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ミニシアターとともに日本の映画文化を豊かにしてくれた独立系配給会社に支援と感謝を

壬生智裕映画ライター
ジャン=リュック・ゴダール監督『女は女である』(1961年)

(『女は女である』(C)1961 STUDIOCANAL- EURO International Films S.p.A.)

■独立系の配給会社も存続の道を模索している

 新型コロナウィルスの影響で新作映画の公開延期、制作延期などが相次ぎ、映画業界が危機に直面している。特に直接、観客と対面することになるミニシアターの窮状は深刻で、その現状が大きく報じられた。そこで4月13日からは全国のミニシアターをクラウドファンディングで応援する「ミニシアター・エイド基金」プロジェクトが開始。最終日となった5月15日までの、およそ1カ月で総額3億3,102万5,487円を集めて終了となった。集まった金額は、参加団体数117劇場102団体に分配される予定とのことで、1団体あたりの平均額は306万円になったという。

 だが一方で、ミニシアターに上映作品を供給する独立系の映画配給会社も苦しい状況に追い込まれている。独立系の映画配給会社の業務内容は、上映作品を買い付け、日本全国での映画館に上映を依頼。そして劇場に観客が来るよう宣伝を行うというものだが、その収益の多くが映画館収入からということで、ミニシアターがなかなか通常営業できない現状ではそこから収益をあげることは難しい。

 しかし彼らは映画制作者、劇場と三位一体となって、個性豊かな日本の映画文化を支えてきた立役者である。だからこそミニシアターだけでなく、独立系の配給会社も存続の道を模索しなくてはならない。

「Help! The 映画配給会社プロジェクト」ロゴ(大寿美トモエ)、イラスト(Ayumi!)
「Help! The 映画配給会社プロジェクト」ロゴ(大寿美トモエ)、イラスト(Ayumi!)

 そこで立ち上がったのが「Help! The 映画配給会社プロジェクト」だ。動画配信サービス「アップリンク・クラウド」上で行われる本サービスは、独立系の配給会社が、日本での上映権を持つ過去作品をパックにして配信。ヒット作や、賞レースなどで話題となった作品はもちろん、これまで未配信だった貴重な作品なども鑑賞出来る。5月15日からは第1弾として、クレストインターナショナル、ザジフィルムズ、セテラ・インターナショナル、ミモザフィルムズ、ムヴィオラといった配給会社が手がけた作品のパック販売が始まっている。

■ザジフィルムズとは

 今回は、1990年代以降、ミニシアターに数々の名作を届けてきた配給会社ザジフィルムズに注目してみたい。まずはアップリンク・クラウドに掲載された特設ページを紹介しよう。

ザジフィルムズ

設立日:1989年10月16日

92年、米映画『アフター・ダーク』で劇場配給を開始。98年、渋谷系ブームの中レイト公開した『女は女である』が大ヒット。以降ゴダール、ヴァルダ、ドゥミ等、ヌーヴェルヴァーグの監督、ベルイマン、カサヴェテス等の特集上映を手掛ける一方、ヨーロッパ、アジアの才能ある監督の新作を発掘し続け、昨年30周年を迎えた。

<代表作>

『女は女である』(リバイバル/ジャン=リュック・ゴダール監督)

『幸せになるためのイタリア語講座』(ロネ・シェルフィグ監督)

『落穂拾い』(アニエス・ヴァルダ監督)

『こわれゆく女』(リバイバル/ジョン・カサヴェテス監督)

『あの頃、君を追いかけた』(ギデンズ・コー監督)

『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(ナタウット・プーンピリヤ監督)

出典:アップリンク・クラウド特設ページより

ルキノ・ヴィスコンティ監督『家族の肖像』 (C)Minerva Pictures
ルキノ・ヴィスコンティ監督『家族の肖像』 (C)Minerva Pictures

<アップリンク・クラウド配信作品(3カ月間、30本見放題で2980円)>

[見どころ]

ゴダール、ヴァルダ、ドゥミら、ヌーヴェルヴァーグの監督たちの過去の名作の数々を“渋谷系カルチャー”全盛の 90 年代からスクリーンでリバイバル上映してきたザジフィルムズが贈る「ザジフィルムズパック」。ゴダール×アンナ・カリーナの『女は女である』、『女と男のいる舗道』、昨年亡くなったアニエス・ヴァルダの代表作『5 時から 7 時までのクレオ』、『幸福』を始め、一昨年開催されたレトロスペクティブが異例のヒットとなったアラン・ロブ=グリエの 6 作品など、珠玉のフランス映画を堪能することが出来ます。またスウェーデンからはベルイマンの 3 作品、イタリアからはフェリーニ、ヴィスコンティ、パゾリーニ等々ヨーロッパの名監督の作品を網羅しています。

1:『女は女である』ジャン=リュック・ゴダール

2:『女と男のいる舗道』ジャン=リュック・ゴダール

3:『ゴダールのマリア』ジャン=リュック・ゴダール

4:『5時から7時までのクレオ』アニエス・ヴァルダ

5:『幸福』アニエス・ヴァルダ

6:『ジャック・ドゥミの少年期』アニエス・ヴァルダ

7:『ローラ』ジャック・ドゥミ

8:『天使の入江』ジャック・ドゥミ

9:『不滅の女』アラン・ロブ=グリエ

10:『ヨーロッパ横断特急』アラン・ロブ=グリエ

11:『嘘をつく男』アラン・ロブ=グリエ

12:『エデン、その後』アラン・ロブ=グリエ

13:『快楽の漸進的横滑り』アラン・ロブ=グリエ

14:『囚われの美女』アラン・ロブ=グリエ

15:『魔術師』イングマル・ベルイマン

16:『仮面/ペルソナ』イングマル・ベルイマン

17:『叫びとささやき』イングマル・ベルイマン

18:『夏の嵐』ルキノ・ヴィスコンティ

19:『家族の肖像』ルキノ・ヴィスコンティ

20:『ロゴパグ』パゾリーニ/ゴダール/ロッセリーニ他

21:『豚小屋』ピエル・パオロ・パゾリー二

22:『フレンチ・カンカン』ジャン・ルノワール

23:『ミステリアス・ピカソ/天才の秘密』アンリ=ジョルジュ・クルーゾー

24:『モンパルナスの灯』ジャック・ベッケル

25:『聖なる酔っぱらいの伝説』エルマンノ・オルミ

26:『ボイス・オブ・ムーン』フェデリコ・フェリーニ

27:『ファスビンダーのケレル』ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー

28:『アリス』ヤン・シュヴァンクマイエル

29:『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』ラッセ・ハルストレム

30:『最初の人間』ジャンニ・アメリオ

出典:アップリンク・クラウド特設ページより

■ザジフィルムズの代表に話を聞く

 まさに映画史にさんぜんと輝く傑作の数々というべきラインナップだ。そこで今回のプロジェクトに参加した経緯について。ザジフィルムズの志村大祐代表に話を聞いた。

――今回のコロナ禍を受けて、事業への影響は?

志村代表:2月21日からYEBISU GARDEN CINEMAで上映が開始された特集上映「ミシェル・ルグランとヌーヴェルヴァーグの監督たち」は予定通り3週間の興行を行えたものの、自粛ムードが高まるに従い、会期中盤から大きく動員が減ってしまいました。ローカル興行も中断、または延期となり、興行的に大変厳しいものとなりました。4月25日にシアター・イメージフォーラムで初日を予定していた『あなたの顔』が緊急事態宣言による劇場の休館を受け、いったん5月23日に延期され、その後再度延期で現在6月下旬の公開となっています。また、6月6日に岩波ホールでの初日を予定していた『わたしはダフネ Dafne』は来年夏と1年後の公開となりました。

――「Help! The 映画配給会社プロジェクト」に参加しようと思った経緯は? 

志村代表:今回、キノローグさん、チャイルドフィルムさんにお声がけ頂き、「小さな配給会社同士で何か出来ることはないか?」と8社が集まりオンライン会議をしたのが発端です。映画配給会社という仕事は、映画館と違って、一般の映画ファンのお客様と直接触れ合う機会の少ない業種で、いわば「黒子」の存在。企業としてのイメージを強くお持ちの方も多いので、自らクラウドファンディングを立ち上げる、というのは難しいのではないか、という声が多数を占めました。そんな時にアップリンク・クラウドさんから、「配給会社毎のパックを作って、会社毎のカラーを出して応援してもらうのはどうか?」とご提案があり、その企画に皆で賛同した形です。

――今回の配信作品をセレクトした経緯は?

志村代表:これは業務上の都合なのですが、ここ数年配給している弊社の新作はほぼすべてパッケージの発売を受けて頂いたビデオ発売元の会社さんにVOD権をお預けしているので、既にそれらの会社さんが独自に展開していてラインアップに入れることが出来ません(『人生はマラソンだ!』はバップ、『北の果ての小さな村で』『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』はポニーキャニオン。また、近年ヒットした『バッド・ジーニアス』は提供会社のマクザムさんがVODを扱っているためリストには入りません)。そのような事情があるので、クラシック作品が中心になりました。が、長年ヨーロッパの監督たちのレトロスペクティブを手掛けてきた弊社の個性が打ち出せた結果となりました。

――ザジフィルムズといえば、1990年代~2000年代のミニシアターブームを支えた配給会社のひとつですが、その視点から独立系配給会社が日本の映画界にもたらした意義を教えてください。

志村代表:(本プロジェクト立ち上げの)ステートメントにあるように、一言でいえば「映画の多様性」の一端を担ってきた、ということでしょうか?今回このプロジェクトに参加している、私たちのような規模の独立系配給会社がなければ、日本で公開される外国映画は、有名な監督や俳優が出演しているもの、大きな映画賞を受賞しているものが中心になって、興行ルートに乗りにくい作品を一般の映画ファンが目にする機会はなかったと思います。90年代~2000年代のミニシアターブームは、映画ファンの裾野を広げるのに大きな役割を示しましたが、まだあの当時はバブルを背景に映画の買付け費も高額なものが多く、国内の宣伝費も印刷費等、かなりかかっていました。が、近年は買付け費にしても宣伝費にしても、当時より格段に予算を抑えることが出来るようになり、新しい会社も生まれ、我々もよりチャレンジングな作品を手掛けることが出来るようになっていた、と個人的には思っています。なので、今後も「映画の多様性」をさらに広げ、維持していくには我々のような独立系配給会社に存在の意義があると感じています。

――日本のみならず、海外でも映画作品の制作延期などがあり、配給会社の財産である「新たな映画作品」の買い付けなどにも影響があるのではないかと思いますが、そのあたりはいかがでしょう?

志村代表:弊社は純粋な新作の配給は、多くても年に2本ほどなので、正直に言うと大きな影響はないのではないか?と楽観的に考えています。が、中堅、大手の会社さんが、大きな作品の制作延期などで、より規模の小さな、いわゆる掘り出し物のような映画に商機を見出すことになれば、我々のような小規模な配給会社にも顕著に影響が出るかもしれません。しかしながら、今まで通り地道に作品を探していくことに変わりはありません。

――最後にこのプロジェクトに興味を持つ方にメッセージを。

志村代表:映画の年間配給本数が、1000本を軽く超える昨今の日本の興行界において、弊社のような小さな配給会社が存在理由を証明するのは、たいへん難しいと日頃感じておりました。が、大きな数ではなくとも、私たちが選んで心血を注いで公開してきた作品を支持して下さる方々がいらっしゃるのを感じ、新たな使命感のようなものを感じております。

■世界中の映画人が応援

 ハリウッド産のブロックバスター映画はもちろん楽しいが、そればかりになっては味気ない。ミニシアターで観た映画が、後の人生に大きな影響を与えてくれるということがあるからだ。そんな映画との出会いを支えてきたのが独立系の配給会社だ。彼らが映画を買い付けることで、世界中の映像作家の活動資金となり、次回作を撮るための手助けにもなる。そうしたつながりは、表面的にはなかなか分かりづらいが、その重要性は世界の映画人から届けられた応援動画メッセージからもうかがい知れる。

 その顔ぶれを見ても、アピチャッポン・ウィーラセタクン、アルノー・デプレシャン、エリック・クー、クリストファー・ドイル、瀬々敬久、ツァイ・ミンリャン、パーシー・アドロン、バフマン・ゴバディ、ブリランテ・メンドーサ、フルーツ・チャン、マチュー・アマルリック、モフセン・マフマルバフ、ワン・ビンなど、そのネットワークは世界各国に広がっている。これこそが日本の映画文化の多様性であり、日本が誇るべき宝である。世界中の作品が鑑賞できる日本という国は、非常に恵まれている。だからこそ失いたくないものがある。

 今回のプロジェクトではザジフィルムズ以外にも、クレストインターナショナルセテラ・インターナショナルミモザフィルムズムヴィオラなどが配信する配給作品も珠玉の作品がそろっている。これを機会に、人生に大きな影響を与えてくれるような一本が見つかれば幸いだ。

映画ライター

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。コロナ前は年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などに力を入れていた。2018年には、プロデューサーとして参加したドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督)が第71回カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画祭で上映された。近年の仕事として、「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022カタログ」『君は放課後インソムニア』のパンフレットなど。

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