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米7月雇用者数を読み解く:デルタ株拡大でも2カ月連続90万人超の大幅増―QE巻き戻し観測強まる(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
米7月雇用統計の結果を報じた米経済専門チャンネルCNBCテレビ

<米7月雇用統計の要点>

●雇用者数、昨年8月以来11カ月ぶり高い伸び―市場予想上回る

●雇用者数、レストラン・バーや運輸・倉庫、教育・ヘルスが急増―建設も回復

●雇用者数、政府部門がパンデミック絡みで24万人増―2カ月連続急増

●一時帰休者数、前月比57.2万人減―職場復帰進む

●雇用者数、昨年5月以降1666万人増―昨年3-4月の2236万人減の約75%

●失業率、低下に転じる―昨年3月以来16カ月ぶり低水準

●広義の失業率、9.2%と、5カ月連続低下―景気回復続く

●労働参加率、61.7%に上昇―労働者不足は依然深刻

●失業者数、前月比78.2万人減―雇用者数は104.3万人増=世帯統計

●5-6月新規雇用者数、計11.9万人の上方改定

●米債市場、デルタ株感染拡大の中で米景気の強さを改めて確認

●米債市場、インフレ上昇懸念や量的金融緩和の早期縮小観測強める

◎7月建設業、前月比1万1000人増=6月は同5000人減

◎7月製造業、前月比2万7000人増=6月は同3万9000人増

うち、自動車・同部品は同800人増(6月は同2700人増)

◎7月サービス業、前月比65万9000人増(6月は同72万4000人増)、

うち、専門・ビジネスサービス業は同6万人増(6月は同7万5000人増)、教育・ヘルス業は同8万7000人増(同6万人増)、運輸・倉庫業は同4万9700人増(同1万9600人増)、小売業は同5500人減(同7万2500人増)、レジャー・接客業は同38万人増(同39万4000人増)、このうちレストラン・バーは同25万3200人増(同23万3600人増)、人材派遣業は同9700人増(同3万5000人増)

◎7月平均時給、前月比0.4%(11セント)増=6月は同0.4%(12セント)増

◎7月平均時給、前年比4%増=6月は同3.7%増

◎7月週平均労働時間、34.8時間=6月も34.8時間

◎7月製造業の週平均労働時間、40.5時間=6月は40.3時間

◎7月週平均労働時間指数、109=6月は108.4(2007年=100)

◎5月雇用者数、同61.4万人増に上方改定=前回発表時は58.3万人増

◎6月雇用者数、同93.8万人増に上方改定=同85万人増

 米労働省が先週末(6日)発表した7月の新規雇用者数(非農業部門で軍人除く、季節調整済み)は、デルタ株の感染が拡大する中、ワクチン接種の進展や経済・社会活動がほぼ全面的に再開したことを受け、レストラン・バーなど接客業で一時帰休労働者の職場復帰が強まり、前月比94万3000人増と、前月(6月)の93万8000人増(改定前は85万人増)に続いて2カ月連続で90万人超の大幅増となった。4月に26万9000人増と、大きく落ち込んだが、5月(61万4000人増)以降、3カ月連続で伸びが加速した。7月の新規雇用者数は昨年8月の158万3000人増以来、11カ月ぶりの高い伸びで、市場予想の84万5000-92万5000人増も上回った。

 市場では新規雇用者数が2カ月連続で予想を大きく上回る90万人超の高い伸びとなったことから、最近のデルタ株感染拡大による米経済への悪影響は限定的との見方が広がり、米債券市場では長期金利の指標である10年国債の利回りは統計発表直後、1.288%と、発表前の1.217%から0.071ポイント上昇した。結局、前日終値(1.224%)を0.079ポイント上回る1.303%で終わり、1週間の上昇率としては6月25日以来の高い伸びとなった。また、1.3%台は7月26日以来約2週間ぶり。前月の雇用統計の発表後、利回りが上昇したが、一過性に終わったのとは様変わりだ。

雇用統計の発表後、長期金利の指標である10年国債の利回りが急上昇した=CNBCテレビより
雇用統計の発表後、長期金利の指標である10年国債の利回りが急上昇した=CNBCテレビより

 背景には今回の雇用統計発表直前の4日、FRB(米連邦準備制度理事会)リチャード・クラリダ副議長が2023年初めにも利上げに転換する考えを支持したことがある。先週はFRB傘下のダラス地区連銀のロバート・カプラン総裁もテーパーリングが早まる見通しを示していた。7月の雇用統計は政府部門が前月に続いてパンデミックの影響で一時的に急増(24万人増)したことを考慮すると、思ったほど大幅な改善ではないものの、市場ではデルタ株感染拡大の中で景気の強さを改めて確認し、インフレ上昇懸念やFRBのQE(量的金融緩和)の早期テーパーリング(段階的縮小)観測を強めている。

 今後の雇用市場の見通しについては、市場では、ジョゼフ・バイデン大統領の1兆9000億ドル(約209兆円)の経済対策法(3月10日に議会で可決・成立)に基づいて、失業保険給付の週300ドル(約3.3万円)の割り増し給付制度が9月6日まで延長されたが、景気回復が強まっていることを受け、約26の州政府が7月初めまでに割り増し給付を終了したため、今後、求職者数が増え、労働者不足が景気回復の足かせとなるという懸念は緩和すると見ている。しかし、それでもパンデミック中に引退を決め、雇用市場に戻らないケースも多く、パンデミック前の雇用水準に回復しなとの見方があるものの、市場では7月の強い雇用統計結果や最近の2週連続の週間新規失業保険申請件数の減少を受け、今後、数カ月、今回と同程度の大幅な雇用増加が見込まれるとの強気の見方に変わった。米債市場は9月からテーパーリングを開始し、今後5年間で計5回の利上げを織り込んだとの指摘もある。ただ、こうした雇用や景気の強気の見通しの最大のリスク要因はデルタ株感染拡大の動向となっている。

 新規雇用者数は新型コロナの第2波感染が昨年の秋から冬にかけ急拡大したため、昨年の5月(283万3000人増)から始まった雇用回復は先細りとなっている。昨年の6月は484万6000人増、7月は172万6000人増、8月は158万3000人増だったが、9月は71万6000人増、10月は68万人増、11月は26万4000人増と、6カ月連続で伸びが鈍化。12月は30万6000人減と、4月(2067万9000人減)以来8カ月ぶりに減少に転じた。今年に入り、1月以降、4月の急減速を除くと、5カ月連続で増加が続いており、1-7月累計で431万8000人増となった。昨年5月から今回の7月統計までの新規雇用者数も計1666万人増に達した。しかし、それでも新型コロナ感染による昨年3-4月のピーク時の計2236万2000人の雇用減の約75%の回復にとどまっている。

 2021年末まであと5カ月間で雇用者数がパンデミック前の水準に戻るには月100万人増のペースで増加する必要がある。パンデミック前の雇用者数(事業所統計ベース)は約1億5250万人。これに対し、7月現在の雇用者数は1億4682万人なので、まだ568万人足りていない。パンデミックで失われた雇用のすべてを取り戻すには月100万人ペースで増加しても6カ月かかる見通しだ。(「下」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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