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建国70年を前に…中国が若者文化を新たに統制?

宮崎紀秀ジャーナリスト
消える曲は「これまでと違う」と話すvyanのライブ(2018年10月北京にて)

 欧米で生まれたサブカルチャー、ラップが中国で大流行りだ。ところが人気アーティストの歌が、突然、音楽サイトなどから「消えて」しまった。「消える」のはラップだけではないらしい。中国では、どうやらこれまでの言論抑圧とは違う次元の統制が進行しているようだ...。

「天安門事件」の曲が消されるなら分かるが…。

 広東省広州にスタジオを構えるラッパーvyan(33歳)。プロデュースも務めるベテランだ。中国メディアで記者の経験もあるというvyanは、社会問題を作品にしてきた。そうした「敏感な歌」は、度々、音楽サイトから削除されている。

「これもなくなった...。」

 と、聞かせてくれたのは、「弱いものが、身のほど知らずに強いものに抵抗する」という意味の中国の成語をタイトルにつけた歌。歌詞を聞くと…。

♪“忘れられた人民のため、殺された神のため…銃と嘘で秩序を作り、混乱と恐怖で、規律を守る…。”

 中国が、学生の民主化の要求を軍で鎮圧した天安門事件を連想させる。低音の刻むようなリズムに乗った、韻を踏んだ歌詞は、ハードボイルドで格好いい。ぐっと胸にくるものもある。ただ、天安門事件は中国ではいまだにタブーだ。さすがにこれはダメだろう、と思う。

ラッパーのvyan。これまでは「敏感な問題はだめ」と話すが...。(2018年10月広州にて)
ラッパーのvyan。これまでは「敏感な問題はだめ」と話すが...。(2018年10月広州にて)

「私は記者の経験があるから、審査に触れるレッドラインが大体どこにあるかわかっています。(それは)党と政府が書いて欲しくないもの、政治はダメ、敏感な問題はだめ。敏感な問題の多くは政治です」

 彼は、江沢民元国家主席を揶揄する曲(もちろん本人に聞いても、あくまでも笑って否定していたが)を作って、削除された経験もある。レッドラインを分かりながらも、そのギリギリを攻めようとしているのは、筋金入りというか確信犯的なところがある。言わば発信者としての矜持だろう。

レッドラインを超えない曲も消される

 しかし、彼は、最近の「削除」は、これまでとは、違うと指摘する。

「去年多くの歌が、『削除』されたけど、それらの歌に問題があったと思えない。この線を超えているとは思いません」

 そう言って聞かせてくれたのが、「二日酔い」という曲だ。

「ラブソングが1曲ダメになりました。酒を飲んで、二日酔いが辛い、という歌もダメになりました。私にもなぜかわからない」

 確かに、本人が言うように、♪“もう飲まない、もう飲まない”と繰り返しているだけの曲だ。

 スター発掘番組で優勝したPG ONEらの曲が突然、消された。自らも恋愛や二日酔いなど、決して敏感な話題に踏み込んでいない曲が消された。

 この最近の傾向についてvyanは、こう話す。

「私たちは社会主義の核心の価値観に合わなくてはいけません。これらは、社会主義の核心の価値観にあってないのでしょう」

街の中にある「社会主義の核心的価値観」の宣伝(2019年6月北京にて)
街の中にある「社会主義の核心的価値観」の宣伝(2019年6月北京にて)

社会主義の価値に合わない創作は低俗?

 社会主義の核心の価値観とは。社会主義を建設する上で、本質的に重要な価値観とでも説明できるだろうか。最近の解説では、国家の目標として「富強」「民主」「文明」「和諧」。社会の価値観としての、「自由」「平等」「公正」「法治」。個人の規範としての、「愛国」「敬業(仕事や学業を敬うこと)」「誠信」「友善」と12の単語で基本的な概念を総括できるとしている。

 中国共産党にとって5年に1度開かれる党大会は最も重要な会議である。最も新しい2017年の党大会で、習近平国家主席は、中国成立100年までの目標としてこう演説した。

「社会主義の核心的価値観を社会発展の各方面に溶け込ませ、それが人々のアイデンティティと行動・習慣になるようにする」

 さらに、社会主義の文学、芸術を繁栄、発展させる、という方針の中で、次のようにも述べている。

「品位、格調、責任感の重視を提唱し、低俗で卑俗な、世間に媚びるような創作を排除する」

 今、中国では街のいたるところに、この社会主義の核心の価値観を提唱する宣伝が並ぶ。

男性出演者のピアスにボカシがかけられてる(ネット番組「小姐姐的花店」より)
男性出演者のピアスにボカシがかけられてる(ネット番組「小姐姐的花店」より)

タトゥーもピアスもNG?

 vyanは、消されたラップはこの「価値観」に合ってなかったのではないか、と言うのだ。

 更に…テレビやネットから「消えて」いるのは、ラップだけではない。テレビやネットの番組で、染めた髪、タトゥー、ピアスなどにぼかしなどの加工がされるようになった。

 テレビやネットの番組から、タトゥーやピアスも消されているのだ。

建国70年を前に(1)…中国でラップが消える?

建国70年を前に(3)…中国を染める“正しい価値観”とは?

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

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