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井上尚弥を追随するカリスマ。“アメージングボーイ”寺地拳四朗の底知れぬ強さ

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
寺地拳四朗。これは第1次王者時代の7度目の防衛戦(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

俊敏さに脱帽

 WBAスーパー・WBC世界ライトフライ級統一王者寺地拳四朗(BMB)がWBCの指名挑戦者ヘッキー・ブドラー(南アフリカ)を9回TKO勝ちで下した一戦から1週間が過ぎた。これまで井上尚弥(WBC・WBO世界スーパーバンタム級統一王者=大橋)、井岡一翔(WBA世界スーパーフライ級王者=志成)といったビッグネームの陰に隠れて世界的な注目度と関心は高いとは言えなかったが、京口紘人(ワタナベ)との2団体統一戦、アンソニー・オラスクアガ(米)との激闘、そして今回のブドラー戦のパフォーマンスで海外でも“アメージングボーイ”の名前が浸透。実力も米老舗ボクシング専門メディア「ザ・リング」から「最強の108ポンド(ライトフライ級)。テラジはパウンド・フォー・パウンドの扉を叩いており、すでにトップ10入りの正当な権利を持っている」と高い評価を得ている。

 初めて寺地を目撃したのは、私の記憶が正しければ、2017年9月9日、ロサンゼルス近郊カーソンのディグニティ・ヘルス・スポーツパーク(当時の名称はスタブハブ・センター)のイベントだった。メインは井上の米国デビュー戦(相手はアントニオ・ニエベス)。すでに寺地はWBC世界ライトフライ級王者に就いており、初防衛に向けてロサンゼルスでトレーニングを行っていたと思われる。

 「思われる」と記したのは、その確認を含めて寺地に直撃インタビューを試みたのだが、あまりに速い身のこなしに、あっという間に彼の姿を見失ってしまった。自分の老体を恥じるハメになったが、会場に観衆が増えて、どこに彼がいるのかわからなくなった。それにしてもあのスピードと俊敏さはただ者ではない……と痛感したものだ。

WBOゴンサレス、IBFノンティンガ

 あれから6年以上の年月が経過した。31歳になった寺地のキャリアは今、ピークへ達しようとしている。人懐っこいスマイルを振りまくベビーフェースは、ペンディングになっている3団体統一戦、続いて4団体統一戦へと進路を定める。井上に続く日本人ボクサー2人目の比類なきチャンピオンの座は手の届くところにあると言えよう。

 まずは3団体統一戦。寺地は4月8日、WBO世界ライトフライ級王者“ボンバ”ことジョナサン・ゴンサレス(プエルトリコ)と3団体統一戦が組まれていた。しかし試合の2週間ほど前にゴンサレスがマイコプラズマ肺炎を患いキャンセル。回復したゴンサレスは10月27日ニカラグアで同国のレイマン・ベナビデスと3度目の防衛戦を行う。敵地での試合になるが、ゴンサレス(27勝14KO3敗1分=32歳)有利の予想。ブドラー戦のリングサイドでゴンサレスのプロモーター、トゥト・サバラ氏(オールスター・ボクシング)が観戦していた。ゴンサレスが防衛を果たせば寺地戦は実現に向かうはずだ。

 もう一人のIBF王者はシペナティ・ノンティンガ(南アフリカ)。こちらは11月4日モナコでアドリアン・クリエル(メキシコ)と2度目の防衛戦が組まれている。ノンティンガ(12勝9KO無敗=24歳)は寺地に唯一の敗北をなすり付けた男、矢吹正道(前WBC世界ライトフライ級王者=緑)がターゲットにしている。ちなみにノンティンガは昨年12月、元3階級制覇王者の田中恒成(畑中)と名古屋で対戦した南アフリカ人選手に同行して来日している。王座獲得後、試合枯れ状況のノンティンガにすれば日本で矢吹あるいは寺地と戦うことは願ったり叶ったりではないだろうか。

7月の防衛戦でフィリピンのスガノブ(中央)を下したノンティンガ(写真:Mark Andrews)
7月の防衛戦でフィリピンのスガノブ(中央)を下したノンティンガ(写真:Mark Andrews)

フライ級進出もありか?

 ブドラー戦翌日の記者会見に寺地はチーフトレーナーの加藤健太氏、父でBMBジム会長の寺地永(ひさし)氏(元東洋太平洋ライトヘビー級王者)と出席。本人と加藤氏は「ベテランの技巧派、ブドラーのいやらしいボクシングを攻略した経験はゴンサレス戦にもつながる」と一致した意見を述べた。同じく会見で寺地は「今後はもっと強い相手と対戦したい」と現状にとどまらない意気込みを示した。

 京口戦から3試合連続でシビれるパフォーマンスを披露した寺地には、どうしてもその上を期待したくなる。ポテンシャルは十分に持っている。まだ底を見せていないという表現もできるだろう。ぜひともゴンサレス戦、ノンティンガ戦が具体化してもらいたいものだが、会見では転級(フライ級進出)の可能性もほのめかしていた。「強い相手」にこだわるなら、それもオプションの一つに違いない。

 正直、ライトフライ級は彼の器には小さ過ぎるとの見方もされている。待望される統一戦が難しいなら、一気にフライ級で2階級制覇を目指すことも現実となろう。現状の世界フライ級王者たちは実力もさるものながら、キャラクターも海千山千の強豪が揃っている。どれだけアメージングボーイが張り合えるか、見てみたい願望に駆られる。海外進出を図るためにもフライ級へ舵を取ることは歓迎されるだろう。

見事な変身を遂げた理由とは

 さて、WBC世界ライトフライ級王者として連続8度の防衛に成功していた寺地は、元同級WBA王者で連続14度防衛を果たした具志堅用高氏の記録が目標だった。しかし21年9月、京都で行った9度目の防衛戦で、当時1位だった矢吹に10回TKO負けで王座から転落。激しいパンチの応酬が繰り広げられた試合は個人的にはレフェリーストップがやや早かった印象もした。それ以前のラウンドで寺地が連打で畳みかけた時、なぜストップがかからなかったのか?という疑問が残った。だが、矢吹の並々ならぬ王座奪取の執念が勝敗を分けた気がした。

 前年の20年、週刊誌が寺地の不祥事を報じた。酒に酔って都内のマンションで駐車場にあった他人の車を破損させたと伝えられた。すでに被害者とは示談が成立してため、大スキャンダルには至らなかったが、JBC(日本ボクシングコミッション)は制裁金300万円、ライセンス停止3ヵ月、社会奉仕6ヵ月の処分を寺地に科した。

 復帰した寺地は21年4月、久田哲也(ハラダ)を3-0判定勝ちで破り8度目の防衛を果たす。しかし次戦で矢吹にベルトを明け渡したのは事件の後遺症があったのではないかと推測される。そこから這い上がり、大成した背景には本人のひとかたならぬ努力とスタッフのサポートがあった。寺地が負った右マブタのカットをめぐり試合後、論議を巻き起こしたこともあり、矢吹と22年3月、ダイレクトリマッチが締結。初戦と同じ京都市体育館のリングで寺地は鮮やかな3回KO勝ちを飾りリベンジ。王者に返り咲く。

 8ヵ月後、WBAスーパー王者の京口と対決する前、専門家、ファンの勝敗予想は真っ二つに割れていた。それほど両者の力は拮抗し、ゴングが鳴ってみないとわからないと思われた。私は試合前、WBO王者ゴンサレスに予想を聞く機会があったが、彼は「キョウグチが勝つ」と断言した。ところが年間最高試合に選ばれた一戦で寺地は一世一代の出来を披露。7回TKO勝ちで京口をストップし、それまでのキャリア最大の戦いを制した。

ブドラー戦翌日の会見。右は父の寺地永氏(元ОPBP・L・ヘビー級王者)。左は加藤健太トレーナー(写真:ボクシングビート)
ブドラー戦翌日の会見。右は父の寺地永氏(元ОPBP・L・ヘビー級王者)。左は加藤健太トレーナー(写真:ボクシングビート)

何だかんだ皆、打ち合いが好き

 第1次WBC王者時代の寺地は、いわゆるボクサーファイターと分類されたが、よりアウトボクシングに比重を置いて戦っていた印象がする。KO決着は少なくなかったが、ファンを虜にするKOパンチャーとは言い難かった。彼が変身するきっかけとなったのは矢吹との2連戦ではなかっただろうか。ブドラー戦の前、専門誌の取材で寺地は「みんな、何だかんだ打ち合いが好きなんでしょうね。最近は評価がいいので、やりがいを感じます」と心境を語っている。

 アマチュア時代から培ったテクニックにアグレッシブさを加味した寺地は剛力無双の雰囲気を漂わせる。WBC王座通算11度防衛は金字塔だ。ライトフライ級で4団体統一を狙うにしてもフライ級に活路を求めるにしても、内外ファンの関心度は上昇の一途をたどる。それでも私にとっての「ケンシロウ」はカーソンで見た軽快すぎるステップに集約される。あの残像がいつまでも頭から離れない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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