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井岡一翔の挑戦者ペレスがエストラーダのトレーナーの指導で最終調整

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ペレス(中央)、右がカバジェロ氏(写真:フェイスブック)

やっぱり大みそかはこの男

 日本ボクシング界恒例の大みそかのイベント。その最大の功労者と言えば井岡一翔(志成=WBA世界スーパーフライ級王者)の他にはいないだろう。その井岡が出場するイベントが今年は見送られる可能性があった。目標にしていたWBC同級王者フアン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)との統一戦が締結に向かわなかったためだ。しかし井岡と彼の陣営はファンの期待に応え、12月31日、東京・大田区総合体育館で今年も大トリを務めることになった。挑戦者はWBA8位ジョスベル(ホスベルとも発音)・ペレス(ベネズエラ)に決まった。

 プロでの実績では遜色ないものの、海外メディアの評価ではスーパーフライ級最強は井岡よりもエストラーダだと見なされる。井岡自身も“目標にしている”のがエストラーダとの対決だ。それが遠のいたのは残念だが、まだ可能性は残されており、来年2024年の進展に期待したい。

フライ級王者ダラキアンに判定負け

 さて、刺客に選ばれたペレス(28歳)は1995年2月6日、ベネズエラ中央部、首都カラカスから南へ70キロほど行ったオクマレ・デル・ツイで生まれた。中学生の時、友人に誘われてジムへ通い出したのがボクシングとの出会い。最初、母に許しを得て始めたというからベネズエラではある程度、経済的に恵まれた家庭の出身だと想像される。

 2016年4月、4回KO勝ちでプロデビュー。当時トレーナーは元WBA世界フライ級王者デビッド・グリマン氏(ベネズエラ)だった。グリマン氏は井岡の叔父、元WBC世界ミニマム級&WBAライトフライ級王者井岡弘樹氏と世界タイトルを争ったことがある(グリマン氏の8回TKO勝ち)。間接的に井岡とつながりがある選手なのだ。

 19年7月、元WBAスーパー&IBF世界ライトフライ級統一王者田口良一氏に挑戦歴があるロバート・バレラ(コロンビア)と敵地でWBAのフライ級地域タイトルを争い3-0判定負け。20年2月、ウクライナへ遠征し、WBA世界フライ級王者アルテム・ダラキアン(ウクライナ)に挑戦し、3-0判定負け。現在WBA1位ユーリ阿久井政悟(倉敷守安)との防衛戦がペンディングになっているダラキアンの4度目の防衛戦だった。

 コロナパンデミックでキャリアが中断するも今年に入り2連勝。そして9月の最新試合でホセ・ファルファン(ベネズエラ)に4回KO勝ちでベネズエラ・スーパーフライ級王者に就き、ランキング入りを果たした。井岡戦は今年4試合目になる。戦績は20勝18KO3敗。

ベネズエラ王者に就いたペレス。右は具志堅用高と対戦したリゴベルト・マルカノ氏(写真:インスタグラム)
ベネズエラ王者に就いたペレス。右は具志堅用高と対戦したリゴベルト・マルカノ氏(写真:インスタグラム)

エストラーダの師の門を叩く

 迎え撃つ井岡は今回が日本人ボクサー歴代最多となる25戦目の世界タイトルマッチ出場。大みそかの登場は6年連続12回目となる。エストラーダとの大一番がひとまず見送りとなったが、すぐに気持ちを入れ替えるところはさすがと言うべきか。試合の発表会見の席でも「防衛戦なので期待されているのはチャンピオンとして圧倒的な差でレベルの違いを見せることだと思う」と圧勝を約束した。

 井岡の発言が大言壮語に聞こえないところが両者の実力差を暗示する。3年前の田中恒成(畑中)戦以来途絶えているスペクタクルな内容と結末が井岡に期待できる。

 だがペレスはしたたかだ。ベネズエラからメキシコへ飛び、エストラーダのトレーナー兼マネジャー、アルフレド・カバジェロ氏に弟子入り。同国ソノラ州エルモシーヨで特訓に明け暮れる。エストラーダとのコンビ、元WBC世界スーパーフェザー級王者ミゲル・ベルチェルト、スーパーバンタム級上位ランカー、アラン・ダビ・ピカソ(ともにメキシコ)らを指導するカバジェロ氏はメキシコの最優秀トレーナー賞を受賞したこともある名将。それにしても、よりによって井岡戦が流れたエストラーダの師匠に師事するとは、出来過ぎではないかと思ってしまう。

 むしろ今後、井岡との統一戦が成立することを想定してカバジェロ氏が2度目の世界挑戦となるペレスを誘ったと考えるのが自然のような気がする。したたかなのは同氏の方なのかもしれない。

20勝18KO3敗の強打が売り物のペレス(写真:インスタグラム)
20勝18KO3敗の強打が売り物のペレス(写真:インスタグラム)

武器は左フック。KO率の高さは要注意

 1ヵ月ほどと思われるタッグでペレスがどれだけ向上するか想像の域を出ない。カバジェロ氏は21年3月、テキサス州で当時のWBA世界ライトフライ級スーパー王者京口紘人(ワタナベ)に挑んだアクセル・アラゴン・ベガ(メキシコ)を臨時コーチしたが、結果が残せなかった(京口の5回TKO勝ち)。

 かと言って、“アバランチャ”(スペイン語で雪崩の意味)のニックネームを持つペレスを過小評価することは禁物。一つはKO率が高いこと。本人は「武器は左フック。これまでの18KO勝ちはすべて左フックで倒している」と腕を鳴らす。井岡はこれまで2敗しているが、ピンチに陥った場面がない。アゴも腹も無類の打たれ強さを誇る。それでもペレスには“パンチャーズ・チャンス”(強打者ゆえのチャンス)がある。ボクシングの怖さと魅力がそこに凝縮される。

 もう一つは、やはりカバジェロ氏の存在。短期間と言えどもスキル伝授と熱血指導に定評がある同氏の薫陶を授かったベネズエラ人が番狂わせを起こすにはメキシカン・スタイルの体得が有効だと推測される。21年9月、WBO世界スーパーフライ級王座の防衛戦で井岡が“チワス”ことフランシスコ・ロドリゲス(メキシコ)に苦戦を強いられたことが思い出される。井岡を受け持つキューバ人トレーナー、イスマエル・サラス氏との“ラテン対決”も見ものだ。

 この試合をエストラーダとの対決前の前哨戦と位置づける井岡。エストラーダ側(カバジェロ氏)もこの一戦を通じて来るべき一戦に探りを入れて来る気配。両者の間に立つペレスがどんな戦いを披露するか。今年最後にビッグサプライズが発生する可能性は案外あるかもしれない。

ベネズエラの町をバックにくつろぐペレス(写真:インスタグラム)
ベネズエラの町をバックにくつろぐペレス(写真:インスタグラム)

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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