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井上尚弥のS・バンタム級完全制覇はタパレス戦にあらず。復活した前王者が対決を熱望

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
アフマダリエフvs.ゴンサレス(写真:Matchroom Boxing)

無敗メキシカンを轟沈

 WBC・WBO世界スーパーバンタム級統一チャンピオン井上尚弥(大橋)vs.同級世界WBAスーパー・IBF統一王者マーロン・タパレス(フィリピン)の4団体統一戦(12月26日・東京・有明アリーナ)まで10日を切った。去る4月8日、米テキサス州サンアントニオで不利の予想を覆して2団体統一王者に君臨したタパレスに2-1判定負けでベルトを失ったムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)が16日(日本時間17日)リングに復帰。アフマダリエフはWBA2位ケビン・ゴンサレス(メキシコ)に8回2分49秒TKO勝ちを飾った。

 タパレス戦から8ヵ月あまり。オッズが20-1と絶対有利を予想されたアフマダリエフは初めて黒星をなすり着けられ精神的なショックが心配された。論議を呼んだのはスコアカード。ジャッジ一人は8点差でアフマダリエフの勝ちだったが、他の二者は2点差でタパレスを支持。総括すれば、前半リードしたタパレスに中盤から終盤アフマダリエフが追い込みをかけたが、わずかに及ばなかったとなろうか。タパレスには幸運が味方したようなジャッジメントにも思われた。

 しかし米アリゾナ州グレンデールのデザート・ダイヤモンド・アリーナで行われたゴンサレス戦のアフマダリエフはタパレス戦惜敗の悪夢を振り払うようなパフォーマンスを披露。この日まで26勝13KO1分無敗のゴンサレス(26歳)をスピードとスキルを活かしてリード。ねじ伏せるような、スペクタクルな結末で復活を果たした。

ロマチェンコばりのブローで4度倒す

 サウスポー対決。初回こそ3歳年少のゴンサレスが右ジャブの差し合いでやや優勢に進めたように思えたが、2回に左オーバーハンドを決めたアフマダリエフが4回からペースを引き寄せる。右リードブローにスピードがあったことが勝因の一つだろう。ゴンサレスは鼻柱をカットして鮮血に染まる。

 最初のハイライトは6回。両者が右フックを交換した後、アフマダリエフが最大の武器、左アッパーカットを突き上げる。するとゴンサレスは脚を折り曲げるようにダウン。カウント後ダメージが残るゴンサレスを追い込み、左をボディーから顔面へ返し、再びメキシカンをキャンバスに落とす。仕上げは8回。そしてこれも左アッパーカット。食らったゴンサレスはたまらず横転する。

 同じサウスポーの3階級制覇王者ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)を想起させる見事な一撃。このパンチだけを取り上げてもアフマダリエフのハイレベルな実力が計り知れる。ここでもゴンサレスは起き上がり気丈に続行に応じたが、そこに待っていたのはアフマダリエフの非情なアタック。またしても左を浴びたゴンサレスは前のめりにダイビング。もはや戦える状態ではなく、レフェリーストップとなった。

ムロジョン・アフマダリエフvs.ケビン・ゴンサレス・ハイライト

悪夢から這い上がる

 リングサイドのエディ・ハーン・プロモーター(マッチルーム・ボクシング)とハイタッチを交わしたアフマダリエフは12勝9KO1敗。“MJ”のニックネームで呼ばれるウズベキスタン人は、思わず「ナオヤ……」と叫んだような気がした。ターゲットはもちろん“モンスター”井上vs.“ナイトメア”(悪夢)の異名を持つタパレスの勝者だ。インタビューでアフマダリエフは「彼らが持っているベルトは全部、私のものだ」と豪語した。

 タパレスに悪夢を見せつけられたことでアフマダリエフが失ったものは大きい。モンスターとの4団体統一戦が消滅したことで揺るぎない名声を獲得するチャンスが遠のいただけでなく、それによって得られるビッグマネーもフイにしてしまった。

 だが、宿敵タパレスも岩佐亮佑戦の敗北から立ち直り、道を切り拓いたようにアフマダリエフも試練から這い上がった。ゴンサレス戦はWBAスーパーバンタム級挑戦者決定戦として行われ、失地回復に前進した。彼が復活の狼煙を上げたことでスーパーバンタム級戦線は一段と熱気を帯びると推測される。なぜなら井上との対決はかなりスリルを伴う展開になりそうだからだ。

 井上がタパレスに勝てば一息にフェザー級へ舵を切る話も聞かれる。それでも井上が前回、スティーブン・フルトン(米)をストップして4団体統一王者に就いた後の発言からすると、しばらくスーパーバンタム級で防衛に専念すると見るのが順当ではないだろうか。現在、WBAはアフマダリエフがランキング1位の座を確固たるものにした。WBCはルイス・ネリ(メキシコ)、IBFとWBOはサム・グッドマン(豪州)がそれぞれ1位を占める。彼らと順番に防衛戦を消化して行くのもオプションではある。

 彼らに加えて軽量級3階級制覇王者ジョンリエル・カシメロ(フィリピン)もこれまでの因縁を含めて今後のライバルの一人にピックアップされる。スーパーバンタム級にはまだタレントが控えているが、これらの選手に的を絞ると、ネリやカシメロはキャラクターの濃さから確かに前景気は盛り上がるだろう。だがモンスターを脅かす存在としてはアフマダリエフがピカ一ではないだろうか。

アントニオ・ディアス氏(右)の指導でカリフォルニア州で調整するアフマダリエフ(写真:Melina Pizno)
アントニオ・ディアス氏(右)の指導でカリフォルニア州で調整するアフマダリエフ(写真:Melina Pizno)

井上の右vs.アフマダリエフの左アッパー

 気が早いが仮想対決を想定してみると、ジャブの突き合いから拮抗しそうだ。井上は左、アフマダリエフは右とリードパンチは正面衝突する。フルトン戦でフィニッシュの突破口を開いたのは井上のジャブだった。これがアフマダリエフに対しても有効なのは確かだが、フルトンよりも突進タイプのウズベキスタン人をどれだけ悩ますかはグローブを交えてみないとわからない。

 タパレス、ゴンサレスとサウスポーとの対戦が続いたアフマダリエフ。「サウスポーへの右」という常套句があるように井上の右強打が当たる可能性は高い。同時に井上が右を放った瞬間にアフマダリエフが左、特に左アッパーカットを狙ってくると想像される。距離がより近ければアフマダリエフ、少し離れれば井上に必殺強打を叩き込むチャンスが生じる。

 またゴンサレス戦では目立たなかったが、アフマダリエフはボディー攻撃にも秀でている。腹で倒した試合も少なくない。これまで井上のボディーを攻めて効かせた相手はいない。だが、これまでの井上の対戦者と比べてアフマダリエフがよりバラエティーに富んだ攻撃パターンを装備している選手であることは疑いの余地がない。よほどタパレス戦の結果が悔しかったのだろう。彼は26日、有明アリーナで試合をライブ観戦する予定だという。

 井上vs.タパレスよりも井上vs.アフマダリエフの方がスリリングな攻防が期待できると信じている。でも今さらタラレバを言ってもしょうがない。あともう少しで実現する前者の試合内容に期待しつつ、2階級で4団体統一王者に就いた井上が後者を優先する成り行きを心待ちにしたい。そこで勝ったモンスターがスーパーバンタム級完全制覇を成し遂げる。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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