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ワクチン接種は英国経済の起死回生策となるか(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

1日100万人近いハイペースのワクチン接種で経済再生を狙うジョンソン首相=英テレビ局スカイニュースより
1日100万人近いハイペースのワクチン接種で経済再生を狙うジョンソン首相=英テレビ局スカイニュースより

 英シンクタンクの公共政策研究所のトム・キバシ元理事(前出)は英国の経済再生には米国並みの大規模な追加財政支援がカギを握るとしたが、その一方で、イングランド銀行(中銀)のマービン・キング元総裁は米経済通信社ブルームバーグの2月22日付コラムで、「今後、強力な財政刺激策に代わり、資本や労働力などを不採算セクターから成長セクターに再配分することが必要だ」と主張する。

 同氏は、「以前、財政刺激策はパンデミックの悪影響を受け、事業継続できない企業を支えるためには正しい選択だと主張した。欧州各国は対GDP比約10%の財政刺激策を講じてきたが、経済規制が徐々に解除されてきたため、今後は財政支援の必要性は低下する」とし、また、「過去10年以上にわたり、とてつもない規模の金融政策による景気支援が行われてきたが、先進国では経済成長を促すことができなくなってる。一部のセクターで過剰設備となり、かなり多くのゾンビ企業(経営破綻しているにもかかわらず、政府の支援で存続している企業)が出てきた。全体的に投資は世界の貯蓄を吸収するにはまだ不十分だ。これまで大規模な財政・金融両面からの景気刺激策にもかかわらず、長期のスタグネーション(景気停滞)は解消されていない。今後、政府の大規模財政・金融支援に代わって必要となるのは過剰設備を解消し、資本や労働力などの経営資源を不採算なセクターから採算が見込める成長セクターに再配分できるかどうかだ」と論じる。

 また、キング氏は、「各国中銀のゼロ金利政策やマイナス金利政策により、ゾンビ企業が生き延びている。しかし、その一方で、先進国の投資は2008年の金融危機以降、低下してきている」と、投資全体の規模が縮小していることに懸念を示す。実際、1997-2007年の総投資額の対GDP比は英国が18%、米国は22.8%、ユーロ圏は22.7%だったが、金融危機後の2009-2019年はそれぞれ16.6%、20.1%、20.8%と、約2ポイント低下している。

 英予算責任局(OBR)は3月3日、新年度予算案の前提となった最新の経済見通しを発表した。それによると、英国経済がパンデミック前のGDP(国内総生産)の水準に戻るのは「来年4-6月期」とし、今後5年間でイギリス経済は「パンデミック前よりも3%経済が縮小する」と予想した。2021年の成長率見通しは4%増(昨年3月の予算編成時は1.8%増)、2022年は7.3%増(同1.5%増)と急成長するものの、2023年は1.7%増(同1.3%増)、2024年も1.6%増(同1.4%増)、新たに予想された2025年も1.7%増と、伸びが鈍化すると見ている。

 ただ、失業率(16歳以上)は2020年10-12月期の5.1%(1年前は3.8%)から2021年末時点には6.5%(220万人相当)に上昇するものの、その水準でピークを打ち、その後は低下し、2024年半ばにパンデミック前の4%水準になると予想している。前回予測(昨年11月)での2021年10-12月期の標準シナリオの7.5%に比べると、失業者は34万人少なく、最悪シナリオの11%を大きく下回る。

 また、OBRは最新予測の前提について、「急速なワクチン供給とロックダウン解除のロードマップに示されたように経済活動の再開が進展し、今年末までに家計がパンデミック中に貯めこんだ貯蓄超過(ネット)を使うことにより、個人消費がリバウンドすることが前提だ」としている。イングランド銀行(中銀)によると、家計の貯蓄は昨年11月までに1250億ポンド(約19兆円)の貯蓄超過となっており、今年6月までには2500億ポンド(約38兆円)に達すると見られている。1250億ポンドのうち、今後、5%(約9400億円)が支出され、残りの大半はそのままとなる見通しだ。

 英国の著名評論サイト、スペクテイターのケイト・アンドリュー氏は、「昨年10-12月期GDPは前期比1%増と、前期の同16.1%増を大きく下回ったものの、英国経済がロックダウン規制に免疫ができていることを示す。企業は規制にうまく対処し、経営手法を理解している。もっと重要なのは昨年11月と今年1月のロックダウンは1回目の昨年5月のロックダウンよりも柔軟になっており、より多くの経済活動が許されていることが大きい」という。

 また、同氏は、英コンサルティング会社キャピタル・エコノミクスが2月12日に発表した英国の経済見通しを引用して、「急速なワクチン供給は春からコロナ規制が緩和されることを意味する。家計消費はロックダウン中に貯まった大規模な貯蓄によってパブやレストラン、ホテルでの消費が急増し、経済全体の弱いセクターから強いセクターに変わる」とし、また、「論理的に、英国の強烈なワクチン接種戦略は今後数カ月で経済再開の規模や速さに関し、ゲームチェンジャーとなることは間違いない」という。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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