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ヘビー級ビッグ3戦線いよいよゴング。ワイルダーvsヒューリーはどんな結末に?

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
試合3日前の会見で火花を散らすヒューリーとワイルダー(写真:SHOWTIME)

 ロサンゼルスのダウンタウンにあるステープルズ・センターはバスケットボールNBAのLAレイカーズ、LAクリッパーズ、アイスホッケーNHLのLAキングスの本拠地。その巨人たちがスキルとパワーを競い合う大アリーナで今週土曜日12月1日、ボクシングの世界ヘビー級タイトルマッチが行われる。これまで40勝39KO無敗の破壊的強打者WBC王者デオンタイ・ワイルダー(米=33歳)に3年前、当時長期王座に君臨していたウラジミール・クリチコを攻略して3団体統一チャンピオンに就いた奇才タイソン・ヒューリー(英=30歳)が挑戦する。ヒューリーもこれまで27勝19KOと無敗を誇る。

世紀の一戦の再現

 この対決が発表された時、私は1971年ニューヨーク・マジソンスクエアガーデンで挙行されたモハメド・アリvsジョー・フレージャー第1戦を思い浮かべた。ベトナム戦争への徴兵忌避問題で3年半の空白をつくったアリが当時の世界ヘビー級王者フレージャーに挑戦した一戦だ。東京五輪金メダルのフレージャーはこの時26勝23KO無敗。ローマ五輪の覇者アリも31勝25KO無敗。後世に語り継がれる「世紀の一戦」である。

 11年半にわたり王座に君臨、統一王者でもあったクリチコを下したヒューリーは試合後「彼は英国のアリか、ただの奇人か?」と言われた。マシンガントークで相手を挑発し、派手な身振り手振りで圧倒する。しかもヘビー級では希少価値のスキルを前面に戦うアウトボクサー。キャラクターもスタイルも往年のアリを想起させた。

 ところがクリチコとのダイレクトリマッチを再三、延期すると「英国のアリ」の称号は雲散霧消する。重大なアルコールとドラッグ依存症に陥り、ベルトを手放す状況に陥った。一時400ポンド(約181キロ)近くに膨らんだ体から現役引退説もささやかれた。リングに復帰するまで2年7ヵ月。6月と8月にノンタイトル戦を行い、カムバック3戦目でワイルダーに挑む。

 長期ブランクからの復帰という点でもアリと共通点があるヒューリーだが、アメリカ政府を向こうに回して戦った“ザ・グレーテスト”と自らの破滅でリングに上がれなかったヒューリーでは雲泥万里。同一視することはできない。それでも“スモーキン”(機関車)と呼ばれたフレージャーと“ブロンズ・ボンバー”(銅色の爆弾)ことワイルダーは超攻撃的という類似点が見出せる。両者のファイトスタイルが対照的なこともファンの観戦意欲を刺激してやまない。

3冠王者ジョシュア

 今が全盛期と推測されるワイルダーにはアメリカのヘビー級復権のミッションが託される。ヒューリーは間違いなく今までの最強の相手だが、ワイルダーに40個目のKО勝利が追加されれば、先達マイク・タイソンの域に近づくであろう。そして、その可能性は高い。多くのエキスパートが「途中までヒューリーの技巧とスピードが支配するが、最後はワイルダーが一撃で試合を終わらせるだろう」と予想する。

米国のヘビー級再興の使命を背負うワイルダー(写真:Esther Lin / SHOWTIME)
米国のヘビー級再興の使命を背負うワイルダー(写真:Esther Lin / SHOWTIME)

 その予想が当たればファンが待望する、ヘビー級トップ3のもう一人、3冠(WBA“スーパー”、IBF、WBO)統一王者アンソニー・ジョシュア(英=22勝21KO無敗)との4冠統一戦が再びクローズアップされる。“再び”というのはワイルダーvsジョシュアが一時、実現に向かっていたからだ。しかし残念ながら交渉は決裂。ワイルダー陣営はヒューリーにターゲットを変更した。

 ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルスをサーキットしたプレゼンツアーは“真のプロモーター”とか“コメディアン”と陰口を叩かれたヒューリーの独壇場。猛烈なトークで王者を挑発し、ワイルダーがキレて3会場とも最後は乱闘寸前になり、セキュリティたちが2人を取り押さえた。プレゼンだけ見ていると、英国の巨人はまさしく当代のアリと称していい。

ヘビー級のロマチェンコ&メイウェザー

 興味深いのは予想賭け率。専門家たちがワイルダーの豪快な勝利を支持しているのに対し、今日現在のオッズは5-3で王者と接近しているのだ。これは体格でヒューリーが有利なこともあるが、3年前とはいえ名王者クリチコを翻弄した実績が評価されている証拠だろう。身長206センチの英国人には「ヘビー級のロマチェンコ」というネーミングも冠される。ロマチェンコとはクリチコと同じウクライナ人で現在パウンド・フォー・パウンド最強の呼び声高いWBA世界ライト級王者ワシル・ロマチェンコを指す。

 またキャンプ地ビッグベアを降りてロサンゼルスのワイルドカード・ジムに練習の拠点を移したヒューリーはジムを主宰するフレディ・ローチ氏をチームに加えた。経験豊富な殿堂入りトレーナーとの合体は心強い。テクニックに磨きをかけるヒューリーは「ヘビー級でフロイド・メイウェザーばりのディフェンスを披露する」とうそぶく。

自慢のトークで会見を席巻するヒューリー。ニックネームは自身のルーツに関係する”ジプシーキング”(写真:Esther Lin / SHOWTIME)
自慢のトークで会見を席巻するヒューリー。ニックネームは自身のルーツに関係する”ジプシーキング”(写真:Esther Lin / SHOWTIME)

 オッズが接近しているのは、このあたりの背景が影響しているとみる。左右スイッチも自由自在なヒューリーが一旦ペースを握れば豪打を誇るワイルダーといえども苦戦すると予測される。パワーで劣るヒューリーだが、ノックアウトを狙うのが得策だと主張する記者もいる。具体的にはワイルダーがダッキングした際にアッパーカットを打ち込むのが有効打だという。そこで誰もがアッと驚くKOシーンが生まれるかもしれない。

 とはいえ私もワイルダーのKO勝ちを予想している。コンディションがベストに戻ったとアピールするヒューリーだが、どうしてもブランクの影響が気になる。もし自慢の右強打が最後まで爆発せず、12ラウンズの戦いに持ち込まれても手が上がるのはワイルダーのような気がする。WBC王者にはヒューリーとは異なる変則さ、意外性があり、アングル取りに向上の跡が見られる。フレージャーが痛烈なダウンを奪ってアリに判定勝ちした結末がよみがえる。

ジョシュア戦実現はPPVの結果次第?

 プレゼンや会見の“熱演”もあり前景気は上々と思われるヘビー級ビッグマッチ。なぜか水を差すような発言をしている人物がいる。3冠王ジョシュアのプロモーター、エディ・ハーンだ。「チケットの売れ行きは良くないらしい。もっと心配なのはペイ・パー・ビュー(PPV)購買件数だ」と周囲の盛り上がりに警鐘を鳴らす。

 サッカーの聖地、ロンドンのウェンブリースタジアムに8万から9万人の大観衆を集めるジョシュアに人気面でワイルダーとヒューリーはまだ敵わない。今回のワイルダーvsヒューリーの勝者がジョシュアと対決するシナリオだが、どちらが勝ち上がってもAサイド(主役。日本流の赤コーナー)を務めるのはジョシュア。そのせいでハーン氏は“上からの目線”になってしまうのだろう。

 英国メディアにハーン氏は言い切る。「ワイルダーvsヒューリーのPPV購買件数が30万件以下なら、ジョシュアvsワイルダーの報酬配分は80-20だ。もしジョシュアvsヒューリーなら90-10になるかもしれない」

 それだけジョシュアに比べワイルダーとヒューリーは一般ファンの知名度で劣り、ファイトマネーに反映すると言いたいのだろう。そして「PPVが40万件以下なら70-30、もし50万件以上なら60-40。100万件を超えたらワイルダーに50-50を用意する」(ハーン氏)

勝者との対決を待つジョシュアとエディ・ハーン・プロモーター(写真:Sporting News)
勝者との対決を待つジョシュアとエディ・ハーン・プロモーター(写真:Sporting News)

 一方でワイルダーvsヒューリーは結果はどうあれ、リマッチの契約が両陣営の間で締結されているという。そうなればジョシュアとの一騎打ちは、まだ先のことになる。ファンがもっとも渇望するのはジョシュアvsワイルダーだが、ハーン氏の意向も考慮すると、どうもすんなり実現する状況ではなさそうだ。

 何はともあれ、今回のロサンゼルス対決にヘビー級人気復活を印象づける好ファイトを期待したい。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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