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こんなことがあるのか?将来、井上尚弥と対戦も予想された連続金メダリストがプロ初戦で負けた!

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
いきなりダウンを喫したラミレス(写真右)(Photo:Top Rank)

ダウンを奪われペース乱す

 ロベイシー・ラミレス(キューバ)。2012年ロンドン・オリンピックでフライ級優勝、4年後のリオデジャネイロ五輪ではバンタム級を制したエリート中のエリート。それぞれ決勝で下したツグスソク・ニャンバヤル(モンゴル)、シャクール・スティーブンソン(米)はプロ転向後順調にキャリアを進め、現在世界王者に接近中。天才サウスポー、ラミレス(25歳)の実力を裏づける。

 しかし「アマチュアに限定」という注釈が付きそうだ。先週土曜日10日(日本時間11日)米フィラデルフィアのリーコーラス・センターで行われたプロデビュー戦でラミレスは無名選手アダン・ゴンサレス(米)に2-1のスプリットデシジョンながら判定負け。「ここ10年のボクシングで最大の番狂わせ」という声も上がる衝撃がはしった。

 試合はフェザー級4回戦。初回、ゴンサレス(22歳)の左フックを食らったラミレスはロープ際まで飛び、両グローブを着きノックダウンを取られる。ペースを崩されたキューバ人は、この日まで4勝2KO2敗2分のゴンサレスに打ち合いに引き込まれ苦戦。途中、右フックや左ボディー打ちを決めるシーンもあったが、荒っぽい相手の右でのけ反らされ、左アッパーを浴びるなど押し込まれ、公式スコアカードは40-35、39-36(ゴンサレス)、38-37(ラミレス)でデンバー出身のゴンサレスの手が上がった。

鳴り物入りの初陣

 よく「プロとアマチュアは別物」といわれ、「ボクシングのプロとアマはテニスとバドミントンほどの違いがある」と言った世界チャンピオンがいた。それでも鳴り物入りでプロに転向したラミレスがまさか初陣で負けると予想した人は限りなくゼロに近かったはず。WBAミドル級王者に復帰した村田諒太(帝拳)は記念すべきプロデビュー戦で当時のOPBF(東洋太平洋)ミドル級チャンピオン柴田明雄(ワタナベ)に2ラウンドTKO勝ちを飾った。同じ大会(ロンドン)で金メダルに輝いたラミレスにはまさに悪夢だったとしか表現できない。

 ラミレスは昨年、大会で遠征中のメキシコで亡命。トレーニングしながらプロ転向のチャンスをうかがっていたが具体化せず。米フロリダに移り、今年、大手プロモーションのトップランクと契約。それから約3ヵ月後に今回のデビュー戦が実現した。

 新人選手、とりわけアマチュアのトップだったボクサーのスカウティングと育成に定評があるトップランクにすれば、この結果はもっての外、極論すれば赤っ恥をかいたと言える。なぜこんなアップセット(番狂わせ)が発生したのだろうか?

コンスタントに手数を繰り出すゴンサレス(写真左)に後手に回るラミレス(Photo:Top Rank)
コンスタントに手数を繰り出すゴンサレス(写真左)に後手に回るラミレス(Photo:Top Rank)

トップアマの初戦は試練

 タラレバは禁物だが、もし試合が6回戦だったら、ラミレスが盛り返して逆に2-1判定勝利をモノにしていた可能性がある。4回戦は正味12分間の勝負で、スタートダッシュした方が優位に立てる。その意味で初回に喫したダウンはラミレスに致命傷となった。相手のゴンサレスはすでに6回戦を3度経験しており、マッチメーク的に可能だったと思われる。もっともプロモーター(トップランク)が4回戦をセットし、ラミレスがそれを承諾したわけだから弁解はできない。

 また相手のセレクトにも甘さがあったのかもしれない。ゴンサレスは手数が豊富なノンストップ戦法で挑んできた。それをさばき切れなかったラミレスはアマチュアではあまり露呈しなかった弱点をさらけ出した。それでなくともエリートアマのデビュー戦の相手に抜擢された選手は燃える。日本でもメキシコ五輪銅メダリストの森岡栄治、後に“KO仕掛人”として世界王者に君臨するロイヤル小林もプロ初陣で苦戦した例がある。

 そしてウエート。アマチュアでフライ級、バンタム級でオリンピック連覇を達成したラミレスが選択した階級はフェザー級。126ポンドリミット。前日の計量でラミレスは125ポンド(56.70キロ)を計測(ゴンサレスは125ポンド1/4(56.81キロ)だった)。ラミレスは実戦から遠ざかり、トレーニング中に肉付きがよくなり増量したようだ。それに反してスピードが落ち、今回の試合を見る限りパワーアップした形跡が見当たらない。再起戦は「118ポンド(バンタム級)ぐらいまで落とした方が得策ではないか」という意見も聞かれる。

責任はトレーナー?

 ESPNが全米に中継した試合で解説を務めた元スーパーライト級&ウェルター級王者ティモシー・ブラッドリーのコメントが辛辣。「ラミレスはまだプロデビューできる段階でなかった。新しいチームを探した方がいい。(試合の出来は)ひどいものだった。2ラウンドから早くも疲れてしまった。それにジャブをほとんど使わなかった。いきなり倒されたのにすぐに対応策を講じなった」(ブラッドリー)

 直接、名前は出さなかったが、批判の矛先はチーフトレーナーのロブ・メンデスという人物に向けられた。それでもブラッドリーは「あの子(ラミレス)はそれなりに才能があることを披露した。このスポーツを熟知している、いいコーチの助言があれば今後、期待できる」とフォロー。誰が今後ラミレスを受け持つかにも注目が集まるだろう。話題に上がった、将来、井上尚弥との対決も全く夢物語とは断言できない。

著名ボクサーも負けていた

 さて、ESPNのメインライター、ダン・ラファエル記者によると、プロで大成しグレートな存在に上り詰めた選手でもプロ初戦で敗北を喫した選手は少なくないという。以下に列挙してみよう。

ヘンリー・アームストロング・・・デビュー戦は3回KO負け。プロ最初の5試合で4度負けたが、1930年代にフェザー級、ライト級、ウェルター級を同時に制覇。歴代パウンド・フォー・パウンド・ランキングでシュガー・レイ・ロビンソンに次ぎ2位を占める。

バーナード・ホプキンス・・・デビュー戦は2-0判定負け。しかしミドル級王座を20度連続防衛。ライトヘビー級も制し歴代最年長世界王者に君臨したレジェンド。

フアン・マヌエル・マルケス・・・デビュー戦は不運もあり初回失格負け。だがフェザー級、スーパーフェザー級、ライト級で世界王者に就き、パッキアオと4度対戦し勇名をはせる。メキシコ人オールタイム・ランキングで上位を占める。

ウィルフレド・バスケス・・・日本のリングでも猛威を振るった元バンタム級、スーパーバンタム級、フェザー級3階級王者。デビュー戦は判定負けだったがプエルトリコを代表する選手の一人。

ジョニー・ネルソン・・・デビュー後3連敗。しかしクルーザー級王者に君臨し、13度防衛でクラスのレコードを樹立した英国人。

オルランド・サリド・・・デビュー戦は4回KO負けだったが、フェザー級、スーパーフェザー級王者に就く。好戦的な戦法で、現役最強ボクサー、ロマチェンコに黒星をつけたメキシカン。

ピピノ・クエバス・・・ウェルター級王者に4年間君臨したメキシコのスラッガー。02年に殿堂入り。デビュー戦は2回TKO負けだった。

メキシコの英雄の一人フアン・マヌエル・マルケスもデビュー戦で負けていた(Photo:Boxing Scene.com)
メキシコの英雄の一人フアン・マヌエル・マルケスもデビュー戦で負けていた(Photo:Boxing Scene.com)

 現役選手でも“ロマゴン”ローマン・ゴンサレスに連勝し再戦では鮮やかなKO勝ちをマークした前WBCスーパーフライ級王者シーサケット・ソールンビサイも日本で行ったデビュー戦はKO負け。また現IBFスーパーフェザー級王者テビン・ファーマーもデビュー戦は4回ストップ負け。プロ8戦まで4勝3敗1分と低迷した。

プロは別物

 ラミレスも皮肉な意味で彼らの後を追い、未来が拓けるかもしれない。ちなみにコンピュータ集計のパンチ・スタッツはトータル・パンチでラミレスが161発中51発、ゴンサレスは262発中43発。ジャブでラミレスが41発中9発、ゴンサレスは79発中3発。パワー・パンチでラミレスは120発中42発、ゴンサレスが183発中40発と的中率ではいずれもラミレスが優勢だった。

 とはいえゴンサレスが勝利を得た事実がプロフェッショナルの戦いであったことを印象がづける。やはりプロとアマチュアは本質的に違うのだ。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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