農業の大規模化・企業化は農村に何をもたらすのか? 海外の事例から農業改革を考える

アメリカ 大型スプリンクラーでの散水(写真:ロイター/アフロ)

  

議論なく進む農業改革

 農業者の経営環境整備や農業の構造的問題解決を目指す「農業競争力強化支援法(以下、支援法)」が8月1日に施行された。支援法は、農水省が通常国会に提出し成立した農業改革関連8法の目玉政策とされ、「生産資材価格の引下げや、農産物の流通・加工構造の改革に取り組み、更なる農業の競争力強化を実現する」ことを目指すとしている。他にも主要農作物種子法(以下、種子法)廃止など「戦後レジームからの脱却農政」とも称される農政の大転換が行われた。

 農業現場からは様々な懸念や不安の声が相次いだが、国会で真摯な議論もないまま一連の法案が成立した。法案がおしなべて規制改革会議の提案と官邸の意向が色濃く反映されていること、また支援法についてはTPP(環太平洋経済連携協定)対策として構想されたこともあり、現場に不信感を募らせる原因となっている。

 その不信感を象徴するのが、一連の法案への付帯決議の多さだ。支援法には「地域農業を支える多様な担い手の農業所得の増大に向けた取組が支援されるよう配慮すること」、種子法には「政府に都道府県の種子生産の予算確保や外資による種子独占の防止に努めること」等の決議が付けられた。

 現場からは、一連の農業改革法案が「規制緩和や構造改革優先の大規模・企業的農業のための政策」、「競争とコスト削減だけが問題ではない」「大儀なき農協改革だ」等の批判の声が出ている。その中で農業の大規模化・企業化政策へ異議を唱える動きも生まれている。その象徴が「小農学会」の設立だ。2015年11月に九州の農業者や研究者を中心に発足した小農学会は、農業の大規模化・企業化に明確に反対する。学会共同代表で農民作家の山下惣一氏は「政府は強引に農業の構造改革をすすめている。「小農」を淘汰して農業を再構築し、儲かる農業に、輸出産業に転換していこうと農業への企業参入を推進している」と政府の政策を批判する。

 農政新時代のスローガンの下で進む、官邸主導の農業政策。農村が高齢化で転換期を迎える中で、「農業改革が目指す農業の大規模化や企業化が農村にどういった影響を与えるのか」を、考察することが喫緊の課題となっている。今回は、農業改革の中身には立ち入らず、実際に農業の大規模化が進む海外(米国)の事例を参照しながらこの課題を考える。

  

大規模農業VS小規模農業

 世界に先行して農業の大規模化進む米国で農業形態の二極化が起こっている(Douglas 注1)。2000年頃から小規模農家が増えた半面、中規模農家が減少し、大規模農家層とともに大きな割合を占めるようになった。2007年の小規模農場は農場数全体の約90%を占め、売上高の約3割を占めた。一方で売上高50万ドル以上の大規模農場が全体に占める割合は9%に過ぎないにも関わらず、全体の売上高の約6割を占める現状もある(2007年USDA統計)。

 米国では小規模農家向けへの政策支援が多様に存在する。その支援は1990 年代初めに遡り、薄井(注2)によると「1980 年代の輸出志向型農政のなかで、家族経営農家の倒産や離農が進み、農村社会崩壊の懸念が出始めた。危機感を強めた農務省が小規模農家の育成策を打ち出した」ということだ。

 日本では販売金額の大きい(3000万~5000万)農家が増える一方で、それ以外の農家が減少する傾向が農業白書(2016)で確認され、一握りの勝ち組が増えるだけでは地域農業が維持できないという懸念の声が出ている。その影響が出る前に、地域農業を支える担い手向けの政策を構想していく必要があると言える。

  

大規模農業が農村に増えると何が起こるのか?

 大規模農業のイメージが強い米国では、意外なことに小規模な家族農業への政策に対する市民の理解が深い。それを後ろ盾しているのが「建国の中心と位置づけられた小規模な家族農場が、現代も米国市民の象徴的存在であるという思いが根強く残っている。」(森田、注3)という市民の小規模農家への畏敬の念だ。

 こうした社会背景を持つアメリカでは、戦前から大規模農業の進展が農村地域社会に与える影響が研究されてきた。この研究は、ゴールドシュミット仮説(以下、仮説)というもので、「大規模農業の割合が農村地域内で増えると地域共同体の生活や文化的な質が低下する」という仮説だ。農村の生活の質を図る物差しには、病院や教育施設、金融機関・教会の数、住宅の状況等が用いられ、農場の大規模化が進む地域は、こうした生活インフラの低下が顕著に現れた。米国では、この仮説の元で大規模な工業的農業が農村地域の共同体に与える影響について議論が続いており、現在に至るまで、大規模農業の割合が増えると地域共同体の生活の質の低下や公共の利益に悪影響を与える可能性が高いことが指摘され続けている。

 

必要なのは地域農業を支える多様な担い手への政策

 筆者が住む農村集落にも最近、企業的経営を展開する会社が参入してきた。都市部から通勤して作物を栽培するため、社員は集落を通過するだけで地域の人間との付き合いも限定的だ。その一方で農地や農業水利などの維持作業への参加も少ない。全ての企業的農業を否定する訳ではないが、企業的な農業だけが増えると農村や農業の維持が困難になる可能性が出てくる。いかなる形であれ農村を維持していくためには、上述した「地域農業を支える多様な担い手」が農業を継続できる施策が必要になってくる。しかし現在の農政には、この点についての取り組みが少なく、まさに多様な担い手が孤立しているのが現状だ。

 地域農業のみならず、農村の資源である農地や農業用水を維持管理する多様な担い手は、農業の多面的機能を保全している。気候が不安定化する中でその役割は、地域社会や都市部を守る上でますます大きくなっている。農政新時代の議論で欠けているのは、まさに地域社会の担い手とともに、目指すべき持続可能な農村と農業の実現に向けた視点だ。こうした時代背景の中で、市民と農業者が共に未来の食と農そして農業政策について議論を始めていくことが必要になっているといえる。

☆参考資料

(注1)Douglas H. Constance(2014)”Farms: Small Versus Large”(小規模農業対大規模農業)『食料・農業倫理百科事典』Thompson他著

(注2)薄井寛「急増する米国のファーマーズマーケット~政府の多様な支援と市民の安全志向の高まりが背景に~」2009年

(JC総研 アメリカの農業シリーズ・コラム)

(注3)森田三郎「農園の大規模化は, 地域生活を豊かにするのか」『甲南大学紀要』164巻,2014年

農・食・地域の未来を視点に情報発信する農家ジャーナリスト。京都市・京北地域の有機農家。京都大学農学研究科に在籍し世界の持続可能な農や食について研究もする。NPO法人AMネットではグローバルな農業問題や市民社会論について分析している。農場「耕し歌ふぁーむ」では地域の風土に育まれてきた伝統野菜の宅配を行いレシピと一緒に食べ手に伝えている。また未来の食卓を考えるための小冊子「畑とつながる暮らし方」を知人らと出版(2013年)。ヤフーニュースでは、農家の目線から農や食について語る「農家が語る農業論」、野菜の文化や食べ方を紹介する「いのちのレシピ」持続可能な旅を考える「未来のたび」などを投稿する予定。

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