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ドネアがWBSSへかました一発。そして打倒・井上尚弥の計略とは?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
モンスターvs閃光。対決は11月か(Photo:Gallo Images)

決まらない日程に嫌気

 「何としてもファイトしたいんだ」

 ラスベガスのボクシング・メディアが流した映像でノニト・ドネア(フィリピン)は切実に訴えた。5階級制覇王者で現WBA世界バンタム級“スーパー”王者ドネアはWBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)決勝で“モンスター”井上尚弥(大橋=WBA同級“レギュラー”&IBF統一王者)と対決する。しかし先週、彼は決勝のスケジュールがいまだに未定という現状への疑念からトーナメントを降りる可能性を明かした。

 WBSSの出場選手が辞退の可能性を表明したのは初めてではない。バンタム級と同時進行のスーパーライト級で今年上旬、前IBF王者イバン・バランチク(ベラルーシ)のマネジャーが報酬未払いを理由に準決勝に進出した同選手を降ろすと発言。スポンサー収入などWBSSの財政問題が表面化した。

 しかしWBSSとバランチク側の契約は有効で、途中離脱は難しくファンの圧力もあり問題は解決。井上vsエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)のリングでバランチクは地元グラスゴーのジョシュ・テイラー(英)と戦った。ただそれですべてが片付いたわけではなかった。ドネアと準決勝で対戦するはずだったゾラニ・テテ(南アフリカ=WBOバンタム級王者)が右肩の負傷を理由にトーナメントを棄権したのだ。ドネアは急きょ代役に抜擢された中堅ランカー、ステフォン・ヤング(米)を左フック一撃でKO。会場で観戦したテテの負傷の具合は不明なため条件(ファイトマネー)に不満があったとも推測される。

 ドネアが今回、辞退をほのめかした事情も報酬にあるのでは?というツッコミもできる。だが同じ映像でドネアはそれをはっきりと否定している。「マネーに関して彼ら(WBSSのオルガナイザー)は常に正当な対処をしている」(ドネア)。彼が追及するのは一向に発表されないスケジュールだ。「(トーナメントの)期間は6月か7月に終了すると予測された。でももう7月下旬。私は9月まで待ってもいい。でも現時点ではそれも無理だろう。もし彼らが適切に対応できなければ、私は別の相手と戦うことになるだろう」と語気を強めた。

プロモーターの交渉力に疑問

 これはハッタリ、悪く言えば脅しとも取れるが、ドネアのアピールに圧倒されるようにWBSSのメインプロモーター、カレ・ザワーランド氏は「11月上旬に決勝を行う。スケジュールは近々、発表する」とツイッターで発信。井上本人と大橋秀行会長をはじめ陣営もストレスが充満していたに違いない。スーパーライト級を含め決勝に勝ち残った関係者たちの不満を代弁してぶつけたドネアはやはり人徳者といえるだろう。

 さて結果的にドネアがWBSSに働きかけることになった段階で彼は「私のプロモーターと協議し何度もWBSSと折衝したけど、しかるべき回答は届かなかった」と告白している。私のプロモーターとは「リングスター・プロモーション」のリチャード・シェーファー氏を指す。同氏は元ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)CEOで短期間でGBPを大手プロモーションにのし上げた業績がある。GBPのトップ、同社の顔であるオスカー・デラホーヤ氏の右腕的存在だった。

 デラホーヤ氏と確執が生じ、GBPから離脱した同氏はしばらく充電期間を置いた後、業界に復帰。2017年にWBSSが船出した時、ザワーランド氏や同じくWBSSを運営するイベント会社コモサの重役とともに重要ポストの一人に名を連ねた。具体的にはアメリカ大陸の責任者に任命された。

シェーファー氏(写真左)とコンビを組んだばかりのドネア(Photo:Ring Star Sports)
シェーファー氏(写真左)とコンビを組んだばかりのドネア(Photo:Ring Star Sports)

 だがWBSSはセカンドシーズンに入っても米国開催は数えるほどだ。トーナメントのメインステージとなっている欧州や井上vsパヤノを開催した日本と比べ、本場アメリカでは今一つ盛り上がらない。これは米国担当のシェーファー氏の力不足だと業界で噂される。GBPで手腕を発揮した同氏だが、独り立ちすると自前の興行が開催できず苦労している。ドネアは同氏に責任を押しつけることはないが、内心、不満を抱いているのではないだろうか。WBSSとのネゴシエーションがスムーズに運ばなかったのはシェーファー氏の交渉力にも一因がある。

履歴書では自分が上

 このように状況は予断を許さないものがあるが、WBSSの通達どおり、モンスター井上vsフィリピーノ・フラッシュの対決は11月挙行に落ち着きそうだ。ドネアは待っても9月までと主張するから2ヵ月も延びるのは本望ではない。だが、やむを得ず承諾すると思われる。フライ級からフェザー級まで制した彼は、誰もが予想しなかったバンタム級にUターンして世界王者に復帰し、パウンド・フォー・パウンド・ランキングでトップをうかがうまで上昇した井上を迎える。

 今の井上を前にすると誰もが不利の予想を免れないだろう。ドネアは実績があるが、すでに36歳。本人も「私は死んだ男と言われている」と自嘲気味に話す。だが絶対不利の下馬評がモチベーションアップにつながることも事実。「予想というものは時々、真実と反することがある」とモンスター対策に余念がない。

 「試合はまだ誰も見たことがない、彼(井上)自身も経験したことがないものになるだろう。彼がリングに上がれば相手は恐れおののいてしまう。彼はやりたいことを実行に移せるけど、私が打ち合いを恐れない男であることを忘れないでほしい。大きなフックの応酬にも応じられる」

 ファンを興奮させるコメントを発するドネア。「井上のベストパンチを食らったらどうする?」という意地悪な質問にも「私は後退のステップを踏む男ではない。同時に死んだふりをする男でもない。とてもデンジャラスな男だ。彼もベリー・デンジャラスだけど彼が今まで対戦した相手よりも私は大柄な選手と戦っている。それに11から12人の世界チャンピオンとグローブを交えている。彼にはまだその経験がない。レジメ(履歴書)では私が上。とてもエキサイティングだね」とまくし立てる。

写真右からラスベガスで鍛えるドネアとウーバーリ(WBC王者)とロイ・ジョーンズ氏(Photo:RJJ Promotions)
写真右からラスベガスで鍛えるドネアとウーバーリ(WBC王者)とロイ・ジョーンズ氏(Photo:RJJ Promotions)

カギはタイミング

 精神面や過去の実績を強調するドネアは一方で、もっと現実的な視点で来るべき戦いに備えている。それを引き出した映像メディアのZ記者の質問は秀逸だった。それは「ロイ・ジョーンズ(元パウンド・フォー・パウンド・キング。現在ドネアの共同プロモーター)、パッキアオそしてあなたが、若い選手に勝とうとした時、どう対処するのですか?“ハーフステップ”を失った時どうアジャストして戦うのですか?」というものだった。

 “ハーフステップ”とは文字通り相手に対して半歩踏み込めなくなったという意味もあるようだが、知り合いのアメリカ人に聞くと「フィジカルアドバンテージ」のことだと指摘された。具体的にはスピード、パワーなどを指すのだという。

 それに対してドネアは「天才と呼ばれたボクサーや特別な存在だった選手はスピードや他の素質が衰えてもすぐに認めたくないものだ。その代わり強引にスピードで対抗したりパワーで押し込もうとする。もう通用しないというのにね。それでも何度かそんな経験を積むとボクシングの奥行きを深めることができる。自分より若い相手に勝つカギは(パンチの)タイミングだよ。それを体得できれば安泰といえる。自分の面倒を見てくれる人が見つかったようなものだ。なぜなら成長した選手になったからだ。それも抜群のタイミングでね」と語った。

 ドネアの発言の主語は二人称(あなたは、君は)だから話が客観的な印象がする。とはいえ表情は余裕に満ちている。もしかしたら本人も“変身”を感じているのかもしれない。米国でも井上とリングに立つ勇気が称えられる中、フィリピンの閃光は敢然たるオーラを放っている。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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