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急きょマニー・パッキアオの対戦相手に 井岡一翔の参謀と組むキューバ人が選ばれた事情

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
ワイルドカードジムで練習に励むパッキアオ(写真:MP Promotions)

眼疾から復帰を誓うスペンス

 フィリピンの英雄、6階級制覇王者マニー・パッキアオと今月21日ラスベガスで対戦する予定だったWBC・IBF統一ウェルター級王者エロール・スペンスJr(米)が10日(日本時間11日)出場できないことが判明した。前日、試合を管轄する米ネバダ州アスレチック・コミッションが実施したメディカル検査でスペンスは左目の網膜裂孔と診断されたためだ。眼疾はボクサーの職業病でキャリア終焉の危機になりかねない。ただし網膜剝離よりも軽傷と推測され、スペンスは即手術を行い、回復に努めたいと言っている。

 突然のスペンスのリタイアで、パッキアオはWBAウェルター級スーパー王者ヨルデニス・ウガス(キューバ)と対戦することになった。ウェルター級最強の座をWBO王者テレンス・クロフォード(米)と争い、パウンド・フォー・パウンド・ランキングでも上位を占めるスペンスと比べ、大物度では劣るものの、パッキアオがブランク中に取り上げられたスーパー王者に昇格したウガスは、パッキアオにとり「失地回復」のモチベーションを刺激される相手と認識される。

アマチュア王国キューバのエリート

 今回の東京五輪、ボクシング競技男子で4個の金メダルを獲得したアマチュア王国キューバ。ウガスも北京五輪ライト級銅メダリストの実績を持つ元エリートアマだった。1986年7月14日、キューバのサンティアゴ・デ・クーバに生まれたウガスがグローブを握ったのは6歳の時。「家庭は貧しく、家に屋根もなかった」という貧困から脱出するのが目的だった。

 アマチュアの国際大会ではクロフォードをはじめ、フランシスコ・バルガス(メキシコ)、ホセ・ペドラサ(プエルトリコ)、ジュリアス・インドンゴ(ナミビア)、サダム・アリ(米)など後にプロで世界チャンピオンに就く選手を破った実績を持つ。五輪銅メダル以外でも2005年の世界選手権優勝、07年のパン・アメリカン競技大会優勝(いずれもライト級)などの業績を打ち立て、10年、米国へ亡命を決意。メキシコを経由して入国し、マイアミを拠点にプロキャリアをスタートさせた。

 10年7月にプロデビューすると主にウェルター級の体重でリングに上がり11勝5KO無敗をマーク。しかし12年3月、ジョニー・ガルシア(米)との無敗対決で2-1判定負けで初黒星。その後4連勝したが14年2月、カリフォルニアで地元選手とWBCスーパーライト級の地域タイトルを争い、これも2-1判定負け。同年5月、その後世界タイトル戦に出場したアミール・イマム(米)に3-0判定負けで連敗。キャリアの底を経験する。

長いブランクから再起

 失意のウガスはここで2年3ヵ月リングから遠ざかる。引退も頭に浮かんだというウガスを立ち直らせたのは同じキューバ人の名トレーナー、イスマエル・サラス氏だった。現在WBOスーパーフライ級王者井岡一翔(志成)のチーフトレーナーも務めるサラス氏に弟子入りしたウガスはマイアミから同氏がジムを運営するラスベガスへ移動。当時、同氏が指導していた元3階級制覇王者のホルヘ・リナレス(帝拳=ベネズエラ)やスーパーライト級とライト級で世界王者に就いた同胞ランセス・バルテレミー(キューバ)とのジムワークで力を蓄えていった。

 サラス氏の意向でクラスをウェルター級に戻したことも功を奏した。7ポンド軽いスーパーライト級では減量が苦しかったという。加えてジムワークのメニューが一新し、彼に活力を与えた。そして何よりもウガス自身の再起にかける強い意志が這い上がる原動力となった。

 2016年8月、現WBAウェルター級レギュラー王者ジャマル・ジェームス(米)に10回3-0判定勝ちして復帰すると18年9月の世界ランカー、カルロス・ミゲル・バリオヌエボ(アルゼンチン)まで8連勝をマーク。その中には13連勝中だった常連ランカー、レイ・ロビンソン(米)に7回TKO勝ちした一戦やクロフォードに挑戦歴があるトーマス・ドゥローメ(プエルトリコ)を下した星も含まれる。

名将サラス氏とのタッグで打倒パッキアオを目指す(写真:Sean Michael Ham/TGB Promotions)
名将サラス氏とのタッグで打倒パッキアオを目指す(写真:Sean Michael Ham/TGB Promotions)

ラッシャー、ポーターに惜敗

 今までのキャリアのハイライトは8連勝の余勢を買って当時のWBCウェルター級王者ショーン・ポーター(米)に挑んだ19年3月の試合だろう。その後スペンスと激闘を演じるポーターと接戦を繰り広げたウガスは最終12ラウンドにノックダウンを奪ったように見えたがレフェリーはスリップと判断。結局ジャッジ一人が117-111でウガスを支持したものの、他の二人は116-112,115-113でポーター。2-1判定でポーターが防衛に成功した。

 この一戦、コンピュータ集計による総パンチのヒット数とジャブのヒット数でウガスはポーターを上回った。「ポーターはとてもアグレッシブな選手だけど私の勝利は疑いがない。今夜、私は試合を盗まれた。1ラウンドから彼を分析し試合を支配したのはこちらだ」とウガスは悔しがった。

 以後、元WBCライト級王者オマール・フィゲロア(米)に完勝するなど2連勝。昨年9月、強打者アベル・ラモス(米)との王座決定戦で判定勝ち。念願のメジャータイトル、WBAウェルター級レギュラー王者に君臨した。判定は2-1と割れ、ウガスを支持した2ジャッジのスコアも小差だったが、ウガスの勝利は動かないものに思えた。

脱毛症に悩む

 プロ10年目で戴冠したウガスは前述のようにパッキアオの後釜に座るのだが、一部のファンから「スーパーチャンピオン昇格はラッキーそのもの。大きな実績がないのに昇進し過ぎだ」と非難を浴びるハメになった。その中には彼を中傷するツイートもあり、ナイスガイのウガスはストレスがたまり、脱毛症に悩まれたと告白している。

 だが、スペンスの代役とはいえ、現役レジェンドのパッキアオの挑戦を受けることで悩みは解消されたもようだ。

アベル・ラモス(左)を破り王者に就いたウガス(写真:Sean Michael Ham/TGB Promotions)
アベル・ラモス(左)を破り王者に就いたウガス(写真:Sean Michael Ham/TGB Promotions)

名将サラスとのコンビ

 「グレートな複数階級制覇チャンピオンのマニー・パッキアオと戦えることに誇りを感じる。このチャレンジの準備は整っている。パッキアオをすごくリスペクトしているけど私は勝ちに行く。防衛戦に向けてサラス・コーチと特訓中にパッキアオ戦の話が飛び込んできた。彼と綿密な作戦を立ててパッキアオがリングに持ち込むすべてに対抗したい」

 同じ8月21日、フロイド・メイウェザーとの2戦で名を上げたマルコス・マイダナ(アルゼンチン)の実弟ファビアン・マイダナと対戦する運びだったウガスは即座にパッキアオとの対決になびいた。パッキアオにとっても試合(イベント)中止を回避するために、そして2年の空白を埋める意味で今、最適な相手がウガスではないか。

 決戦まで10日。最近、住民の間で暴動が発生したキューバ。「私は国を愛している。自由のために戦うすべての男女にこの試合をささげる」(ウガス)。もうじき35歳を迎えるキューバ人はビッグネーム相手にどんな戦いを披露してくれるだろうか。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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