来線の経営分離です。経営分離というのは、並行在来線が旅客鉄道各社から分離されて、第三セクター等の独立した鉄道事業者になることです。これらは、並行在来線事業者と呼ばれます。

アボイダブルコストルールというのは、あくまでも、旅客鉄道各社との間の取決めで、JR貨物を支援する仕組みです。ところが、並行在来線事業者は、旅客鉄道各社から独立しており、また、多くは、極めて厳しい経営環境におかれますので、到底、JR貨物を支援する立場にはないわけです。ですから、実際に、アボイダブルコストルールは適用されていません。

ところが、JR貨物としては、高額の線路使用料を払うこともできません。そこで、工夫されたのが、鉄道・運輸機構による貨物調整金の交付という仕組みです。これは、並行在来線事業者に対して、鉄道・運輸機構が追加的な線路使用料を調整金という名目で交付する仕組みです。

並行在来線事業者は、JR貨物からは、従来のアボイダブルコストルールに基づく線路使用料を徴収し、不足分は、鉄道・運輸機構からの貨物調整金で補っているのです。そして、2011年度に、鉄道・運輸機構による支援措置が拡充されたときには、貨物調整金の適用も拡大されているのです。

この貨物調整金というのは、確かに、並行在来線事業者に対する補助金的なものではありますが、線路維持にかかわる経済的費用に基づいて、不足分を調整する機能もあるわけです。ですから、もしも、アボイダブルコストルールを完全に廃止したら、JR貨物が旅客鉄道各社に対して支払わなければならない線路使用料は、概ね、貨物調整金相当分くらいは、上昇するのではないかということです。

確かに、貨物調整金というのは、あくまでも、並行在来線事業者に対する補助金であって、JR貨物に対する補助金ではありませ。表面的には、そうですが、JR貨物に対する補助金としての機能も否定できません。なぜなら、貨物調整金というのは、並行在来線事業者が旅客鉄道会社から分離されても、JR貨物がアボイダブルコストルールを維持できるように設定されたことは間違いないからです。

必要ではない鉄道事業の黒字化

そうしますと、JR貨物の鉄道事業における真の黒字化というのは、アボイダブルコストルールと貨物調整金を完全に廃止しても、黒字を確保できる状態ということになります。

表面的な意味の黒字化なら、JR貨物の経営自立計画にあるように、2016年度までに達成できるのかもしれませんが、それは、真の黒字化ではありません。もしかしますと、鉄道事業単独の真の黒字化は、不可能かもしれません。しかし、同時に、真の黒字化など、必要ないのかもしれません。

もしも、JR貨物の株式上場ということがあり得るとして、その必須の要件は、鉄道事業の黒字化ではなくて、アボイダブルコストルールと貨物調整金の完全廃止なのだと思われます。その結果、鉄道事業の構造赤字が残ったとしても、JR貨物グループという企業結合として、総合的な収益性において、黒字を確保し、さらに利益成長できさえすれば、それでいいはずです。

実際、上場準備を進めるJR九州においては、「安全とサービスを基盤として九州、日本、そしてアジアの元気を作る企業グループ」という「あるべき姿」が掲げられているのであって、力点は、鉄道事業でも九州でもなく、アジアの元気を作る企業グループにあるのです。

JR貨物の「中期経営計画2016」は、確かに、「鉄道事業の黒字化を実現」という副題がついているのですが、これは、支援措置との関連で、経営自立計画として策定されているからです。むしろ、経営の真の課題は、「鉄道輸送を基軸とした総合物流企業になること」という「JR貨物が目指す方向」にあるのだと思われます。

総合物流企業への挑戦

画像

では、JR貨物は、鉄道輸送を基軸とした総合物流企業になれるでしょうか。なれるかどうかよりも、なれない限り、真の経営の自立はなく、故に、株式の上場もないということです。ですから、総合物流企業になれるかが問題ではなくて、総合物流企業になるための経営課題を全て解決していくという経営の積極的な攻めの姿勢が重要なのです。

具体的に解決すべき経営課題の最大のものは、もちろん、鉄道輸送の復活です。環境負荷が少ないという鉄道の優位は、当然に、見直されてきているわけですが、ただそれだけでは、JR貨物の成長戦略にはなりません。大切なことは、鉄道と、海運、空運、トラック輸送といった他の運輸手段との切れ目のない結合でしょう。それが、総合物流ということの一方の意味です。

他方では、JR貨物が経営計画に掲げる「鉄道輸送を基軸とした総合物流企業」は、当然のことながら、「鉄道輸送を基軸とした」というところに力点がなければなりません。これは、要するに、JR貨物が他の事業者の下請け的な地位にいたのでは、収益性の確保も、成長も、望めないということです。

運送事業は、現代では、荷主から荷受人までを、一貫したサービスと責任でつなぐものでなければなりません。ところが、鉄道輸送は、性格上、その一貫した流れを担えるわけもありません。現実には、JR貨物の地位は、一貫した流れの一部を担う下請け的存在になることが多くなります。

ですから、JR貨物の実質的な顧客は、荷主というよりも、一貫したサービスを請け負っている貨物利用運送事業者と呼ばれる企業になりやすいのです。これでは、「鉄道輸送を基軸とした」事業ではなくて、他の輸送手段を基軸としたサービスの一部にすぎません。この下請け的な地位を脱却していくことは、総合物流企業に近づくことであり、同時に、運賃体系の見直しなど価格支配力の確保を通じて、有益性を高めていくための条件なのです。

また、総合物流事業というのは、運送事業をも超えていきます。そこでは、海上コンテナ輸送との結合のための港湾と鉄道ターミナルの統合や、保管や荷捌き機能の強化など、多方面での展開が必要になります。実際、JR貨物では、東京貨物ターミナル駅の開発など、様々な施策が検討されているようです。

JR貨物の将来にとっては、短期的な表面的な鉄道事業の黒字化よりも、将来的な企業価値の創出へ向けた戦略的な取り組みのほうが、はるかに重要なのです。その取り組みの先にしか、株式の上場はあり得ません。