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ジョンソン英首相のロックダウン年内解除は成功するか(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
6月下旬、ロックダウン緩和を受け、大勢の市民がイングランド南部の海浜リゾート・ブライトンの砂浜に大挙して押しかけ、政府は急きょ、感染防止の観点から帰宅するよう呼び掛けた=英スカイニュースより
6月下旬、ロックダウン緩和を受け、大勢の市民がイングランド南部の海浜リゾート・ブライトンの砂浜に大挙して押しかけ、政府は急きょ、感染防止の観点から帰宅するよう呼び掛けた=英スカイニュースより

一方、ブレグジット(英EU離脱)協議については、イギリスは今年1月末にEU(欧州連合)から離脱し、それ以降、今年12月末までの移行期間に入っている段階だが、すでに第1段階の英EU離脱の条件などを定めたEU離脱法がイギリス議会で承認されており、今はEU離脱後の「EUとの将来の関係(自由貿易協定)」に関する第2段階協議に移っている。しかし、英紙デイリー・テレグラフは7月21日付で、「ボリス・ジョンソン首相は今年末までにEUとFTA(自由貿易協定)について大筋合意するためのデッドラインである7月末までに合意できないとみている」とし、「政府のブレグジット協議の前提は、イギリスはEUとの貿易をFTAではなく、WTO(世界貿易機関)ルールに従って行うことを意味する」と悲観的な見方を示している。仏ニュース専門テレビ局ユーロニュース(7月28日付)によると、「加盟27カ国からFTA協議の最終合意について批准(承認)を得るためのデッドラインは今秋(10月末)」となっており、次回のブレグジット協議は8月17日に再開され、協議はぎりぎりの状態が続く。

最新のブレグジットに関する公式協議は7月20-23日にロンドンでデービッド・フロストEU離脱担当相とブレグジット首席交渉官であるミシェル・バルニエ氏との間で行われたが、依然、FTA協議の前哨戦である北海での英・EU双方の漁業権(漁獲量の割り当て)問題や、EUが要求している環境政策や労働、市場競争、租税などのスタンダードをEUルールと合致させる、いわゆる、共通の土俵(LPF:レベル・プレーイング・フィールド)の問題をめぐって、意見対立が続いている。また、貿易紛争処理での欧州司法裁判所の役割やイギリスの主権国家として統治問題をめぐっても対立している。イギリス企業はすでに政府から貿易協議が失敗に終わる、ノーディール・ブレグジット(合意なしのEU離脱)を前提に準備するよう指示を受けているのが実態だ。

漁業権を巡っては、フランスは25年間、他のEU加盟国は最大10年間の漁業協定を望んでいるが、イギリスは1年ごとに協定を見直す単年方式を主張し、対立している。1970年にEU共通漁業政策(CFP)が導入され、これによってイギリスの漁業権が縮小し、EUの排他的経済水域のうち、イギリスの漁業専管水域(12海里内)が半分も占めているにもかかわらず、イギリスの漁船の漁獲量は全体の25%と、イギリス側に不公平となっているのが現状。イギリスの漁業従事者数も1973年水準の半分の1万1757人に激減し、漁獲量も1973年の100万トンから現在は44万6000トンに激減している。

イギリス政府はノーブレグジットの代案として、来年中に国内10カ所の市町村にフリーポートゾーン(自由貿易地域)を設定する計画だ。これにより、フリーポートゾーンに海外から輸入される部品や原材料には関税やVAT(付加価値税)がかけられないため、最終製品を無税で海外に輸出することができる。ただ、イギリス国内市場で販売される場合には安い税金がかけられるが、最終品にかけられる関税が部品にかけられる関税よりも安ければ、フリーポートに部品を非課税で持ち込んで最終製品を組み立て、イギリス内で売るメリットがある」(7月12日付の英物流専門オンラインニュース「フレイト・ウィーク」)。

しかし、これがノーブレグジットの悪影響を相殺できるかは疑問視する見方が多い。このフリーポート計画はスナク財務相がまだ保守党の陣笠議員だった4年前に持論として展開していたものだ。政府はフリーポートに新工場建設し、国際的な生産基地に作り変えることができるとみている。来年1月からEUの関税同盟や統一市場から離脱後18カ月以内にフル稼働となる。これらの措置は今年秋の来年度予算に盛り込まれる予定だ。

また、政府は4億7000万ポンド(約650億円)を投じ、イギリス南東部ドーバーから20マイル離れたケント港に27エーカーの用地を取得し、大規模通関センターを建設する計画で、EUからケント港に、また、イギリスからフランスのカレー港に向かう1日1万台のトラック輸送の通関手続きを行う。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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