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スナク英財務相、ロンドン金融街復活の独自戦略模索へ(中)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
英テレビ局スカイニュースのインタビューで最近の英国経済について話すスナク財務相

一方、英紙デイリー・テレグラフのジェレミー・ワーナー編集局次長はリシ・スナク財務相のEU(欧州連合)との協議断念を受け、7月3日付コラムで、「スクエアマイルと呼ばれるロンドンの金融街(シティ)に拠点を構える金融機関はシティが欧州の事実上の金融マーケットの中心として残るという希望は消え去った」とし、「シティの一部では財務相のロードマップは損な仕事に最善を尽くしているだけだと嘲笑している。英国の規制緩和でEUの規制との違いがどんなものになったとしてもEU市場を放棄することはどこの国の政府も喜んでするものではない」とし、大幅規制緩和の効果には懐疑的だ。しかし、同氏は、「シティの凋落は不可避だというわけではない。シティの金融インフラや金融文化、言語、タイムゾーンなどですでに有利な立場にあることからブレグジットショックに対し、高い強靭性を持っている」という。

米金融大手JPモルガン・チェースは6月下旬、パリに新拠点を開設し、現在、800人が働いているが、「これがシティからのエクソダスの先駆けになる可能性はない」という。英金融コンサルタントのニュー・ファイナンシャルによると、シティからユーロ圏に流出した金融関係者はわずか7400人にとどまり、米大手グローバル経営コンサルティング会社オリバー・ワイマンが予想した規模の10分の1以下にとどまっている。

また、英金融大手ナットウエスト銀行のハワード・デイビス会長は7月3日付テレグラフ紙で、「シティはEUの主要なオンショアの金融センターから小さなタックスヘイブン(租税回避地)のオフショア金融センター(OFC)にシフトする」としている。デイビス氏は、「財務相の規制緩和提案は驚きであり、歓迎できる。特に、EUのミフィドとソルベンシーIIの廃止は価値がある」としたが、「米国やアジアの市場で、シティの競争力が発揮できるとは思えない。これらの市場へのアクセスはEUと同様、保護主義の障壁で守られているからだ。シティはその富とパワーを国内市場より海外市場で得ている。また、銀行はリスク調整後で最大の投資リターンが得られる先に向かうことを考えると、国内市場規制をいくら緩和しても欧州市場にアクセスできないのは手痛い」と指摘する。

それでも、シティが今年1月のブレグジットでEUに奪われた金融サービス市場でのシェアを取り戻してきているのも事実だ。

また、今後、シティは出遅れているグリーン(環境保護)ファイナンスの分野でのシェア拡大が期待される。

市場シェアについては、シティは6月の1日当たり株式売買額が平均で89億ユーロ(約1.15兆円)と、アムステルダムの88億ユーロ(約1.14兆円)を抜き、ブレグジットの1月に首位から転落して以来、6カ月ぶりに首位奪還に成功した。5月まではシティが89億ユーロに対し、アムステルダムは94億ユーロ(約1.21兆円)だった。英国がブレグジットでEU規制を撤廃したことで、EUルールに従うのを拒否したため、EU域内で禁止されていたスイス株の売買がシティに戻ったのが主な要因だった。

また、ロンドンで新規上場する企業数もこの6カ月間で49社がIPO(新規上場)を実施し、計90億ポンド(約1.4兆円)の資金を調達した。これは過去6年間で最多だ。シティのオフィス市場もスペース需要が高まり、今後数カ月は多くのオフィス取引が予定されており、シティの金融ビジネスが上向いてきたことを示す。

テレグラフ紙の金融関連の著名コラムニスト、マシュー・リン氏は7月5日付コラムで、「以前はシティの銀行はすべてドイツ・フランクフルトに移転し、ディーリングルームはパリに置き換わられ、資産運用会社はアムステルダム(オランダ)とダブリン(アイルランド)へと去っていくと見られていた。英国が2016年にEU離脱を国民投票で決定したあと、EU各国はシティに打撃を与えることに注力してきたが、その試みは失敗に終わった。ロンドンはすでに株式売買の中心地としての地位を取り戻したからだ」と指摘する。

リン氏は、シティから金融サービスの仕事が失われたのはほんのわずか。EUに移ったのはいつでも取り換えが利く職種だけだ。政府はハイテク業種のIPOを増やすための新規上場ルールの改正(緩和)に着手した。EUがシティの評判を脅かすという点では全く脅威にはなっていない。EUの戦略は飴と鞭どころか、飴はなくすべて鞭(規制)だけで機能しなかった。そのおかげで英国は銀行やブローカー、資産運用会社などの金融関連企業にとって、無傷で避難できる安全な港(エスケープ)となっている」という。

シティが無制限のEU市場へのアクセスにより、国際金融センターとしての不動の地位を築いてきたことに長年、怒りを募らせていたフランスやドイツは英国のEU離脱は千歳一隅のチャンスと見ていた。フランスは2017年、ロンドンに乗り込んでシティの銀行に規制緩和や英語による銀行ライセンスの取得、個人所得税の減税などで幹部の勧誘に躍起となり、当時のマニュエル・ヴァルス仏首相も将来、パリに金融センターを築くと約束した。(「下」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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