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英航空・観光業界、空港の2週間自主検疫規制を総スカン=エアブリッジ導入必至(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
ジョンソン首相は6月22日の下院本会議で、7月4日からロックダウン(都市封鎖)を一段と緩和する計画を明らかにした=英スカイニュースより
ジョンソン首相は6月22日の下院本会議で、7月4日からロックダウン(都市封鎖)を一段と緩和する計画を明らかにした=英スカイニュースより

6月8日からイギリス連邦の中核を占めるイングランド地域を対象にすべての空港や港を経由する、海外からの入国者(英国民の帰国も含む)に対する入国後2週間の自主検疫(2WQ)を義務化する新たな入国規制が導入された。中国湖北省武漢で昨年12月に発症した新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミック(世界大流行)の第2波の感染爆発を食い止めようとする、いわゆる、“水際作戦”だ。しかし、この2WQ規制により、深刻な経済的打撃を受ける国内の航空会社やホテル、旅行代理店など観光業界は一致団結し、直ちに規制撤廃を求める差し止め訴訟を起こした。こうした事態を受け、ジョンソン首相は6月30日にも2WQ規制の影響緩和策として、エアブリッジ(感染拡大リスクが低い国からの旅行者は2WQ規制が免除される制度)協定の締結を世界各国と目指す方針を正式に発表する計画だ。

6月26日付の英紙デイリー・テレグラフは、「保健省のパブリック・ヘルス・イングランド(イングランド・公衆衛生サービス)がエアブリッジの対象となる50カ国のリストを公表する予定だ」と報じている。また、外務省も渡航制限を7月6日からエアブリッジが可能になるように変更し、エアブリッジの導入にあたっては、エアブリッジ対象国を感染リスクが低い「グリーンカテゴリー」と危険な「レッドカテゴリー」に分類する。しかし、政府は旅行中に感染第2波が起きた場合、帰国時に2週間の自己検疫が義務化される可能性があるとしている。

2WQ規制撤廃の先陣を切ったのは、新型コロナ危機による外出制限を受け、旅客需要が急減し、4月29日に1万2000人の従業員削減を発表した英航空大手ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)や英格安航空イージージェット、アイルランド格安航空ライアンエアーだった。3社は政府に宛てた書簡で、「検疫規制は全く法的な正当性がなく、バランスを欠く不公平な政策だ」(6月7日付テレグラフ紙)と批判している。この書簡は2WQ差し止め訴訟の前ふりとなったものだ。一方、ロンドンの5つ星ホテル「ザ・ドーチェスター」を始め、「ザ・リッツ・カールトンホテル」など観光業界を代表する500社超も「クアッシュ・クアランティン(Quash Quarantine)」(検疫規制撤廃)という反対グループを急きょ、結成し、航空3社による差し止め訴訟に参加する意向を示している。

ライアンエアーのマイケル・オレアリーCEO(最高経営責任者)は6月8日付テレグラフ紙で、「政府の2WQ規制はイギリスの旅行業界に打撃を与えるだけで、合理性を欠いた政策だ」と批判。その理由について、同CEOは、「2WQ規制にもかかわらず、英国民は7月と8月の夏季休暇に海外旅行を計画し、航空券予約が急増している。その一方で、欧州から英国に来る旅行客や予約はほぼ枯渇状態だ。これでは英国の旅行業界に大きな打撃を与える結果となり、英国の観光業界で数百万人の失業者が発生する」と警告する。

また、ロンドン最大の国際空港であるヒースロー空港でも2WQ規制が始まったが、同空港のジョン・ホランド・ケイCEO(最高経営責任者)もロンドンの経済・金融専門紙シティAM(6月8日付)で、「新型コロナの影響で4-6月の利用客数は1日平均5000-7000人と、危機前の1日平均約22万人(2018年)から98%減という状態だが、2WQ規制が続けば今後もこのペースが続く」とした上で、「そうなれば航空会社はさらに従業員を削減し、その影響でヒースロー空港でも2万5000人(全従業員7万6000人の33%相当)が仕事を失う」と警告している。

2WQ規制の開始前から、新型コロナ危機を受け、ライアンエアーは5月初め、従業員を3000人削減する可能性を示唆し、BAも最大1万2000人の削減計画を発表。英ヴァージン・アトランティック航空も3000人超を削減する計画を明らかにしている。英国に乗り入れている中東カタール航空も5月に9000人超(全体の約20%)の従業員を解雇すると発表するなど、2WQ規制が航空会社にとってダブルパンチだ。また、航空会社や旅行関連会社の200人超のCEOは、「2WQが導入されれば2000億ポンド(約26兆4000億円)の大打撃を受ける」(6月1日付テレグラフ紙)、「最新の調査では観光業界全体の71%のCEO(最高経営責任者)は従業員を最大6割削減する。また、28%が経営破綻する」(6月12日付同紙)と警告している。

2WQ規制の是非を巡っては、ジョンソン首相の身内の保守党内や新型コロナ対策専門家からも批判が相次いでいる。メイ前首相は6月3日、下院で、「政府はなぜ世界各国からイギリスを鎖国する代わりに、雇用を守り、英国を世界のビジネスに開かれた国としないのか」(英紙ガーディアン)と糾弾した。また、メイ前首相は、「2WQ規制を数週間遅らせ、その間にエアブリッジ協定の締結を世界各国と目指すことにより、英国の家族が夏休み旅行をできるようにすべきだ」と主張。首相の進退問題を決める保守党の1922年委員会のブラディ委員長も下院で、できる限り早期にエアブリッジを導入すべきだと主張した。スペンサー保守党議員も「2WQ規制は効果が薄い」とした上で、「規制のターゲットを絞った厳密なやり方で感染を防止し、乗客や航空業界の従業員を感染から守るアプローチを取るべきだ」と指摘し、政府のバランス主席科学顧問も「2WQ規制は新型コロナの感染リスクが高い国から低い国への入国制限が最も効果がある」と述べ、まだ感染リスクの高い英国への入国を制限するのは効果ないと説明。政府の2WQ規制は“総スカン”状態となっている。

保守党のヘイグ元党首もテレグラフ紙の6月15日付コラムで、「すでにデンマークやフランス、ドイツでは2メートルの距離を置くソーシャル・ディスタンシング(社会的距離制限)をより短くしている。また、感染リスクの低い国からの入国を検疫なしに認めている。感染リスクの高い国に検査と自主隔離の的を絞る政策が有効だ」とし、「英国は今後、第2波が起きても多くの失業者を生み出し、経済に深刻な打撃を与え、家族まで崩壊する破滅的なロックダウンに戻ることはできない」とし、ロックダウンの延長線上にある「2WQは直ちに撤廃すべきだ」と主張している。(「下」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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