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英国、6月からロックダウン段階的緩和か=10日にロードマップ提示(中)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
英国の1日当たりの死者数の推移。4月10日の1152人をピークに減少傾向が続いており、5月4日は288人だった。
英国の1日当たりの死者数の推移。4月10日の1152人をピークに減少傾向が続いており、5月4日は288人だった。

英名門オックスフォード大学のクリストファー・フレーザー教授はコロナ感染者のうち、約50%は症状が出る前(無症候)に他人を感染させると警告している。従って、ロックダウン(都市封鎖)を緩和したあと、第2波の感染爆発を防ぐには、感染を起こす可能性がある人を特定する必要がある。このため、感染患者に濃厚接触した可能性がある人を特定させ、濃厚接触者に自主隔離を指示しなければならない。しかし、判明した濃厚接触者に直接、連絡を取るのは困難を極めるのが実情。この問題を解消するのがNHSアプリ(「中」参照)というわけだ。

これは感染症状が出る前に50%が感染するので、周囲の接触者を把握(追跡)し、自主隔離を指示することができれば感染拡大を防げるという考え方だが、少なくとも濃厚接触の可能性がある人がPCR検査を受けている必要がある。ただ、地下鉄やバスなどの公共輸送機関では人が密集して乗っている場合、データ収集が難しいことや、スマホのGPS(全地球測位システム)機能を使っても感染距離内に人がいるかどうか正確に測定できないなどの問題、さらには、接触者データは匿名で番号表示されるものの、プライバシー保護の問題が生じる恐れがある。

一方、日本の「R(リプロダクティブ)レート」(再生産数:1人の感染者から何人に感染するかという比率)は5月1日時点で「0.7」と、低いことから、日本政府は5月4日、全国対象の緊急事態宣言(緩やかなロックダウン)を期限が来る5月6日からさらに1カ月延長するものの、特定警戒都道府県(東京や大阪、北海道など13都道府県)以外の感染者が少ない34県については社会活動を制限付きで再開し、特定警戒地域も部分再開するという基本対処方針を発表した。ドイツや韓国、イタリア、スペインなどでは「1」を下回ったことから、4月下旬から経済抑制による経済疲弊を回避するため、ロックダウンを緩和したが、日本でも段階的緩和を選択し、経済困窮の度合いを緩和する方向に舵を切った。英国ではロックダウン緩和に向けたロードマップを発表することで、コロナ対策の透明性を高めたい考えだが、日本でも緊急事態宣言を緩和するプランを示したことは透明性を高める第一歩を踏み出したことは一応の評価ができる。

初動遅れに対する首相批判高まる

コロナウイルスに感染し、死線をさ迷ったジョンソン首相が4月27日に3週間ぶりとなる職務復帰を果たしたものの、首相のコロナ危機の初動対応の遅れで、老人ホームのクラスタ―(集団感染)が相次いで発生し、高齢入居者だけでなく、多くの介護士もコロナ感染の犠牲者となった。英国立統計局(ONS)によると、5月5日現在で英国全体の死者数は約3万2000人に達し、米国の約7万人に次いで世界2位となった。英国の老人ホームでの死者数は約25%の推定7800人だ。また、治療用の人工呼吸器だけでなく、介護士や医療従事者を危険なコロナウイルスから守る個人用防護具(PPE)の枯渇問題も浮き彫りにされた。ロックダウンの緩和後に懸念される第2波のコロナ感染爆発の防止への取り組みなど問題は山積し、首相の指導力が問われている。

こうした中、地元メディアによる政府のコロナ危機対応の拙速さに対する糾弾も始まっている。英紙サンデー・タイムズは「大災害に向かった38日間」という見出しで4月19日付の記事を掲載し、「コロナの感染拡大が始まったばかりの1-2月の5週間に5回の政府緊急事態対策委員会「コブラ」が開催されたにもかかわらず、ジョンソン首相は3月初めになるまで一度も出席せず、また、その間、専門家の感染拡大の警告も無視したことが政府のコロナ対応の出遅れの大きな原因となった」と糾弾している。

また、同紙は、「政府は2月時点でも医療現場が緊急に必要としていたマスクやガウンなどのPPE調達に動かなかった。むしろ、この時期に中国に27万9000点のPPEを送っていた」と、政府の初動の遅れを批判した。さらに、「政府は2016年に実施したパンデミックを想定した訓練での教訓を生かせず、今日のPPEやICU(集中治療室)で使われる人工呼吸器の枯渇問題に取り組むことができなかった。首相はブレグジット(英EU離脱)の最終準備に没頭し、中国の旧正月の祝賀行事への参加に多くの時間を費やしたため、パンデミックに対応できなかった」と批判した。

一方、英有力紙デイリー・テレグラフも4月21日付で、「国内の病院でPPEの在庫が底をつき始め、医師が感染するか、それとも、患者を診ずに放置するかの選択に迫られているにもかかわらず、イタリアのトラック3台が4月20日、バーミンガムの医薬品卸売業者の倉庫に到着し、75万枚の外科用マスクを積み込んでドーバー海峡を越えて戻った。バーミンガムの3カ所とヒースロー空港郊外の倉庫から500万枚の外科用マスクと150万点の感染防御マスクがEU(欧州連合)のトラックに積み込まれた」と暴露した。さらに、同紙は、「4月20日夜、英国の医療関連企業の全国組織BHTAが政府にPPEの提供を提案したが、政府から返答がなかった。このため、やむなく海外に売却するしか方法がなかった」という関係者の証言も引用し、政府の不可解な対応を糾弾した。

しかし、こうした首相批判の一方で、テレグラフ紙は批判の矛先を中国に向ける記事を5月4日付で掲載した。中国でコロナ危機が起きた1月時点で、英国が素早くロックダウンを導入できず、初動が遅れた原因は中国の危機隠ぺいにあったと報じた。ドナルド・トランプ米大統領も同日、地元フォックス・ニュースのインタビューで、同様にコロナ危機は中国の責任が大きいと批判したのに呼応するものだ。

同紙は英諜報機関MI6の幹部の証言を引用し、ジョンソン首相が1-2月にコブラ会議に5回も出席せず、その結果、ロックダウンの導入が遅れたのは、英国が2月上旬まで中国が発表した感染者数や死者数などの過少データをそのまま信じたことが背景にあった、と指摘する。MI6の幹部は匿名で、同紙に対し、「コロナウイルスが中国・武漢のウイルス研究所から漏れたことや、中国の死者数と感染者数が実際よりそれぞれ1.5-4倍少ないと閣僚に報告していた。MI6は中国が言ってることは正しいと信じていなかった。当時、もし中国がウイルス感染規模について正しい数字を示していれば、英国は事の重大さに十分に気がついていただろう」と述べている。

また、ラーブ外相は5月5日の記者会見で、英国のワクチン開発を行っているオックスフォード大学などの研究機関や大手医薬品メーカーが外国政府を後ろ盾とした犯罪組織から情報収集を目的としたハッキング攻撃を受けているとして、警戒を強めていることを明らかにした。ラーブ外相は具体的な外国名を明らかにしなかったが、英スカイニュースのデボラ・ヘインズ国際部デスクは5日、私見として、「中国とロシア、イランなどがハッキング攻撃を仕掛けている」と報じた。(「下」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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