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ロンドン証券市場改革「ビッグバン2」計画巡り、英政府とBOEが対立―IMFはBOEを支持(中)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
ビッグバン2に消極的な英中銀(BOE)のサム・ウッズ副総裁=BOEサイトより

ソルベンシー(支払い余力)IIルールは2016年にEU(欧州連合)によって導入され、英国の保険会社はバランスシートに多額の現金を保有する必要がある。このため、保険会社と年金基金は現在の制限により、インフラのような流動性の低い資産に必要なだけ資本を投じることができない。

英国の保険会社は確定給付型年金(DB)の資産と債務の全部または一部を保険会社などの第三者に移転する年金バイアウトを積極的に行っており、年金が第1の事業となっているため、ソルベンシーは年金基金にも影響が及ぶ。

英紙デイリー・テレグラフのオリバー・ギル経済部キャップは、「金融行為監督機構(FCA)が関連当事者取引(親会社や子会社、兄弟会社間の取引)に関する制限を緩和することで株式市場での新規上場ルールを緩和すれば、半導体設計大手アームホールディングスは英国での二次上場への扉を開くことができる」と主張。この要件は、アームの親会社である日本のソフトバンクグループが所有する企業と多くの関係を築いているため、アームが英国で上場する際の障壁と見なされているからだ。

世界第2位の規模を誇る年金部門ではリスク回避的な投資アプローチが一般的で、他国に比べ、退職金を株式投資することははるかに少なく、代わりに債券を好む傾向がある。コンサルティング大手LCPのパートナーであるスティーブ・ウェッブ元年金相は、「(ソルベンシー)規則によって資金が過度に慎重になった」と指摘する。

しかし、ハント財務相のソルベンシー改革にイングランド銀行(英中銀、BOE)が立ちはだかっている。BOEのサム・ウッズ副総裁は2月20日、英国保険協会の夕食会での講演で、ソルベンシーIIルールの変更時期について財務省との協議を進めているとしたが、「規制緩和は2024年まで起こらないかもしれない」とくぎを刺した。テレグラフ紙のエア・ノルソエ経済部デスクは同日付のコラムで、「ウッズ副総裁の発言はスナク首相とハント財務相のビッグバン2計画に対する率直な反応だ。BOEはビッグバン2の波が金融街(シティ)の成長を加速させるという期待を軽視している」と指摘する。

ウッズ氏は英国の金融機関の健全性を監督するBOE傘下の健全性規制機構(PRA)のトップでもあるが、同氏は「ブレグジット(英EU離脱)後に待望されていたソルベンシールールの見直しは複雑すぎて、一度に導入することはできない」と、否定的。ベイリーBOE総裁も「金融街のブレグジット後の自由(規制緩和)がエクイタブル生命保険(2000年12月に経営破たん)と同様な破綻を引き起こし、100万人近くが貯蓄を失う危険性がある」と警告しており、テレグラフ紙のエア・ノルソエ経済部デスクは「政府与党の保守党との緊張をさらに高める可能性が高い。BOEは規制が緩くなるとリスクが高まり、破綻が増える可能性があると懸念している。BOEはブレグジット後の機会を利用するには遅すぎで、ルール変更に抵抗しているとの批判が強い」とした上で、「保険会社がバランスシートに多額の現金を保有し、どこに投資できるかを指示することを保険会社に要求するこれらの規則を緩和する努力は、政府が英国への投資を開始するために重要だった」と指摘する。

ハント財務相は昨年末、BOEの反対を却下した上で、「ソルベンシー改革は我々の成長促進産業への数百億ポンドの投資を解き放つ」と指摘、ジェイコブ・リース・モッグ元ビジネス相も昨年11月、「BOEは一貫して改革の障害であり、足を引きずり続けている」と非難している。英財務省のアンドリュー・グリフィス・シティ大臣(中堅大臣)に至っては、「英国の銀行がEUの同業大手に比べ、多くの現金を保有することを義務付けられるリスクを冒す厳しい金融規則について、BOEを訴えることができる」と、金融界に語るほど、両者の関係は冷え切っている。(『下』に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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