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ジョンソン英首相のロックダウン年内解除は成功するか(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
ジョンソン首相は7月末の会見で、新型コロナの感染再拡大を受け、8月1日からの新たなロックダウン緩和措置を2週間延期すると発表した=英スカイニュースより
ジョンソン首相は7月末の会見で、新型コロナの感染再拡大を受け、8月1日からの新たなロックダウン緩和措置を2週間延期すると発表した=英スカイニュースより

イギリスのボリス・ジョンソン首相は7月17日の記者会見で、ロックダウン(都市封鎖)解除に向けたロードマップ(行動計画)を更新し、早ければ11月、遅くともクリスマス前にはマスク着用を義務化するものの、1メートル(改定前は2メートル)間隔のソーシャル・ディスタンスイング(社会的距離制限)を終了し、正常に近い状態に戻す意向を示した。懸念される新型コロナ感染第2波についても、同首相は、7月19日の英紙サンデー・テレグラフ紙の単独インタビューで、「全国的なロックダウンを再導入する考えはない」と強調している。しかし、地元メディアは政府に助言を与えている新型コロナの専門家の時期尚早とする反対意見を引用し、こうしたジョンソン首相の独断専行に批判を強めている。

英紙デイリー・テレグラフ紙は7月17日付で、「政府のパトリック・バランス主席科学顧問は今冬にも全国的なロックダウンが必要となると慎重な見方を示し、新型コロナへの取り組みが一段と強まる可能性があるとしている。クリス・ホイッティ主席医務官も下院でソーシャル・デイスタンシングが今後も長期にわたって続ける必要があると語った。今回のロードマップの発表は専門家の意見に基づかず、閣僚によって(一方的に)決定されたものだ」と報じ、ロックダウンの早期解除に反対の考えを示した。これは第2波感染が12月にも起こる可能性があるためで、ロックダウン解除のタイミングをめぐって政権内部で論争が起きていることを意味する。

イギリスの累計感染者数は現在、約32万人で、死者数は約5万人となっている。致死率(死者数÷感染者数)は約15%と、世界の中でも群を抜く。三菱総合研究所の調査(4月23日)によると、10%を超すイタリアやスペインは第1分類に区分され、医療崩壊が致死率の高い主な要因となっている。イギリスも第1分類に該当するが、これまでもロンドンやマンチェスターなどにある大規模な「ナイチンゲール」緊急病院はほとんど使われず医療崩壊は起きなかった。

イギリスの致死率が高いことについては無症状感染者数が相当数あることによって説明がつくという研究結果がある。6月30日付のテレグラフ紙はスウェーデンのカロリンスカ研究所(Karolinska Institutet)の論文を引用し、「新型コロナウイルスが体内に入る前、白血球の一種である2種類のT細胞(キラーT細胞とヘルパーT細胞)によって、事前に感染が食い止められ、また、たとえ体内に入っても血液内に抗体が作られる。実際、イギリスのサンプル調査では無症状の健康成人の3分の1(約30%)がT細胞免疫を持っていた。現在、イングランド地方の抗体検査では人口の約7%が抗体を持ち、ロンドンでは17%だが、T細胞免疫を持っている無症状感染者は抗体を持っている陽性患者数の2倍多い」と指摘している。これが事実だとすれば、こうした無症状感染者を含めた、イギリスの実際の累計感染者数は約100万人近くとなり、死者数5万人に対し、致死率は5%に低下し、フランスやドイツ、日本と同程度となる。ちなみに、第2分類は致死率が低いドイツやフランス。第3分類は致死率が1%以下で、アイスランドやシンガポールなどだ。

また、政府は8月12日、イングランドの新型コロナウイルス関連の死者数の計算方法をスコットランドやウェールズなど他の地域と統一することを決めた。その結果、イギリス全体の死者数は4万6706人から5377人少ない4万1329人に減少する。これはウイルス検査で陽性が判明してから28日以内の死亡者を新型コロナ関連の死者数としてカウントするもので、これ以上の長期間の死亡者はカウントしないというものだ。これだと、致死率は12.5%に低下する。それでもかなり高水準だ。

ジョンソン首相がロックダウンの年内解除に固執する背景には、「ロックダウンや医療崩壊を防ぐための措置が原因で、経済活動の抑制によるリセッション(景気失速)と病院に行けず治療の手遅れにより、短期間で2万5000人、中長期では18万5000人の計20万人以上が死亡する一方で、新型コロナによる直接の死者数は5万人という予測が4月にイギリス保健省や英国立統計局(ONS)、内務省などの専門家によって策定されていることがある」と、テレグラフ紙(7月19日付)がスクープしている。いかに、ロックダウンの悪影響の方が大きいかが分かる。しかし、政府のバランス主席科学官が英国医学院(AMS)に新型コロナの感染第2波の最悪シナリオについて調査を委託した結果、「Rレート(再生産数:1人の感染者から何人に感染するかという比率)は9月までに1.7に上昇し、来年1ー2月に感染ピークを迎え、死者数は11万9000人となる」(7月14日付テレグラフ紙)。これに老人ホームでの死者数が加わるので、全体で17万8500人となる計算だ。(「中」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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