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ジョンソン首相の元側近の爆弾証言で政権交代早まるか(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

ジョンソン首相の右腕として英EU離脱や新型コロナウイルス対策で辣腕を揮ったカミングス元上級顧問(写真右下)が5月26日、下院科学・技術特別委員会で政府のコロナ対策について証言=英スカイニュースより
ジョンソン首相の右腕として英EU離脱や新型コロナウイルス対策で辣腕を揮ったカミングス元上級顧問(写真右下)が5月26日、下院科学・技術特別委員会で政府のコロナ対策について証言=英スカイニュースより

カミングス氏の証言は同氏が昨年11月に辞任するまでの期間が対象で、英国がイングランド(スコットランドやウェールズ、北アイルランドを除く)で昨年の3月23日から5月10日まで実施された1回目の全国ロックダウン(都市封鎖)と、その後の感染再拡大で11月5日から12月2日までの1カ月間、半年ぶりに2度目の全国ロックダウンに入るまでの期間だ。現在は3度目の全国ロックダウン(1月6日から7月19日までの予定)中だ。カミングス氏は「英国のコロナ対策は中身のない空っぽだった。政府のトップ、私を含めて、間違った判断により、死ななくてもよかった数万人もの命が失われた」とし、特にジョンソン首相と保健相による2人のコロナ対策の失敗が原因だったと証言。痛烈に非難している。

英ニュース専門局スカイニュースは5月26日、カミングス証言での勝者と敗者の内訳を示した。敗者は「1回目のロックダウンを遅らせ、(コロナ危機を切り抜ける)首相としては不向き」とされたジョンソン首相と、「高齢者介護施設でクラスター(感染集団)を発生させ、多くの人命を失わせ、すべての人に何回も嘘をつき約束を破ってきたことなどでそれまでに15-20回解任されてもおかしくなかった」とされたハンコック保健相、このほか、「政府幹部の人事に違法に介入した」とされた首相の婚約者キャリー・シモンズ氏(5月29日に入籍)、内閣府のマーク・セドウィル元官房長官、保健省傘下のPHE(イングランド公衆衛生局)だ。

一方、勝者は「早期のロックダウンを支持した」とされるリシ・スナク財務相や、「昨年9月中旬に2度目の早期ロックダウンを首相に進言した」とされるパトリック・バランス主席科学顧問官とクリス・ホイッティ主席医務官だ。しかし、この進言は首相に無視され、ロックダウンが11月に遅れた結果、第2波感染拡大を引き起こし、「首相の経済優先の判断が死者数を増やした」とカミングス氏は咬みついたのだ。

5月26日、下院科学・技術特別委員会で政府のコロナ対策について証言するカミングス元上級顧問=英スカイニュースより
5月26日、下院科学・技術特別委員会で政府のコロナ対策について証言するカミングス元上級顧問=英スカイニュースより

カミングス氏が最も厳しくハンコック保健相を糾弾したのは高齢者介護施設(老人ホーム)でのクラスター発生だ。証言では、「3月(2020年)にハンコック保健相から高齢者を検査してから老人ホームに戻すと説明を受けたが、結局、4月までNHS(国民保険サービス)は病床を空けるため、高齢者を病院から老人ホームに戻した際、何も検査しなかった」という。医療専門の慈善団体ナフィールド・トラストの調査(2月17日発表)によると、1回目のロックダウン前後の昨年の3月中旬から6月中旬の3カ月間で、コロナ感染第1波による死者数は4万8213人。このうち、老人ホーム居住者の死者数は40%(約1万9300人)を占めた。第2波感染が起きた昨年10月31日から今年2月5日までのコロナ感染による死者数6万2250人のうち、老人ホーム居住者は26%(約1万6400人)と、第1波感染時が突出していたことを示す。

また、カミングス氏は首相がコロナ危機当初、豚由来のインフルエンザの流行程度にしか考えず、政府は「プランA」の集団免疫(免疫獲得者が十分な集団内では感染が拡大せず、免疫のない妊娠初期の女性や出生児、持病のある老人を救えるという予防)を戦略に採用したと指摘する。しかし、この戦略では10万-50万人の高齢者が死亡するとの政府の専門家の予測を受け、首相は急遽、「プランB」のソーシャル・ディスタンシング(社会的距離制限)によるサプレッション(ウイルス増殖サイクルの遮断)戦略に変更した。しかし、その間に感染が拡大し、死者が急増したのは戦略の判断ミスだという。カミングス氏は台湾を例に挙げ、徹底したNHSによる濃厚接触者の追跡・隔離システムを始めたが、途中でハンコック保健相が介入し、1日10万人の大量検査を強行したため、NHSは能力的に追跡・隔離を行えなくなり、その結果、感染が拡したのも判断ミスだという。

しかし、こうした首相や保健相を“戦犯”扱いするカミングス氏の徹底批判には裏があるという論調がある。英紙デイリーテレグラフ紙のゴードン・レイナー政治部デスクは5月26日付コラムで、「カミングス氏の狙いは政界復帰だ」とした上で、「保守党の複数の議員によると、ただの政界復帰ではなく、ジョンソン首相を政権の座から追い出し、盟友であるマイケル・ゴーブ内閣府担当大臣を次の首相に担ぎ出すことを目指している」という陰謀説だ。「ゴーブ氏は2度、保守党の党大会で首相の座を狙ったが、いずれも失敗。しかし、カミングス氏は何としてでもゴーブ氏を次の首相にしたい考えだ。カミングス氏はゴーブ氏が教育大臣当時(2010-2014年)からの旧知の間柄で、2人は自分たちの主張通りに政治を行えば間違いないという考えで共通している」という。

一方、テレグラフ紙の「フロント・ベンチ」担当のダニエル・カプーロ政治部デスクは5月26日付コラムで、「カミングス氏の狙いが政界復帰というのはややこじつけか。今後、委員会による調査が進む段階でカミングス氏はポスト・ジョンソンの次期首相の選択で自分の影響力を誇示したいだけ。証言ではスナク財務相が高く評価された」とし、今後、委員会での調査が進むにつれ、ポスト・ジョンソンに政治の焦点が移り、後継者争いにスナク財務相が加わる可能性を指摘する。(「下」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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