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ウクライナ戦争で不況の瀬戸際に直面する英国経済(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
下院で毎年恒例の「春の予算演説」を行うリシ・スナク英財務相=英スカイニュースより

ロシア・ウクライナ戦争の勃発(2月24日)と、それに伴う西側の対ロ経済制裁により、英国経済はインフレ圧力が一段と高まり、同時にリセッション(景気失速)リスクが高まるという、スタグフレーション(景気後退でもインフレ率が上昇する状態)危機に直面しているという論調が強まってきた。

英ウォーリック大学のアンドリュー・オズワルド教授は3月2日付の英紙ガーディアンで、英国の過去のリセッションとエネルギー価格急騰の因果関係を強調。「ほぼすべての戦後のリセッション前には石油価格が高騰していた。原油価格は1973年、1979年、1990年、2007年に急上昇し、その後、リセッションが起きた」と警告する。

また、英国商工会議所(BCC)のエコノミストであるスレン・ティル氏は英紙ガーディアン(3月4日付)で、英国の今年の経済成長率は、インフレ高騰や高額増税、ウクライナ戦争の不確実性により半減すると予想する。「2022年のインフレ率は8%上昇に達し、その結果、勤労者の可処分所得が減少。コロナ禍からの景気回復にブレーキをかける」という。

BCCは最新の経済予測で、今年の英国のGDP伸び率見通しを前回予測の4.2%増から3.6%増に下方修正した。2021年のGDP伸び率7.5%増の半分以下だ。ティル氏は、「今後数カ月で経済成長は止まる。ウクライナ戦争は、消費者と企業へのインフレ圧迫を高め、世界のサプライチェーンのボトルネックを増大させ、経済活動を悪化させる。2021年10-12月期のGDPは前期比1%増だったが、今年の1-3月期は同0.7%増、4-6月期は同0.2%増、7-9月期は同0.1%増と、徐々に伸びが停止状態となり、その後も2023年は1.3%増、2024年は1.2%増と、低成長が続く」と警告する。

また、同氏は、「英国では米国や大半の欧州諸国と異なり、リシ・スナク英財務相の減税や補助金を使って投資を増やそうという試みが失敗に終わった」と断じる。昨年、同相は新工場や機械、技術への支出に対し、130%の税額控除を認める減税案を提案したが、企業投資は増えず減少。BCCは2022年の企業投資を3.5%増と、前回予想の5.1%増から下方修正した。イングランド銀行(英中央銀行、BOE)の最新経済予測の13.75%増を大幅に下回る。

実質所得、50年ぶり大幅縮小へ

英シンクタンクのリゾルーション・ファウンデーションは米経済通信社ブルームバーグ(3月8日)で、ウクライナ戦争による英国の所得縮小に警鐘を鳴らす。「ウクライナ戦争が英国の元々の生計費危機を深刻化させている。このため、英国の今年の(実質所得ベースで見た)生活水準は1950年代以来、約50年ぶりの大幅低下となる可能性が高い。戦争による石油・ガス価格高騰で今春、インフレ率が前年比8%上昇(最近では1991年の同8.4%上昇)を超え、所得収入が実質で4%、金額換算で約1000ポンド(約16万3000円)減少する。これは、1980年代初頭と1970年代半ばに起きた金融危機当時のリセッションで見られた大きさだ」という。

他方、米証券大手ゴールドマン・サックスは英紙フィナンシャル・タイムズ(3月10日付)で、「英国のインフレ率は4-10月に前年比9.5%上昇に達する。家計の可処分所得が30年ぶりの大幅縮小となり、経済成長は止まる」と、悲観的だ。米金融大手バンク・オブ・アメリカもガーディアン紙(2月26日付)で、2022年の世帯の実質所得は前年比3.1%減と、1956年のスエズ危機以来の大幅減少を予想している。

貧困世帯の急増

リゾルーションは英国で貧困世帯が急増し、貧困格差に拍車がかかると警告する。「生産性と賃金の見通しにかなりの改善がなければ、2025年度の平均的な家計所得は2021年度の水準を下回り、絶対的貧困状態にある子供たちの割合が2026年度には2010年代よりも高くなる。現代の英国ではこれまで見たことがない状況になる」という。

英コンサルティング会社キャピタル・エコノミクスの主席エコノミスト、ポール・デールズ氏はガーディアン紙(3月2日付)で、「石油価格は1バレル130ドルに上昇し、2023年初めまで100ドルを上回る。欧州の卸売ガス価格も1メガワット時当たり160ユーロに上昇し、今年は約100ユーロで終わる」と予想。「その場合、英国のインフレ率は前年比8%上昇を超えてピークに達し、年末まで同6%上昇が続く。消費者への圧迫を強め、高価なエネルギーと低い消費需要で企業の利益に打撃を与える」と警告する。(『下』に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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