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英国、6月からロックダウン段階的緩和か=10日にロードマップ提示(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
ジョンソン首相は5月6日、下院で行われた最大野党・労働党との党首討論で、11日からロックダウンの段階的緩和を開始する意向を明らかにした=英スカイニュースより
ジョンソン首相は5月6日、下院で行われた最大野党・労働党との党首討論で、11日からロックダウンの段階的緩和を開始する意向を明らかにした=英スカイニュースより

ロックダウン(都市封鎖)の段階的緩和を巡り、新展開が見られた。ジョンソン首相は5月6日の下院で、最大野党・労働党との党首討論に臨み、10日にロックダウンからの離脱方針を示すロードマップ(行動計画)を国民向けのテレビ演説で発表したあと、「翌11日からロックダウンの制限の一部を緩和したい」と述べた。ただ、ジョンソン首相は具体的な緩和内容までは明らかにはしなかった。

首相の希望通り、段階的緩和が11日から即時スタートできるかは不透明だ。党首討論で労働党のキア・スターマー党首は首相のロックダウンの早期緩和を時期尚早として厳しく批判しており、「労働党は首相が下院にロードマップを正式に提案し、それに対し、議員が質問できるようにすべきと主張している」(6日の英テレビ局スカイニュース)からだ。

また、ジョンソン首相は5日のツイッターで、従来の「ステイ・ホーム」(自宅に居よう)というスローガンに代わり、制限を緩和し、前進しようという意味の「レッツ・キープ・ゴーイング」を新たに採用した。この真意について、官邸筋は6日、「すべてのソーシャル・ディスタンシング(社会的距離)が一斉に解除されることはない。すぐに正常に戻ることはありえず、国民はこれまでと違った新しいノーマル(新型コロナウイルスとの共存)の受け入れを準備する必要がある。政府は制限の緩和を注視し、「R(リプロダクティブ)レート」(1人の感染者から何人に感染するかという比率)が「1」を超えないように注意する」(6日付英紙デイリー・テレグラフ紙)と説明している。

ロックダウンの段階的緩和の先にある解除の先行きは依然不透明だが、希望の光が見え始めている。英国の1日当たり感染者の死者数が直近ピークの1152人(4月10日)から顕著に減少し始め、3週間以上も減少傾向が持続していることだ。4月27日の死者数はわずか338人(5月4日は288人)と、ピーク時から71%(5月4日は75%)も減少。こうした死者数の減少傾向を受け、ラーブ外相は4月23日の会見で、「トンネルの先に光が見えてきた」と発言。ハンコック保健相も同日の下院で、「コロナ危機はピークに達した」と、初めて前向きな発言を行った。ジョンソン首相も4月27日の復帰会見では、「ピークを越えた」との認識を示している。

もう一つの希望の光は英国が独自のワクチン開発に着手したことだ。ハンコック保健相は4月22日の会見で、ロックダウン解除のカギを握るといわれるワクチン製造について、同23日から人体への臨床試験と量産化を同時に開始すると発表した。ワクチン開発はオックスフォード大学のジェンナー研究所と英名門大学のインペリアル・カレッジ・ロンドンが実施し、保健省は両大学に4300万ポンド(約60億円)の研究資金を提供する。今年6月には人体への臨床試験の結果が判明する。結果が良好であれば今年9月までに100万本の製造を目指す。しかし、臨床試験が失敗に終われば水泡に帰すという一か八かの取り組みとなる。

英国が開発を目指すワクチンはウイルス性のベクター・ワクチン(生ワクチン)と呼ばれるもので、生ワクチンは、健常者に病気を引き起こすことなく感染し、死菌ワクチンよりもうまく自然感染を模倣するため、感染防御免疫反応を完全に誘発するのに特に有効とされる。ワクチン開発が成功すれば、英国のほか、欧州やインド、中国のパートナーによって生産されるという。

しかし、政府のホイッティ主席医務官は4月23日の会見で、「ワクチンの開発は年末まで無理」と悲観的な見方を示している。また、テレグラフ紙も4月22日付で、「量産化といっても最初はNHS(国民保険サービス)の医療従事者が優先されるため、一般に普及するのは早くて来年」と指摘する。また、政府の最終目標であるロックダウン解除の時期についても、「英インペリアル・カレッジでは厳しいロックダウンは少なくとも5カ月続く必要があると指摘している。たとえロックダウンが段階的に緩和されてもワクチンが普及するまでソーシャル・ディスタンシングなど厳しい規制やウイルス検査が続く」との見方を示す。

また、政府のホイッティ主席医務官は、「ロックダウンの解除にあたっては、現在のRレートを『1』より高くしないことがカギを握る。そのため、ロックダウンの解除はかなり限定的になる。ある地域でロックダウンが緩和された場合、他の地域ではロックダウンを現状維持にするという、トレードオフが必要になる。今後、政府はこうしたトレードオフを検討する」(4月23日付テレグラフ紙)と指摘している。

一方、英国政府が一度は否定した集団免疫戦略への転換が必要とする専門家の見方が再び台頭してきた。これはWHO(世界保健機関)の元英国代表、アンソニー・コステロ教授が英下院の保険・公的介護特別委員会で明らかにしたものだ。4月18日のスカイニュースによると、同氏はオランダの集団免疫の状況を引用し、「オランダで感染ピークだった4月初めの段階で3%の集団免疫(感染者が人口の3%)だったが、この程度では感染阻止には不十分だ」と指摘し、その上で、政府のバランス主席科学補佐官が説明したように、英国で集団免疫が有効となるには人口の60%の4000万人が感染する必要があるとしている。

また、4月17日付の英紙デイリー・メールによると、コステロ教授は、「現在の英国政府のロックダウンだけに頼り、検査数が少ない状況でのサプレッション(ウイルス増殖サイクルの遮断)戦略では、ウイルス感染の拡大は阻止できない。人口の60%(4000万人)が感染し、集団免疫ができるまで、今後、感染爆発が6-10回起こる。現在の第1波が終わるまでに4万人が死亡する」と予想している。これは政府予測の2万人の死者数の2倍だ。しかし、4万人でも10-15%の集団免疫となり、不十分だという。コステロ教授は大規模な感染爆発の再発を防止するには、「ワクチン接種による集団免疫ができるまで、人口の10%をロックダウンし、残りの90%を職場に戻して経済活動を再開すべきだ」(4月18日のスカイニュース)と提案している。

これはスウェーデンの集団免疫戦略に似ている。スウェーデンでは集団免疫とサプレッションを組み合わせた戦略を進めている。「これは、お年寄りや体の弱い人は引き続き自宅待機とするが、健康な人は普段通り外出し、仕事場に通勤することができるというもの。これにより集団免疫を早く作り、第2波の感染爆発を抑制するという戦略だ」(4月3日のスカイニュース)。ただ、同国でも万が一のため、60カ所に重症患者を治療する屋外テントを建設、1200人を収容できる体制をとっている。スウェーデンの感染者数は5月6日時点で約2万4000人、死者数は約2900人だ。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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