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英中銀の危険な賭け―QE急拡大は金融危機の元凶か(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

イングランド銀行(BOE)のアンドリュー・ベイリー総裁=BOEサイトより
イングランド銀行(BOE)のアンドリュー・ベイリー総裁=BOEサイトより

英バッキンガム大学国際通貨研究所(IIMR)のティム・コングドン教授も英国の積極的なQE(量的金融緩和)政策について、「控えめなQE政策であれば、通常の貨幣数量説(貨幣流通量とその流通速度がインフレ連動債の水準を決定するという説)ではインフレ加速を引き起こさない可能性があるが、今のイングランド銀行(英中央銀行、BOE)のQE政策は大規模な信用創造となっており、もしインフレが急加速しなかったら驚きだ」(4月9日付英紙デイリー・テレグラフ)という。同氏は、「特に今はサプライチェーンのボトルネック(制約による品不足)問題があるので、秋までに少し悪いインフレ率の上昇を見ることになる。そのとき、『インフレ率は一時的』とBOEは主張するだろうが、最終的には国民はBOEが裸の王様だと気付くだろう」と揶揄する。「資産買い入れは直接貨幣量を増やすだけなので、BOEはいずれQE拡大は失敗で、すぐにやめるべきだったと気付く」という。

英グローバル資産管理大手ジャナス・ヘンダーソン・インベスターズの金融アナリスト、サイモン・ワード氏もテレグラフ紙(4月9日付)で、「英国は自ら通貨ポンドの急変動のお膳立てをしている。貨幣量の増加が過熱しており、経済活動は年内、活発化するだろう。そうなれば最初の犠牲者は経常収支、次にインフレとなる。インフレは2022年後半に急加速する」と見る。現在、英国は慢性的な経常赤字で、対GDP(国内総生産)比約4%に相当するが、「景気の急回復で輸入が急増し、輸出を凌駕すれば、経常赤字は急速に拡大する。貨幣量の増大を考慮すれば、大打撃は免れない」と警告する。

また、ワード氏は、「非居住者(外国人投資家)が英国の銀行に預けている預金(投資用資金)は今年1-2月で490億ポンド(約7.5兆円)も一気に増えた。これは世界的な金融危機以来の大幅増だ。過去の金融危機当時、英国の市場から資金が流出する(外国人投資家が預金を解約し、ポンドを売って自国通貨に換金し本国に送金する)前触れとなり、ポンドは急落した。今回も同じことが起きるとは限らないが、日本の投資家は今年、ギルト(英国債)を大量に購入している」と懸念を示す。英国でインフレが加速すれば、貨幣価値が低下するリスクが高まるからだ。市場の懸念は英国がインフレをコントロールできなければ、そうなることを懸念している。

また、テレグラフ紙の著名コラムニストのアンブローズ・エバンス・プリチャード氏は別のコラム(4月8日付)で、「今、世界は新型コロナ対策で各国の政府債務が急増し、財政健全化の縛りが過去に例がないほどきつくなってきている。各国がこのまま景気回復のため、巨額の財政支出を続けるべきか、または、緊縮財政に戻るべきかのいずれかの道を選ばなければならなくなっている」と指摘する。「しかし、IMF(国際通貨基金)は財政支出を増やし、その後の景気回復によって、財政赤字を穴埋めすべきと提案している。これは各国政府が乗数効果1-2倍のインフラ投資を行えば、その後、GDP成長率が高まり、対GDP比の公的債務比率が最終的には低下するという発想で、英国政府も同じ発想だ」(同氏)という。英国もIMFも政府の過剰債務に対して楽観的といえる。

しかし、プリチャード氏は、「IMFの乗数効果理論に従っても、すでに先進国の対GDP比でみた公的債務比率は現在、平均84%だが、年内には123%、米国に至っては135%が予想され、インドやブラジルなど新興国も100%近くに拡大してきている。世界の公的債務は過去の世界金融危機を経て、すでに涙が出るほどの巨額に達している」とし、「米金融大手シティグループのエコノミストは『2021年に世界的なソブリン債務危機が起きると考えていないが、その“誤差”はわずかだがある』と懸念を示している」と警鐘を鳴らす。現在、世界の各国中銀は政府の膨大な赤字国債の発行による景気刺激の財政出動に対し、QEによって国債を買い入れることにより、長期金利の上昇を抑制しているが、中銀が今後、インフレ加速を抑制するため、金融引き締めに転換すれば、債券市場の持続的な安定を維持することは難しくなる。

米経済通信社ブルームバーグは4月5日、「米国は1.9兆ドル(約 205兆円)の追加経済対策を含め、1年間で対GDP(約21.5兆ドル=約2320兆円)比27%もの財政支出となるが、新興国は景気刺激のための必要な財政資源がなく、世界経済の回復の足かせとなる可能性が高い。今後、新興国はIMF特別引き出し権の拡大やリスケジュール(返済減額や返済猶予)などの対策をとらなければ、世界経済の回復の足かせとなる可能性が高い」と報じた。

世界銀行は4月6日付リポートで、「パンデミック対策として、各国政府が巨額の財政出動を行ったが、先進国の信用格付けは全体の15%が格下げだったが、新興国はそれを上回る40%だった」とし、新興国のソブリン債に対する懸念が高まっている。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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