Yahoo!ニュース

種子法廃止で私たちは何を失おうとしているのか? ~おコメのタネ採り産地から考える~

松平尚也農業ジャーナリスト、龍谷大学兼任講師、AMネット代表理事。
(ペイレスイメージズ/アフロ)

コメなどの食べ物のタネは誰が作っている?

ゴールデンウイークは、農家が全国で田植えを一斉に行う時期。高齢化する農村では、子どもたちが孫を連れて帰郷し田植えを手伝う風景がここかしこで見られます。コメは1粒のタネモミから500粒のコメができるため、中世より1粒万倍日が選日され物事を始めるの最適な日とされてきました。そのコメのタネは誰によって作られてきたのでしょう?

私たちの食卓を支える主要な農作物(米や麦、大豆)のタネは、どの農家にも安定して行き渡るように国が制度の下で支えてきました。こうしたタネは、基本的に農協や専門店を通じで農家に供給されるために販売しているのを見たことがないという人も多いかもしれません。

コメに関しては、毎年タネを買う農家が年々増えていて、70年代に約3割だった種子更新率は、いまでは9割まで上昇しています(全国米麦改良協会調べ)。更新率上昇により良質なコメが食卓に届けられるようになりました。そうしたタネは、実は今回廃止された「主要農作物種子法(以下種子法)」の下で都道府の農業の関係機関が農協や農家が協力して作り続けられてきたものだったのです。

京都でのコメの種採りの歴史

私が住む京都市右京区京北は、京都府有数の水稲採種=タネ作りの産地です。今回はその現場でどういった作業が行われてきていて、種子法廃止で何を失おうとしているのか考えてみたいと思います。

日本では、主要穀物のタネ採りは近世から高い技術と力を持った農家によって行なわれ始め、そこからタネ屋さんが生まれ、国が関与する公的な種子事業は近代以降に始まったという歴史的な経緯があります。

京都府の水稲の採種事業はその後、1912年大正元年に始まりました。この年に初めて種採りする田んぼが設けられて、1950年からは採種指導も行われてきました。1960年には京都府採種組合連合会が設立され、1970年に京都米振興協会に合併されて今日に至っています。

京都市右京区京北地域でも半世紀以上、コメのタネがつくり続けられてきました。現在は40軒ほどの農家が採種部会をつくって取り組んでいます。採種農家の苦労は多く経営も厳しく後継者が育ちにくいといわれます。ここでその現場を少し紹介しましょう。

コメの種採りの苦労

イネの採種では別の品種が混入するのを防止するため、地区ごとに採種する田んぼを分けます。工程ごとの確認も厳しく、きちんと植え付けられ育っているかの確認もあります。穂が出てからも審査を受け、適切な田んぼのみが合格し、収穫の許可が出ます。刈り取りも専用の機械を用意して、最後まで別の品種のおコメが混ざらないように管理されます。合格したタネのみが流通を許されて、厳重に保管されます。

こうした確認や審査は、「種子審査員」が全ての田んぼを確認し、農協や農家の役員が全員で巡回して行われています。この工程でできたタネを購入すると審査証明書が付いてきて、タネが混ざった場合、どの農家で混ざったか追跡できるシステムになっています。

タネは地域の財産

作業や審査の予算の根拠となっていたのが種子法でした。それがなくなると、こうした体制はコストがかかるとされ維持ができなくなることと懸念されています。

その体制の下で地域を振興するブランドも育まれてきました。中には幻のコメとも呼ばれる愛知県の「ミネアサヒ」という標高300~600mという山間地での栽培に向く小さな地域向けの品種も含まれています。こうした品種の開発は10年以上の事業となり利益が出るまで時間のかかるものです。種子法廃止で政府が目指す民間参入だけではカバーされない取り組みともいえます。つまり種子法がなくなると、地域ごとの作物の文化が失われる可能性や種子事業縮小による採種コスト上昇が起こりタネの価格高騰の可能性もあり、農家としては非常に不安に感じるところです。

今回、簡単に廃止法案の通過を許してしまった背景には、種子法の下でタネが守られてきた意味が社会の中で十分には知られていないことが影響しているように感じます。種子法廃止が廃止されたからといってすぐに大きな影響が出るかはわかりませんが、何年後か何十年後かに地域農業や食卓に大きな影響を与える可能性があります。いま何が失われようとしているのか、今後も情報を集めて発信していきたいと考えています。

農業ジャーナリスト、龍谷大学兼任講師、AMネット代表理事。

農・食・地域の未来を視点に情報発信する農業ジャーナリスト。龍谷大学兼任講師。京都大学農学研究科に在籍し国内外の農業や食料について研究。農場「耕し歌ふぁーむ」では地域の風土に育まれてきた伝統野菜の宅配を行ってきた。ヤフーニュースでは、農業経験から農や食について語る。NPO法人AMネットではグローバルな農業問題や市民社会論について分析する。有料記事「農家ジャーナリストが耕す「持続可能な食と農」の未来」配信中。メディア出演歴「正義のミカタ」「めざましテレビ」等。記事等に関する連絡先:kurodaira1974@gmail.com(お急ぎの方は連絡先をご教示くだされば返信します)。

農業ジャーナリストが耕す「持続可能な食と農」の未来

税込550円/月初月無料投稿頻度:週1回程度(不定期)

食べ物、生命の根幹である農の世界には、食と農の未来を考える上で宝物のようなアイデアが豊富にあります。本企画では農業ジャーナリストとして研究する立場から現代の農業の潮流や政策をとらえ食と農のこれからを考えます。世界で注目されている小農や家族農業、アグロエコロジー、SDGsも紹介し、持続可能な食と農のイメージをお伝えします。また食べ物の栽培や歴史から流通、農協改革や持続可能な観光まで幅広く取り上げます。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

松平尚也の最近の記事