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モハメド・アリの誕生日に花を添えたワイルダーのヘビー級王座奪取

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
右強打でスティバーン(左)を追い込むワイルダー

久々の米国ヘビー級王者

1月17日は“ザ・グレーティスト”元世界ヘビー級王者モハメド・アリの73歳の誕生日だった。アリは昨年12月20日、肺炎を発病し地元ケンタッキー州ルイビルの病院へ緊急入院。家族、関係者そしてファンを心配された。しかし症状が軽かったことで大事には至らず、年明けには無事に退院。9人いるアリの子供の一人で元女子チャンピオンのレイラ・アリがツイッターで発信したメッセージはけだし名言だ。「おかげさまで父は元気です。皆さんご存知のように彼はファイターですから」

さて同日ラスベガスのMGMグランドで行われたWBC世界ヘビー級タイトルマッチで米国期待のKOパンチャー、デオンタイ・ワイルダーが初防衛戦に臨んだバーメイン・スティバーン(ハイチ出身でカナダ国籍。米国在住)を破り、プロ33戦目でベルトを獲得した。冬の時代が続いていた米国のヘビー級。07年6月、シャノン・ブリッグスがスルタン・イブラジモフ(ロシア)に敗れてWBO王座を失って以来、7年半ぶりに最強のシンボル世界ヘビー級王座が本場に戻ったきた。

久々にヘビー級にスポットライトが当たったのは挑戦者のワイルダーがこの日まで32勝全KO無敗という驚異的なレコードの持ち主だったことが大きい。ただ、この戦歴は額面どおりに受け取っていいものかという疑念が周囲に渦巻いていた。ワイルダーはこれまで元オリンピック金メダリストや上記のブリッグスに王座を奪われた元WBOチャンピオン、あるいはヘビー級コンテンダーといった相手を倒しているが、あまりにもアッケなく決着がつき、果たしてどれくらい強いのか判断に窮するエキスパートが多かった。私はワイルダーが勝つと信じていたが、試合が近づくにつれ、著名ボクシング記者と呼ばれる人たちの中にもスティバーンを買う者が多く、決心が揺らいでいた。

世界へ衝撃を与えた

試合前、会場のスクリーンにはアリの現役時代の勇姿や近影が映し出され、対決ムードが高揚する。イベントのキャッチフレーズは“リターン・トゥ・グローリー”(栄光への復帰)。失われたヘビー級の威厳を取り戻すべく、米国の希望ワイルダーの両拳にかかるプレッシャーは甚大なものがあった。

両者のスタイルとハイアベレージなKO率から試合は九分九厘ノックアウトで決すると推測された。試合直前の予想賭け率は2-1に近い数字で挑戦者優位。だがスティバーンの邪悪な左フックが火を吹く可能性も十分。緊張感が張り詰める攻防の中、2ラウンド終盤ワイルダーの主武器、右が王者を急襲。脚がそろったスティバーンがタックル気味に抱き着き、両者がダイブする。ちなみにスティバーンは奨学金を得てアメフト選手として米国のミシガン州立大学でプレーした経験がある。

スリルを提供したワイルダーは、その後も右の大砲を放って優勢。対する王者はジリジリと距離を接近させながら挽回を図る。スティバーンにとって誤算はワイルダーのスキル、スタミナ、頑丈さを過小評価していたことだろう。スラッガーぶりが強調されるワイルダーだが、ボクシング競技米国最後のメダリスト(北京五輪ヘビー級銅メダル)の肩書が物語るテクニックの持ち主。左ジャブを突きながら右ストレートというパターンでポイント差を広げて行く。

5ラウンド以降は未経験のワイルダーだったが、スタミナに対する不安は危惧に終わった。7回、やはり右強打でチャンスをつくり、もう一歩でストップという場面を構築。試合のクライマックスだった。もしここで決着をつけていれば、マイク・タイソンのヘビー級最年少王座奪取に比肩するドラマとなっただろうが、今までノックダウン経験皆無のハイチ人はヒザを揺らしながらも折れることがなかった。そして次の8回には左右を痛打。だがアゴのもろさが不安視されたワイルダーはスマイルを浮かべて対応し全く動じない。

観戦者から見た不満は終盤、距離を置いたアウトボクシングに専念したことだ。ただこれは仕方ないといえば仕方ない。押され気味のスティバーンといえども一発で形勢が逆転するのがボクシング。初のビッグステージに立ち、米国ファンの期待を一身に浴びるワイルダーにすれば、勝利優先に走るのは致し方ないところだろう。私自身の採点は終盤の王者の反撃を考慮して116-112でワイルダー。オフィシャルスコアは差がつき、120-107,118-109,119-198と文句なく新チャンピオン誕生を告げた。

これまでビッグファイトのアンダーカードに出場することが多かったワイルダーは初めての主役に心地よさそう。試合後の会見で次から次へと流れるように言葉が出てきたのは、今までの鬱積した感情を解き放つように感じられた。笑顔もチャーミングで一言で言えば華がある男と映る。

「世界に自分がやれることを披露したかった。そして今夜それを実証したと思う。私に疑念を抱いていた人たちも納得しただろう。私は本当に4ラウンドまでに倒すつもりだった。でも私が(リングで)感じたものは彼がビッグパンチの持ち主だということ。だから長丁場になると思った。私はいつどこでも誰とでも戦う。ヘビー級にエキサイトさを取戻したかった。1年に3,4試合、防衛戦をやりたい。ハッピー・バースデー・モハメド・アリ。あなたは私のアイドル。この試合をあなたに捧げたい。それにこの週末はマーティン・ルーサー・キングの祝日がある。彼らは世界に衝撃を与えたが、私もショックを及ぼした・・・」

ちなみに会見を仕切ったのはスティバーンのプロモーター、ドン・キング。83歳の大御所は持ち駒の敗北で口惜しかったに違いない。試合前、もしスティバーンが勝てば、タイソンを引きずり出してタイトルマッチを組むとも発言していた。もちろんそんな破天荒なことは許されるはずはない。相変わらず変わり身の敏速なキングは、まるでワイルダーが自分の選手のように振舞っていた。それが新王者の魅力というものだろう。

華はあるが、今回の試合で花が咲いたとは言いがたい。どうしても次のファイトが見たくなる。あと3つある世界のベルトの保持者ウラジミル・クリチコ(ウクライナ)との4冠統一戦は、もう少し先か。会見を終えた勝者をMGMの通路で、地元アラバマのテレビクルーが追っていた。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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