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EU離脱日延長の2つのシナリオで分かったEUの巧妙な戦略(上)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表

 

英下院は3月29日、離脱協定案の本体部分だけを投票し反対多数で否決した=英BBCテレビより
英下院は3月29日、離脱協定案の本体部分だけを投票し反対多数で否決した=英BBCテレビより

英国のテリーザ・メイ首相は4月10日、EU(欧州連合)サミットで英国のEU離脱日を4月12日から6月末までに再延長するよう求めた。これに対し、EU側は12月末までを主張。結局、EUのジャン・クロード・ユンケル欧州委員会委員長(ルクセンブルク元首相)の任期切れとなる10月末までの再延長で合意した。

 話は前月に遡るが、もともとの英EU離脱日は3月29日だった。しかし、メイ首相がEUと合意した離脱協定案が離脱日ぎりぎりでも英下院で承認されない見通しとなり、時間切れによるノーディール・ブレグジット(合意なしのEU離脱)という最悪の事態を回避するため、離脱日は4月12日に延長された。これが1回目の延長で、今度は2回目の延長となる。

 1回目の延長は、EUが3月21日に開いたサミット(加盟27カ国の首脳会議)で決まったが、当時、EUは離脱日を条件付きで4月12日、または、5月22日に延長するという2つのシナリオを承認している。一つ目の条件はテリーザ・メイ英首相のEU離脱協定案とEUとの将来の関係(自由貿易協定)の大枠を示す政治宣言案が下院の3度目の「意味ある投票」(首相案に対する議会の最終承認の投票)で可決された場合は5月22日、2つ目の条件は下院で否決された場合は4月12日を離脱日とする、いわゆるプランBといわれるものだ。

 しかし、メイ首相の離脱協定案に対する3度目の意味ある投票は当初、3月26日に行われるとみられていたが、メイ政権を支える連立与党の北アイルランドの民主ユニオニスト党(DUP)が直前(25日)になって、首相案では北アイルランドと英国本土が分断される恐れがあるとして、反対する意向を伝えたことを受け、メイ首相は25日の下院本会議で、「離脱協定案が可決されると確信するまで、議会との対話を続ける」と述べ、事実上、投票を延期した。投票が行われないとなれば、離脱協定案に対する可否が明確にならず、新しい離脱日が決まらなくなる。ただ、メイ首相は「議会がノーディール・ブレグジット(合意なしのEU離脱)で合意すれば新しい離脱日は4月12日午後11時になる」と指摘し、投票が行われなければ、そのままノーディール・ブレグジットになると警告している。

 しかし、メイ首相は是が非でもノーディールを回避するため、EUとの約束通り、離脱協定案を議会で採決し、可決か否決の白黒をつけることを決断。3度目の意味ある投票を封じられたメイ首相は奇策に打って出た。つまり、首相の離脱協定案を構成する2つの部分、つまり離脱協定本体と、法的拘束力はないが、EUとの自由貿易協定締結など将来の関係の枠組みを規定した共同政治宣言を切り離し、北アイルランドの国境をハードボーダーにしないバックストップ条項が含まれ議会通過を困難にしている離脱協定本体だけを3月29日に投票することにしたのだ。予想通り、29日の投票では286票対344票と、58票差の反対多数で否決され、新しい離脱日は4月12日と決まった。

 今後、英下院は首相の離脱協定案に代わる複数の選択肢(代替案)について再度、投票し、過半数の支持を集めた案を離脱案とする、いわゆる、「Indicative Votes」を実施することになった。1回目のIndicative Votesは、3月12日の2回目の意味ある投票で首相案が否決されたことを受け3月27日に実施され、8つの選択肢について投票が行われたが、いずれも過半数に達しなかった。ただ、選択肢のうち、「2度目の国民投票」と「EU関税同盟付きの離脱」の2つが最も多くの支持を集めたことから、議会は再度、Indicative Votesを実施する方向で動いている。

 しかし、メイ首相は離脱協定本体の否決後直ちに、ジョン・バーコウ下院議長に発言の機会を求め、「議会はノーディールもノーブレグジット(EU離脱の撤回)も、また、今日はディールも拒否した。議会の考えることには限界に達した」と述べ、波紋を広げた。この発言の真意について、英国メディアはメイ首相が数週間以内に解散総選挙に突入することを示唆したと一斉に報じたからだ。また、メイ首相は、「離脱日が長期延長され英国は5月23日から始まる欧州議会選挙に参加する見通しとなった」、さらに、「政府は引き続き秩序あるEU離脱の正当性を求めていく」、「議会は4月1日(その後延期)にEUとの将来関係に関する選択肢(代案)を決めることになるが、すべての選択肢は離脱協定本体がベースになっている。これ(離脱協定本体)が承認されないとだめだ」とも述べている。

 この一連の発言について、政府は記者団へのブリーフィングで、メイ首相は5月下旬の欧州議会選挙に英国が参加するのを避けるため、来週、再度、首相案の投票を求める可能性があると説明した。また、政府筋は「きょうの投票で(離脱協定本体は)否決されたものの、過去2回の意味ある投票と比べると、今回の投票では予想より多くの保守党(与党)議員が首相案を支持した。明らかにもっと続ける必要がある」とも述べている。

 だが、またしてもメイ首相の奇策が“炸裂”し、メイ首相の”メイ走”が続くことになる。メイ首相は4月10日のEU臨時サミット(加盟27カ国首脳会議)で離脱日を6月末まで再延長するため、4月2日、突然、テレビ演説を行った。首相の離脱協定案を再度、議会通過させるため、最大野党・労働党と手を組み妥協案を探ると言い出したのだ。ただ、労働党との協議が失敗に終われば、次善の策として、議会に3回目のIndicative Votesのチャンスを与え、過半数の支持を集めた選択肢(EUとの将来関係に関する選択肢)を政府が丸呑みするとした。

 ブレグジット(英EU離脱)をめぐる英国の政治動向は1時間ごとに変わるといっても言い過ぎではないほど変化が激しい。このため、先を読むのは極めて難しい。特にメイ首相は4月12日の離脱日が迫ったことから、窮鼠猫を咬むのことわざのように、ありとあらゆる方策を講じ是が非でもノーディールを回避しようとしたため、奇策が出やすい政治環境にあった。

 ただ、議会の3回目のIndicative Votesで、EUとの将来の関係に対する選択肢が過半数の支持を集め、政府案に盛り込まれた場合、EUとの将来の関係を規定した政治宣言は離脱協定本体とセットになっており、離脱協定本体がベースとなっているため、3回目の意味ある投票では議会はこれまで2回否決した離脱協定案を承認しなければならなくなる。議会に政治宣言の内容を修正させることで、離脱協定案も最終的に可決させるというメイ首相の議会攻略戦術がみえてくる。(「下」に続く)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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