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なぜ井岡一翔vsロマゴンは消えたのか? WBOの思惑と2冠王者エストラーダ戦の可能性

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
WBO・S・フライ級王者チャンピオン井岡(右)(写真:アフロスポーツ)

締結間近だった黄金カード

 今月初め、WBO世界スーパーフライ級チャンピオン井岡一翔(志成)に対しWBOは元王者で現在1位のドニー・ニエテス(フィリピン)との指名試合をオーダーした。交渉期間は30日。締結に至らないと入札に持ち込まれる。井岡とニエテスは2018年の大みそかにマカオでWBOスーパーフライ級王座決定戦を行い、ニエテスが2-1判定勝ちで戴冠。4階級制覇に成功した。内容は接戦で井岡にリベンジを期待するファンもいる。

 しかし世界的にはこのカードの関心は高くない。スペイン語メディア「ESPNデポルテス」や「ボクセオ・ムンディアル」に執筆し、映像にも出演するベルナルド・ピラッチ氏によれば、井岡vsローマン・ゴンサレス(ニカラグア=以下ロマゴン)の黄金カードが締結寸前だったという。井岡はその前にIBF王者ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)との2団体統一戦が既定路線だったが、アンカハスが2月、10度目の防衛戦で当時無名のフェルナンド・マルティネス(アルゼンチン)に敗れ無冠になった。それも影響し、俄然ロマゴンとの対決がクローズアップされた。

 ところがWBOは井岡に指名試合を強要。ひとまずロマゴン戦は消滅した。昨年10月、ニエテスと契約を結んだプロモーション会社「プロベラム」の後押しがあったと想像される。また軽量級4階級制覇王者のロマゴンはこれまで主にWBAとWBCタイトルを獲得し、WBOと疎遠だったことも影響したのかもしれない。平たく言えばWBOのロマゴンへの“嫉妬”である。ちなみにニエテスはミニマム級、ライトフライ、スーパーフライ級でWBO王者に君臨(フライ級はIBF王者)。その背景もWBOを動かしたとみる。

 それでもピラッチ氏は「井岡vsチョコラティート(ロマゴン)がキャンセルされたのは残念。40歳のニエテスと復活し全盛期の状態に近づきつつあるチョコラティートではファンの観戦意欲が大きく違う」と発言。タイトル承認団体(WBO)の横やりを非難する。そして「いつも裏切られるのはファンだ」とも。もっともな話である。ロマゴンにはWBA世界スーパーフライ級スーパー王者フアン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)との第3戦が待望されているが、日本ではもちろん、井岡戦の実現を期待するファンは世界中に存在するのだ。

エストラーダ(左)vsゴンサレス第2戦(写真:Matchroom Boxing)
エストラーダ(左)vsゴンサレス第2戦(写真:Matchroom Boxing)

低額入札の裏事情

 さて、同じくスーパーフライ級の指名試合として、WBAはエストラーダvs同級レギュラー王者ジョシュア・フランコ(米)を締結するように通達した。これは同じ階級にチャンピオンを乱造させて批判を浴びたWBAが昨年打ち出した王者減少方針の一環。エストラーダvsフランコは4月17日までが交渉期間だったが、まとまらず1日延長。そこでも締結せず翌19日、入札が行われた。そしてオスカー・デラホーヤ氏率いるゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)が唯一入札に参加。12万ドル(約1500万円)で落札した。

 昨年3月、大激闘の末ロマゴンとの第2戦を制してWBC王座を防衛、WBAスーパー王座を吸収したエストラーダ(42勝28KO3敗=32歳)はスーパーフライ級最強とも呼ばれる男。そのロマゴン戦では100万ドルのファイトマネーを得たと言われる。GBPが今回、提示した金額は入札参加資格の最低額で、WBAのルールによりエストラーダの取り分は9万ドル(約1125万円)、フランコは3万ドル(約375万円)。あまりの金額のギャップに驚かざるを得ない。エストラーダはメキシコのサンフェル・プロモーションズとストリーミング配信DAZNと契約し、フランコはトップランク社のサポートでリングに上がる。しかしサンフェル・プロモーションズもDAZNのイベントを仕切るエディ・ハーン・プロモーター(マッチルーム・ボクシング)そしてトップランクも入札をスルー。第三者のGBPが開催の権利を獲得した。

 GBPの関係者によると、同社はエストラーダと彼の陣営に対し、条件の改善を打診する余地があるという。「入札は入札。実際はもっと上積みしますよ」ということなのか。当然だろう。どう考えてもロマゴン戦の10分の1以下の報酬でエストラーダが応じるはずはない。ベルトホルダーのフランコ(18勝8KO1敗2分=26歳)も同様だ。

不遇に見舞われるエストラーダ

 このミステリーじみた入札に関して前出のピラッチ氏は「WBAに責任がある」と語るが、漁夫の利を得たかたちのGBPへのブーイングも聞こえる。同社が擁するライト級の人気選手ライアン・ガルシア(米)と対戦を希望するメキシコのスラッガー、イサック・クルスに最近GBPは100万ドルのオファーを送ったという。

 一方、米国の著名ボクシング記者ダン・ラファエル氏は「ハーン・プロモーターは、もはやエストラーダに関心が薄らいでいる」と記している。エストラーダが3月5日に組まれたロマゴンとの第3戦をキャンセルする原因となったCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)から回復しているのは間違いないが、これまで述べた事情からモチベーションの低下が心配される。フランコ戦の入札後エストラーダは、もう一つ保持するWBC王座の防衛に専念するのではとも噂された。しかしこれもすんなり運びそうにない。

フランチャイズ王者は閑職

 エストラーダはロマゴンに勝って2冠王に君臨した後、WBCから「フランチャイズ王者」にシフトされた。現在WBCフランチャイズ王者にはスーパーミドル級のサウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)とライト級のジョージ・カンボソス(豪州)が君臨する。2人とも4団体統一王者、アンディスピューテッド(比類なき)王者と畏怖される。

 しかしエストラーダのフランチャイズ王座はロマゴンとの第3戦を優先させるため、指名挑戦者シーサケット・ソールンビサイ(タイ)との防衛戦を先送りする目的で講じられた応急処置。名称だけで実質、無価値な王座で、WBC世界スーパーフライ級王者はフランコの実弟、ジェシー・ロドリゲス(米=15勝10KO無敗)と見なされる。エストラーダの場合、フランチャイズ王者は格上ではなく、休職、閑職に追いやられた印象が強い。

軽量級版ゴロフキンvs村田

 ロドリゲスはGBPとDAZN傘下の選手。GBPが入札に参加したのはロドリゲスとフランコ兄弟の防衛戦をダブルヘッダーで開催したい意向があるからだと言われる。すでに6月あるいは7月、米国カリフォルニア州かラスベガスで挙行したいと発表している。もし、エストラーダvsフランコが正式決定すると前者は実績に反して引き立て役の立場を余儀なくされるだろう。

 いっそのこと、井岡vsエストラーダの統一戦はどうだろうか。両者がフライ級王者時代だった時、話が持ち上がったことがある。井岡は4階級制覇王者、エストラーダは2階級で統一王者に就いた。年月を経てもまったく色あせないカード。それが2人のゴージャスなリングキャリアを象徴する。軽量級のゴロフキンvs村田版と言ったら語弊があるだろうか。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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