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井上尚弥のライバル、カシメロ王座はく奪危機 プロ意識欠如による茶番劇の舞台裏

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
英国でWBOバンタム級正規王者に就いた時のカシメロ(写真:ロイター/アフロ)

ユーチューブで発覚

 WBO世界バンタム級王者ジョンリール・カシメロ(フィリピン)の王座が風前の灯火となっている。カシメロ(31勝21KO4敗。33歳)は22日(日本時間23日)英国リバプールで指名挑戦者ポール・バトラー(英)との仕切り直しの防衛戦が組まれていたが、試合を管理するBBBofC(英国ボクシング管理委員会=英国コミッションに相当)のプロトコル(要綱)に接触すると判断され、出場が取り消された。直接の理由は減量のためにサウナを使用したことだった。

 BBBofCは健康上の理由で試合間近のサウナの使用を禁止している。不覚にも私は知らなかった。これまで取材したボクサーは減量のため、とくに試合間近にはサウナは必需品だと思っていたが、英国では違っていた。それがBBBofCに知れたのはカシメロがユーチューブで映像をアップしたためだという。その後非公開にしたらしいが、致命傷となってしまった。

 昨年12月、アラブ首長国連邦ドバイで予定されたバトラー戦を急病を理由にキャンセルしたカシメロは、その時点では王座はく奪を免れたものの、英国入りしてからの挙動に厳しい目が向けられていた。ドバイで急病(胃炎と診断された)のため計量をスルーしたことで今回、公式計量(21日に予定)を前に2度の体重チェックが行われることに。3日間で10ポンド(約4.5キロ)落としたカシメロはサウナ使用が明るみになり、リングに上がるには不適切だと判断された。

幻となったカシメロvsバトラーのバナー(写真:mtkglobal.com)
幻となったカシメロvsバトラーのバナー(写真:mtkglobal.com)

代役はすでに待機

 カシメロの2度にわたる醜聞で割を食ったバトラー(32勝15KO2敗。33歳)は代役とWBOバンタム級暫定王座決定戦を行う運びとなった。相手はカシメロと同じフィリピン人のジョナス・スルタン(18勝11KO5敗。31歳)。昨年10月、無敗のホープ、カルロス・カバジェロ(プエルトリコ)とのダウン応酬戦を制して再浮上したスルタンは2017年にカシメロに判定勝ちした実績がある。しかし翌年、IBF世界スーパーフライ級王者ジェルウィン・アンカハス(フィリピン)に挑戦し大差の判定で敗れている。

 そのスルタン、すでに1週間前から英国に滞在。主催者はカシメロの離脱を予期していたかのように事前に招へいしていたのだ。手回しがいいのだが、カシメロのコンディションが相当、疑われていたことの証拠に思える。スルタンはMP(マニー・パッキアオ)プロモーションズ所属の選手でマネジャー兼プロモーターはショーン・ギボンズ氏。カシメロも最新試合、昨年8月のギジェルモ・リゴンドウ(キューバ)戦まで、ギボンズ氏と揺るぎないタッグを組んでいたのにいったいどうなったのか?

身から出たサビ

 カシメロvsリゴンドウを取材し試合後の記者会見に顔を出すとステージ上でギボンズ氏、カシメロが言いたい放題。メディアが井上尚弥(大橋。WBAスーパー・IBF世界バンタム級統一王者)との統一戦を煽ると、「イノウエの自宅で対戦してもいいよ。彼のアドレスを送ってくれ」(ギボンズ氏)、「モンスターをぶっ倒す!楽な仕事だ」(カシメロ)と豪語。コンビに亀裂が入ることなど想像できなかった。

 カシメロの凋落の発端はギボンズ氏のアドバイスを拒否したことだった。それまでカシメロは米国でトレーニングを実行していたが、独断でフィリピンへ帰国。長年キャリアを導いたノイノイ・ネリ・トレーナーと決別。兄のジェイソンをチーフトレーナーに迎える。同時に結果を出していたコンディショニングコーチのメモ・エレディア氏と別れ、フィリピン人コーチ兼アドバイザーを迎えた。

 エレディア氏は陰で「ドーピングの帝王」と呼ばれるお騒がせの人物だが、トレーナーとして腕は一流。MPプロモーションズの社長でもあるギボンズ氏はカシメロが米国に留まり、ネリ、エレディア両トレーナーの下で来るべき井上とのビッグファイトに突き進む構想を描いていた。しかしギボンズ氏に背いたことでカシメロのキャリアは暗転する。

自社の入札不参加でモチベーション低下

 昨年10月、指名試合から遠ざかっていたカシメロに対しWBOはバトラーとの一戦を通告。開催権利は入札に持ち込まれ、旗揚げしたばかりの米国の「プロベラム」が落札した。入札に参加したのは同社のみ。本来、カシメロをバックアップすべきMPプロモーションズもバトラーをサポートするMTKグローバルも名乗りを上げなかった。一方的に去って行ったカシメロに対し不快感を表したMPプロモーションズは意識的に入札参加を拒絶した。

 プロベラムが提示した金額は10万5000ドル(約1190万円=当時のレート。以下同様)。入札参加資格の最低額10万ドルを5000ドル上回っただけだ。プロベラムは元ゴールデンボーイ・プロモーションズのCEO、リチャード・シェーファー氏が昨年創立した興行会社。同社のエースは井上、カシメロの宿敵WBC王者ノニト・ドネア(フィリピン)。そのあたりの背景もリング外の駆け引きの熾烈さを物語る。

 それにしても落札金額が低すぎる。WBOのルールにより、王者が75パーセント、挑戦者は25パーセントが取り分となり、カシメロの配分は7万8750万ドル(約890万円)、バトラーは2万6250万ドル(約300万円)。リゴンドウ戦で17万5000ドル(約2000万円)の報酬を得たカシメロは大いに不満を表した(リゴンドウの報酬は20万ドル。約2260万円)。昨年、薬物検査の実施をめぐって確執が生まれ試合が流れたドネアからも「カシメロは少なくともその4倍ぐらい稼げるはずだ」と同情されたものだ。ついでながらギボンズ氏はMPプロモーションズが入札に参加しなかったことを後悔している。

ギボンズ氏をはさんでカシメロとドネア(写真:SPIN.ph)
ギボンズ氏をはさんでカシメロとドネア(写真:SPIN.ph)

井上との一騎打ちは絶望

 プロボクサーにとってファイトマネーは死活問題。カシメロのモチベーションが急激に低下したことが推し量れる。だがプロボクサーだからこそ、たとえ条件が悪くともコンディションを整え、リングで勇姿を披露することが求められる。薬物疑惑から端を発したカシメロの数々の失態はプロとしてあるまじき行為と言える。

 そのたびに最悪のケースを回避してきたが、ついにタイトルを失うことは避けられそうにない。今後よほど改心して立ち直らないとこのままトップシーンから消えてしまう心配も出てくる。ライトフライ級、フライ級そしてバンタム級で3階級制覇を達成したカシメロ。ライトフライ級はアルゼンチンで、フライ級は中国で、そしてバンタム級暫定王座を米国、正規王座は英国と敵地で堂々ベルトを獲得した。アウェーで滅法強かったフィリピーノは南アフリカ、ニカラグア、メキシコ、パナマのリングにも上がっている。

 その栄光が崩れかかった今、彼は何を希望に再起を目指すのか?今となっては、井上とのチャンピオン同士の一戦が絶望になったことが悔やまれる。それともいつか、2人が階級を上げてリングで相みるのか。英国からのニュースが彼のキャリアの終焉でないことを祈りたい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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