ロヒンギャ難民問題 ~なぜロヒンギャはミャンマー国内で差別されるのか!?~

(写真:ロイター/アフロ)

先日、国際司法裁判所が、ミャンマーに対してジェノサイドを阻止するよう命じました。

国際司法裁、ロヒンギャの「虐殺阻止」を命令 ミャンマーは反発

内容を簡単にまとめます。

東南アジアのミャンマーにて、「あらゆる手段を用いて」ロヒンギャに対するジェノサイドが行われていること、ミャンマー政府に対してそれを阻止するよう国際司法裁判所が命じたということです。これに対してミャンマー外務省は「状況が歪められている」と反論しています。

今回は、「ロヒンギャ問題」についてまとめてみたいと思います。

ロヒンギャとは?

ロヒンギャは、現在のバングラデシュに起源を持つとされる民族で、保守的なイスラームを信仰しています。言語はロヒンギャ語を母国語としています。ロヒンギャ語は、インド・ヨーロッパ語族インド・イラン語派に属するベンガル語の方言の一つといわれています。インド語派にはインドの公用語の一つであるヒンディー語やパキスタンの国語であるウルドゥー語も含まれます。

ロヒンギャは、ミャンマー西部に位置するラカイン州に推定100万人が生活しています。世界中に散っていった同胞を含めると200万人に達するのではないかといわれています。

ロヒンギャの知識階層の主張はこうです。

「ロヒンギャは8世紀からラカインの地に住み続けている」

しかし、こうした主張に対して「ロヒンギャ」という呼称が登場する史料がほとんど存在せず、1950年の史料が最も古いとされています。つまり、「ロヒンギャは8世紀からラカインの地に住み続けている」ことを示す古い史料が残されていないのです。

19世紀に入ると、ラカイン地方はイギリス植民地となりました。このとき、ベンガル地方、現在のバングラデシュから移民が流入し、ラカイン地方の北西部に住み着き、そこで土着化します。これによって多数派の仏教徒との間で軋轢が本格化します。ミャンマーは上座部仏教徒が多い国です。

第二次世界大戦後も、東パキスタン(現在のバングラデシュ)からの移民が食料などを求めてラカイン北西部に流入してきました。また1971年の印パ戦争(通称、バングラデシュ独立戦争)の混乱期にも、ラカイン地方への流入が相次いでみられました。

ロヒンギャを名乗る民族集団は、15世紀からのアラカン王国の時代のイスラーム教徒を起源とする人々、19世紀以降のイギリス植民地時代の移民、第二次世界大戦直後の社会的混乱に乗じて流入した移民、1971年の印パ戦争による社会的混乱に乗じて流入した移民から構成されると考えられます。

しかし、1950年頃、彼らが突如「ロヒンギャ」を名乗るようになった経緯は未だにわかっていません。

ミャンマーでのロヒンギャの扱いは?

1948年にイギリスからミャンマー(当時はビルマ)が独立したさい、政府はロヒンギャをそれほど差別的には扱わなかったといいます。しかし、1962年の軍事クーデターによって政府軍が主導して「ビルマ民族中心主義」に基づく中央集権的な社会主義体制(これは「ビルマ式社会主義」と呼ばれました)が成立します。これによって、政府のロヒンギャに対する差別的扱いが深刻化します。

こうした社会状況の変化にともなって、ロヒンギャ難民が発生します。特に国外流出が多かった1978年と1991年の合計は20万人とも、25万人ともいわれています。また1982年に国籍法が改正され、ロヒンギャはミャンマー土着の民族ではないことが合法化されます。これを受けて、ロヒンギャを主張する限りは外国人と見なされるようになりました。さらに2015年には選挙権と被選挙権が剥奪されました。

ロヒンギャの人々は独立国家を求めているわけではないようで、自らの民族名称を認めてもらったうえでミャンマー国籍を与えてもらえるよう求めています。しかし、ミャンマーでは政府も国民も、彼らを「民族」として認めておらず、外国からの不法移民集団だとの認識があるようです。

ミャンマーでは、なぜロヒンギャが差別される?

差別される要因は主に三つです。

一つ目は、宗教問題です。ロヒンギャはイスラームを信仰しています。ミャンマーは上座部仏教の国です。キリスト教徒やヒンドゥー教徒には差別意識はないそうですが、イスラーム教徒にだけは嫌悪感を示すようです。イスラーム教徒は、様々な要因で出生率が高いのですが、それによる人口増加でミャンマー国内での民族割合が高まるのではないかという危機感があるようです。またイスラームでは妻をとると、妻もまたイスラームへと改宗させることがあります。これもまたイスラームを敬遠する要因の一つかもしれません。

二つ目は、言語問題です。ロヒンギャの母国語であるロヒンギャ語はベンガル語の方言の一つであるため、ビルマ語を上手く話せません。このことへの嫌悪感です。

三つ目は、民族問題です。ミャンマー国内では、ロヒンギャはバングラデシュからの不法移民であると認識されています。そのため、「ロヒンギャ」などという民族名称をでっち上げ、ミャンマー土着の民族を名乗っていることへの嫌悪感です。特にラカイン地方のミャンマー人が都市部へ出稼ぎにいっている間に、土地の乗っ取りが行われたりしています。ミャンマー国民としては、「軒先を貸したら母屋を取られた」という想いでしょう。

2016年10月9日、バングラデシュとの国境近くの地域で、武装勢力による襲撃で警察官が死傷するという事件が発生しました。ミャンマー政府は、これをロヒンギャ武装グループによる犯行と断定し、ロヒンギャの集落を攻撃しました。これによって、およそ2万人が難民としてバングラデシュに逃れていきました。2017年8月25日にも同じような事件が発生し、ミャンマー政府軍は「ロヒンギャ民族浄化」と揶揄されるほどの弾圧を加え、数十万人が難民となって国外へ流出したと言われています。

もはや、国家顧問の座にあるスー・チーが「政府軍をコントロールできなくなっているのではないか?」という見方が大勢を占めつつあるようです。

また近年、急激にロヒンギャ問題が顕在化したのはイギリスBBCによる報道がきっかけともいわれています。ロヒンギャ問題は、イギリス植民地時代のロヒンギャの流入が大きな要因の一つです。本来であれば、ミャンマー国民の怒りの矛先はイギリスに向かうはずですが、それをかわすためにも、問題点が「別な場所」にあることを喧伝しているようにも見えます。イギリスが植民地を手放すさい、少数民族に政権を与え、民族紛争を作りだして去るということをこれまでも行ってきました。この度のロヒンギャ問題も、イギリスの諜報活動の一つのようにも見えてしまいます。

それはさておき、ロヒンギャ問題をまとめると、ミャンマーにおいてイスラームを信仰する少数民族であるロヒンギャが、不法移民として扱われ、国籍を与えられず、さらに差別や迫害を受けているということです。